日本の組織の同質性を壊すには
桂 太田先生にお聞きしたいのですが、共同体組織というのは、日本が歴史的にずっと抱えているコミュニティの概念ですよね。これが続いている限り、日本企業はこれからも厳しいのではないかと個人的に思うのですが、これ、どうしたら変わっていけるとお考えですか。
太田 『同調圧力の正体』(PHP新書)にも書いたんですが、共同体が持つ要素には大きく2つあって、それは「閉鎖性」と「同質性」なんです。ですから、まずは異質なメンバーを入れるということが一番大事かなと思いますね。異質な分子が入ると、少し抽象的に言いますと、共同体の中の「最大公約数が小さくなる」。今まで暗黙のうちに従ってきたことに従わない人、公約数からはみ出た人が出てくるわけですから。一番大きいのはそこかなと思いますね。
それと、もう一つの要素である「閉鎖性」を破るためにも、人の入れ替わりを促す仕組みを、企業であれば制度として取り入れることですね。
桂 そういえば、大学のゼミで帰国子女の生徒が2人ぐらい混ざってくると、そのゼミはいきなり活性化していくという話を聞いたことがあります。別の共同体からやってきた2人の異質な分子に、日本の学生が影響されるということなんでしょうね。
太田 はい、それは学生を見ていていつも感じます。
桂 留学生が別の世界観から発信してくれるのはいいことだと思いますし、それによって日本の学生たちが柔軟に変化することもいいことなんでしょうけど、もう少し自発性がある若い人たちが、この国にも多くなったほうがいいようにも思います。つまり発信して影響を及ぼす側に立つ生徒が。
太田 それは、今の入試システムが、個々の本当の能力を見分けられていないことにあるかもしれません。学生を見ていると、知識もあるし、勉強も普通にできるんですけど、平均を超える人は少ない。自分発信で何かをするのが苦手だったり。そう考えると、もっとさかのぼって小中学校への教育まで含めて考える必要はあると思います。初等教育の方向性でその後の思考は大きく左右されますから。
桂 そう考えると、企業の問題を突き詰めていくと、最終的には教育に行きつくのかもしれませんね。
太田 そう、教育に行きつくんですけど、教育は何で決まるかといったら、結局は受験じゃないですか。結論から言ってしまうと、受験の制度設計が悪いんだと思います。まぁ、その話をここですると終わらなくなりますし、対談の趣旨から外れるので、今回は多くを言いませんが(笑)。
桂 わたしも今回、この本を書きながら、一体どういうしたらいいんだろうと、無い知恵を絞って考えてたんですが、結局はその「同質性」を崩すこと一つとっても、経営者が同質性とは何か、それがどう経営に影響しているかについて、ロジカルに理解しなければならない。でも実はそれがすごく難しい。どうしたらいいんだろうというのが、気持ちの中でモヤモヤというか、消化不良というか、悩んで結論が出なかったんですね。
太田 なぜみんなが社内で同調してしまうかというと、その会社でずっと勤め続けることが大前提になってるからだと思うんです。その意味で、昔からリクルートという会社だけは日本らしくない、ちょっと違った会社だと思います。
あの会社って40歳ぐらいで別の会社に移っていくのが当たり前で、勤め人としてずっとそこで過ごすわけでないから、割り切った行動ができますし、言いたいことも言える。キャリアが外へ開けているというのは、非情に重要な要素だと感じてます。
桂 たしかに、リクルート出身の人って、経済界のあちこちにいて、リクルートを出て別の会社で実績を上げて、それで今度はリクルートを相手に取引をしたりとか。
太田 そういう流動的なスタイルは、日本以外のアジアの国でも多いですよ。日本のように、辞めたらもうその会社とは縁が切れるのではなく、その後もアライアンスを組むとか、業務を発注するとか、そういうのが普通です。だから、社員の往来がもっと活発化するように、途中で転出しても損にならないような仕組みを作るのは大切なことだと思います。
桂 日本の場合、最近でこそ転職サイトのCMがよく流れますけど、基本は新卒一括採用で、入ったら定年までいるという感覚が普通ですからね、昔も今も。そこから崩してくというべきということでしょうね。
太田 わたしはそうあるべきだと思います。崩していかないといけない。
桂 そういえば、先日の日本経済新聞に、就職企業人気ランキングが出てたんですが、どこに入りたいかだけじゃなく、「何をしたいかランキング」も出してくれと、わたしは思ったりしたんです。就職したら自分は営業がやりたいんだ、マーケティングやりたいんだって、本当は大学出るときに、そこまで自分でしっかりと決めてから出ていくべきじゃないかという思いがありまして。
太田 ただ、そこも「鶏が先か卵が先か」みたいな話で、採用する企業側に聞くと、学生は何をしたいか聞いても答えないというんですね。メンバーシップ制なので、定年までその会社にいることが前提ですし、こだわる必要性もない。
ところが、さっきのリクルートのように、転職してキャリアアップを図るとか、独立して起業することが前提ならば、自分はマーケティングを勉強しておこうとか、法務の知識を磨いておこうとか、具体的な命題が出てくるはずなんです。だから、その会社にい続ける前提でしか考えていない以上、自分で決めることが苦手な人は多いんでしょうね。
桂 わたしも今回、この本にも書いたんですけど、TDKを辞める決断をしたことが、自分のエンゲージメントには非常にいい効果がありました。TDKが記録メディア事業の売却を決めたとき、本社採用された社員は、会社に残るか、事業とともに転籍するかの選択を迫られたんです。わたしは後者を選んだわけなんですが。
太田 つまり、何十年と仕えた会社を取るのか、自身が何十年かけて培ったキャリアを取るのかという、勤め人としてはある意味で究極の選択ですよね。
桂 わたしはキャリアを取りましたが、いざ転職してみると、それまでと違った思いが自分の中に芽生えていることに気づきました。流されながらやっていた仕事と、自分が選んだ仕事では、意識があきらかに違うんです。仕事内容は似たようなことなんですが、自分が選んだ選択は、モチベーションがあきらかに違う。
太田 命令でもなく、誘われたからでもなく、自分自身で考えて決めた仕事だと、そこには覚悟が生まれますから。
桂 たまたま先日、当時のわたしの部下で、同じようにTDKからそのタイミングで転職した人と会って話したんですけど、同じことを言っていました。太田先生も取り上げておられましたが、幸福度を上げるためには、所得や学歴より自己決定が重要だという調査結果がありましたよね。神戸大学の西村和雄教授らが行ったものだと思うんですけど。自己決定がなにより幸福感に強い影響を与えていると。それは、本当にそうだと思います。ところが、そのことが日本の企業の中にほとんど浸透していない。これは本当に残念でしかない。
太田 「自己決定」と似た言葉で「自己責任」というのがありますね。今は自己責任というと、ネガティブな意味で受け取られたりしますが、本当は、自由と自己責任はセットだと思うんです。自己責任を否定したら、不自由と無責任しかない。だから自己決定、自己責任というのは絶対必要なものなんです。
桂 なるほど。
太田 「新卒一括採用」という日本特有の雇用のやり方にしても、なくさないで残しておいた方が、学生としても就職にあぶれませんし、企業側にとっても平均的な人材を確実に取れるとか、双方ともに目先のメリットを優先してしまっている。要するに、自己決定の優先順位がこの国では低いわけですね。
桂 もったいないと思うんですけどね。日本で「自己責任」という言葉の使い方は、どちらかというと「何かあっても知らんぞ」「自分で決めたんだからな」という、冷たく切り捨てるニュアンスがありますよね。一種の脅しといいますか。
太田 新型コロナの感染でもそうでした。「コロナに罹ったら自己責任だ、自業自得だ」と批判されるので感染しても黙ってないといけない空気が一時期は強かった。大阪大学の研究グループが2020年に行った調査で、コロナの感染が自業自得だと考える日本人はとても多くて、アメリカ人の約10倍だったそうです。
桂 自己決定ができるようにするためには、競争が公平である必要があります。制度が未整備で環境が整っていなければ、無難な道を選択するのは仕方ない。結果、やる気を失ってしまい、行きつくところは4章でも書いたエンゲージメントの低下です。だからこそ、公平性をいかに担保できるかが大事なのに、日本企業は、その公平さに重きを置いてこなかったと思います。先ほどの共同体の話にも戻るわけですが。
太田 やっぱり競争があることを前提に制度を作る必要がありますね。「ムラ」だけに通用するルールではなくて、競争はするけど、機会の平等は保証するとか。そうなると当然、敗者も出てきますから、敗者を救済するセーフティネットとか、その辺りの制度設計も必要になってきます。そのうえで敗者が自身の負けを受け入れ、納得することができれば、次の競争でまたがんばろうという気になれますし。
桂 純粋な勝ち負けでなく、コネとか情実みたいな、グレーなところで決められてしまったら、負けたほうは納得できないですからね。
太田 配属される部署についても同じことが言えると思うんです。たとえば、事業部ごとの業績で報酬が決まる成果主義を取り入れても、どの事業部に配属されるかは自分では決められない。行き先を自分が選んだのであれば、仮にそこで実績を残せずに給料が下がっても、自己決定による結果なのだから納得はできるでしょう。でも、自分の意思に反して最初から可能性の低いところへ無理やり配属されて、それで給料が下がったら「だったら自分で決めさせてよ」って気持ちになりますよね。
桂 まさしくそれ、自分のことを言われてる気が(笑)。わたし、TDKで非常に採算性の低い事業部門にずっといたので、よく同期から「俺たちだけならもっと儲かってるのに。お前らの部門がなかったらボーナス増えたぞ」って、よく嫌味を言われました。もちろん冗談なんで、こちらも笑いながら受け流してましたけど。
太田 結局はこうした制度がすべて中途半端なままズルズル来てしまい、社員のエンゲージメントが高まらず、イノベーションも起こりにくいという、最初に桂さんがお話した内容に戻るわけですよね。
桂 いずれにしても、わたしの願いは、電機産業だけでなくて、もう一度、日本の産業が力をつけてくれればいいなと、本気でそう思っているわけです。それを考えれば考えるほど、すごく大きな仕組み、雇用もそうですし、教育もそうかもしれない、様々な分野を巻き込んだ大きな変革が避けられない。今日、太田先生とお話をさせていただいて、いろいろお話をお聞きできたことが、今後のわたしの助けになると思います。感謝申し上げます。
太田 わたしからもお礼を申し上げます。ありがとうございました。
プロフィール
桂 幹(かつら みき)
1961年、大阪府生まれ。86年、同志社大学卒業後、TDK入社。98年、TDKの記録メディア事業部門の米国子会社に出向し、2002年、同社副社長に就任。
08年、事業撤退により出向解除。TDKに帰任後退職。同年イメーション社に転職、11年、日本法人の常務取締役に就任も、16年、事業撤退により退職。今回が初の書籍執筆となる。
太田 肇(おおた はじめ)
同志社大学政策学部・同大学院総合政策科学研究科教授。日本における組織研究の第一人者として知られる。他の著書に『同調圧力の正体』(PHP新書)『日本人の承認欲求』『「承認欲求」の呪縛』(ともに新潮新書)『個人尊重の組織論』(中公新書)など多数。