対談

「自立する」という考えこそ、真っ先に捨てるべきですね

勝山実×飯田朔

オリジナルの生き方をしてるのだから、不安になるのは当然

飯田 勝山さんはいつ頃から邪心が薄くなったのだろう、ということがちょっと気になっているんですが。

勝山 邪心?

飯田 いや、邪心というのは言い過ぎかもしれないですけど、ある時期まで職業訓練にも行ってたと書いてあるので、そういった「就労しなきゃいけない」みたいな考えというか……。

勝山 障害年金をもらったのは大きかったですね。障害年金をもらってなんとかしていくなかで、「働かずにどうやって生きていくか」というテーマを得て、その方法を調べるのがすごく面白かった。そもそも生活保護があるのを知った時点で、自分の中で働く理由がほとんどなくなっちゃったんだよね。

 私の友達でも「生活保護は絶対いやだ。なぜなら俺は車が大好きで車は絶対に所有したい。だから生活保護はいやだ」というのは分かる。だけれども、ひきこもり支援や相談窓口など、自立させることを目的としたいろいろな公的活動はあるけれども、生活保護につなげようというのはほとんどない。生活困窮者自立支援につなげようとするんだけど、結局は困っている人を跳ね返す仕組みで、そういうのを見るといかがなものかと思うし、だから私はそこに不満があって、直接給付主義なんです。

飯田 ぼくの話もちょっとしておくと、今35歳で、20代の頃に比べると自分が「自立」的な考え方から「おりて」きたと思っているんですが、就職しないでもいいやとなぜ思えたのかと考えたら、たしかに勝山さんの『安心ひきこもりライフ』を読んだり、小屋作りを手伝ったりしていたからということは大きかったのですが、そういうことをしながらも、まだ20代半ばくらいまでは、いわゆる会社の正社員じゃなくてもやれる範囲でフルタイムの仕事に就かなきゃとも思っていました。勝山さんの本は面白いけど、真似したくても自分にはできない、みたいな。

 その後、10年くらいの時間を過ごしてくる中で、ぼくも2015年頃に国会前のデモに行って、自分個人が抱える悩みや「もやもや」はいまの社会や経済の状況とも関係しているんだということを実感するようになりました。世の常識的なものが「こうしなさい」と圧力をかけてくるのに対して、以前だったら泣きべそをかくしかなかったのが、「ちょっとそれはな……」と対抗したい気持ちが強まっていき、『「おりる」思想』を書くきっかけになったのかなとも思います。

 今日はもうひとつ勝山さんに聞きたいと思っていたことがあって、今回のイベントはタイトルに「〈ポストひきこもり〉を生きる 」という言葉が使われているんですが、このポストひきこもりは「ひきこもりを卒業しました」みたいな意味ではなくて、「ひきこもりになって、それからどうするのか」という意味だと思っているんですけど、ひきこもりでいいじゃないかと割り切った後で、では不安の部分にどうやって対処しているのか、というところを聞かせていただきたいんですが。

勝山 これはもうね、しょうがないというか、オリジナルの生き方をしている以上、みんなと違うことをやってるわけだから、みんながこっちへ行ってる時にひとりだけ別の方向に行くのは当然、不安ですよ。

 だから、オリジナルの生き方をしている人は、絶対的に不安を持つものだと思います。それが厳しくなって鬱になったり不安障害になったりすることもあるけれども、それは消費税みたいなものだと思います。

飯田 ぼくも勝山さんの『安心ひきこもりライフ』を読んだ当時は、「あんなに飄々としているけど、不安にならないのかなぁ」と思ったりもしました。

 だけど自分もだんだんひきこもりの「黒帯」みたいになってきて、今の自分に不安があるのかというと、たしかになくはないけど、今この時点でいうとあまり感じないですね。勝山さんの今回の本では「バカじゃないと引きこもりにはなれない。たとえば一日中ゲームをやって平気だったり、ずっと部屋で寝てても大丈夫な人じゃないとひきこもりにはなれない」といった趣旨のことを書いてあって、それを「ひきこもりバカ」と呼んでるんですが、そのひきこもりバカが時々何を思ったのか求人情報誌を手に取って開くと、「働かないといけないんじゃないか」とか「このバイトならやれそうなんじゃないか」みたいな、そういうある種の邪心が湧いてしまう(笑)。

勝山 働こうという意志は、世間的には邪心じゃないんだけどね(笑)。

飯田 それでちょっと焦りというか、自分のペースが乱れるというか、ぼくもそういうことを時々は感じていて、「うまくすれば社会にまた戻れるんじゃないか、適応できるんじゃないか、」と思ったとき、ぼくの場合は心に焦りが生まれるんですが、勝山さんはそういうのはもう最近は少なくなってきましたか?

勝山 絶えず、漠然とした不安はありますよ。さっきも言いましたけど、人と違うことをやっている限り不安はあるんですよ。実際に私は向精神薬などを服用しています。不安がなければ飲んでないわけですからね。

司会 おふたりの今後の予定や展望などはいかがですか?

飯田 本を出してから、イベントなどで結構忙しくなってしまって、最近はあんまり文章を書けていません。また、去年からは外国人に日本語を教える日本語教師のバイトをしています。あと、今後の予定では西荻窪の今野書店で、ルーマニア語で小説を書いている済東鉄腸さんと12月15日にトークイベントをすることになっています。興味がある方がいれば見に来てください。

司会 じゃあひきこもり名人、勝山さん。

勝山 私も12月7日に、市川のカメブックスというところで、会場8人のワンマンでひとりひとりとじっくり、語らいの会をやります。その後、12月20日はジュンク堂池袋店で鶴見済さんをゲストにイベントを行います。こちらは60人ということで、もう震え上がっています(笑)。

司会 おふたりの本気を見たいという人は、今野書店とカメブックス、ジュンク堂池袋店にもお越しください。では、質問に移りましょうか。

 今日はありがとうございます。じつは本を読めていなくて、今日のイベントタイトルに惹かれてフラッと来たという立場です。的が外れていたら申し訳ないんですが、近年は「キャリアブレイク」という概念がありまして、私は最近、その当事者になりました。9月末で仕事を辞めて、一時的に仕事や社会からあくまでも一時的に距離をとって見つめ直して、改めていつか戻ろう、という選択を意図的にしたわけです。

 その意味ではある種、「おりた」とも言える状態で、自分ではすごく今しっくり来ているんですが、別にこの状態から戻ろうとしなくてもいいんですかね?

飯田 実は以前に別のトークイベントをしたとき、「キャリアブレイク」って言葉が出たことがありました。そのときにご一緒したジャーナリストの小山美砂さんは、毎日新聞を辞めて今はフリージャーナリストとして広島などで活動されている方なんですが、その自分の経験をSNSのnoteに書いていて、そこで「キャリアブレイク」という言葉を取り上げていました。

 ぼくはキャリアブレイクについて本を読んだこともないので、あまり踏み込んだことを言えないんですが、「おりる」といっても、ただ単に会社を辞めるとかひきこもりになるということではないし、ひきこもりや無職になったからといってもそのまますぐに「自立」からおりられるわけではない、とも思います。ずっと会社の中にいてもすでにおりている人はいるし、転職してどこかの会社へ就職するという人でも気持ちの面でおりている人はいる。だから、「キャリアブレイク」というものが精神的な面で「自分は何かからおりたんだ」ということをちゃんと抑えた上で、またどこか別のところに勤める、という考え方であれば意味があると思います。これはキャリアブレイクや転職をする人たちの話だけじゃなくて、ひきこもりだってフリーターだって非正規雇用だって、なぜ自分は大変な思いをしたんだろう、何に違和感をおぼえてやめたんだろう、ということを忘れて、また同じところに戻ってしまうのが一番まずいんじゃないかと思います。キャリアブレイクにしてもひきこもりにしても、そこを気をつけなきゃいけないポイントにしておいた方がいいんじゃないか、と。

勝山 「キャリアブレイク」というのは、辞めた会社には戻らない、っていうことなんですか?

 そうですね。日本では辞めた会社に戻る文化がまだそんなにないのもあるんですが、一時的に仕事や社会から離れて、一定期間の距離を置いてそれらとの関係を見つめ直し、何らかの形でまた接近していくようなイメージです。再定義の時間は休息なのか単に仕事をしないのか、自由業的に生きるのか分かりませんが、一時的に離れて見つめ直し、定義し直す、みたいな感じで、最近になって言語化されてきた概念だと思います。

司会 AI先生に聞くと、キャリアブレイクとは「一時的に雇用から離れてキャリアの見直しやスキルアップなどを行う期間」ということですね。

勝山 私みたいにずっと休んでいる人間には、雲の上のことですね(笑)。キャリアもブレイクも何も、自分にとっては勤勉に汗水垂らして働いている人、くらいにしか思えないので、ちょっと言えることはないですね。

司会 一時的というところに、時間軸の曖昧さがあるじゃないですか。50年だって、一時的と言えないことはないわけですから。

 フルタイムの社員に戻る気はなくて、たとえばパートタイマーで3つぐらいの仕事をするとか、農業をするとか、そういうイメージだと思います。

勝山 今回のイベントのタイトルをみて来ていただいた、というAさんのアンテナ感度に注目して言えば、「キャリアブレイク」というものに期待をしているだけであって、じつはもうすでに我々の一員なのではないか、ということはちょっと感じますね。

飯田 ぼくもキャリアブレイクについての記事を読んだことはありますが、その記事を読んだ限りでは、「キャリアブレイク」という言葉に惹かれている人たちの中には今回のイベントのタイトル〈競いあわない、自律しない人生の不安と希望〉に近い関心や考えを持っている人が多そうだなと思いましたね。

司会 ありがとうございます。時間が来てしまいました。飯田さん、勝山名人、そして何よりもご来場いただいた皆様、どうもありがとうございました。この後、名人と飯田さんにサインをしていただく時間があります。その後は交流会を予定していますので、行きたいという方がいらっしゃいましたら、是非割り勘で参加をよろしくお願いします。

取材・文/西村章 撮影/五十嵐和博

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関連書籍

「おりる」思想 無駄にしんどい世の中だから

プロフィール

勝山実×飯田朔

勝山実(かつやま・みのる)

1971年、神奈川県生まれ。横浜の大地が生んだデクノボー。自称ひきこもり名人(中国語だと繭居大師)。高校3年時に不登校になり、以来ひきこもり生活に。著書に『安心ひきこもりライフ』(太田出版)、『ひきこもりカレンダー』(文春ネスコ)、『バラ色のひきこもり』(金曜日/電子書籍)などがある。

飯田朔(いいだ・さく)

1989年、東京都出身。早稲田大学在学中に大学不登校となり、2010年、フリーペーパー『吉祥寺ダラダラ日記』を制作。また、他学部の文芸評論家・加藤典洋氏のゼミを聴講、批評を学ぶ。卒業後、2017年まで学習塾で講師を続け、翌年スペインに渡航。1年間現地で暮らし、2019年に帰国。今回が初の書籍執筆となる。

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「自立する」という考えこそ、真っ先に捨てるべきですね