不要不急の最たるものが落語
──そもそも寄席がこれだけの長期間、休業に追い込まれたことなんて歴史上、なかったわけですもんね。
一之輔 戦争のとき以来じゃないですか。
──戦中も可能な範囲で、やっていたみたいですしね。
一之輔 お客さんが落語を聴かなくても人間、生きていけるんだってことに気づき始めてるでしょう。大ピンチですよ。落語なんてなくても生きていけるんですよ、絶対に。不要不急の最たるものですから。おじさんが一人しゃべってるだけですもん。そんなものにわざわざお金を払ってね、月に何度も通っていた人がいたわけですよ。その人たちが今、コロナで落語を聴きに行けなくなり、でも、生活に支障が出ない。あれ、必要ないことしてたかもしれない、って。お金がなんか減らないな。寄席、行ってないからか。いい事尽くめじゃないか、と。うまいこと騙してたのにな。コロナのせいでバレかけてる。だから、ユーチューブでちょこちょこ餌まいて、落語っておもしろいでしょ、って。必死でつなぎとめてるんですよ。
──最大の誉め言葉としてですが、落語って、本当にいらないんですよね。でも、そのいらないものにお金を払って行くところに人間のおかしさ、豊かさがあるんですよね。ある漫才師がツイッターで、無人島に何人かで流れ着いて、一人ひとり職業を言っていったとき、自分が漫才師と言ったら、周りの人たちはさぞかし落胆するだろうなと書いていたことがあって。
一之輔 使えない、と。しかも、1人ですもんね。相方もいない。
──そうか。そこへ行くと落語家ならまだ歓迎されそうですね。1人でネタをできるし、娯楽の時間を提供してあげることができますもんね。
一之輔 それ、フォローになってます?
──師匠のYouTubeを見ていると、凹んだ卓球のボールが、内側から温められ、ポコンとまん丸に戻る気がするんですよ。こんなときだからこそ、笑うことで、人間性を保てる。無人島でこそ、落語は必要なんだと思います。
取材・構成/中村計
撮影/今津聡子
プロフィール
落語家。1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。寄席から全国各地の落語会まで年間900席以上もの高座をこなしながら、ラジオ・雑誌ほかでも活躍。