現在放送中の「太田光のつぶやき英語」をはじめ、長年、NHK語学番組の講師を務め、英語学習の楽しさや深さを伝えてきた鳥飼玖美子さん。これまで英語教育のプロフェッショナルとして多数の著書を世に送り出してきたが、2021年7月に刊行された新著のテーマは、書名にもなっている「異文化コミュニケーション学」だ。
実は異文化コミュニケーション学は、英語教育学、通訳翻訳学と並ぶ、鳥飼さんの専門分野である。「異文化コミュニケーションは、単に英語が話せればいいということではありません」という鳥飼さんは、世界がグローバル化する中で、異文化コミュニケーションの能力はもはや必須だと強調する。
そもそも異文化コミュニケーションとは何か、どうすればその力を鍛えることができるのか、おすすめ教材として本書で紹介されている多数の韓国ドラマの魅力と共にうかがった。
今回、なぜ「異文化コミュニケーション学」をテーマに本を書かれたのでしょうか。
異文化コミュニケーション学は、文化人類学や言語学、コミュニケーション論など、幅広い分野を網羅する学問領域ですが、日本ではまだあまり馴染みがありません。そこで、新書という形で、多くの方に「こんな学問分野があるのか」と知っていただきたいと思いました。でも、始めから異文化コミュニケーション学の本を書こうと意図していたわけではなくて、実は最初のテーマは『愛の不時着』だったんです(笑)
『異文化コミュニケーション学』の中で、コロナ禍のステイホームで韓国ドラマにハマった、とお書きになっていますね。
それまで韓国のドラマはまったく観たことがありませんでしたし、そもそも、連続ドラマというものを観る余裕がない日常生活を送っていました。それがコロナ禍で一時期、仕事の予定が次々とキャンセルになって、かつてないほどの時間ができたんですね。ちょうど買い替えたばかりのテレビのリモコンには動画配信サービスに切り替えられるボタンがついていたので、最初は英語圏で作られたドラマを観ていたんです。その頃『愛の不時着』が話題になっていたので、「なぜ、そんなに人気があるのだろうか」と軽い気持ちで観始めたところ、印象に残ったセリフやシーンをメモに取るぐらい、すっかりのめりこんでしまいました。
自分の人生で何かに「ハマる」という経験がなかったので、正直、ショックを受けました。そこで、なぜ自分がこれほどまでに『愛の不時着』に惹かれるのか分析してみたところ、緻密な脚本や優れた演出、美しい映像に音楽、俳優陣の「これぞプロ!」という演技力など、ドラマとして非常に質が高いことに加えて、これは異文化コミュニケーションの最適な教材だということに気づいたんです。これは使わない手はないな、と思いました。
『愛の不時着』のストーリーは、韓国と北朝鮮の男女の出会いと恋愛を軸としていますが、異なる言葉や文化の違いがぶつかったときの軋轢や誤解、男女のコミュニケーションのとり方など、異文化と邂逅したときに起こるありとあらゆることが描かれています。他の事例も集めようと、同時期にヒットしていた『梨泰院クラス』など50以上の海外のドラマを観ましたが、本を書き終わった今でもどんどんメモがたまっていくぐらい、韓国のドラマは異文化コミュニケーションの事例の宝庫ですね。あれもこれも入れたくて、書いていくうちに予定していたページ数を随分オーバーしてしまいました。
なぜ韓国ドラマでは、それほど多くの異文化コミュニケーションが描かれているのでしょうか。
理由のひとつとして、金大中大統領の文化政策以降、韓国では映画やドラマ、音楽の制作に予算をかけ、人材育成を重視していることが挙げられます。国家予算に占める文化予算の割合も増え続け、今ではフランスを抜いて世界1位というほどですが、映画やドラマ、音楽の制作にあたって、世界進出が強く意識されています。
たとえば、韓国ドラマのタイトルには必ずしゃれた英語の翻訳が付いていますし、動画配信サービスでは英語字幕で観ることもできます。また、外国のシーンが効果的に入れ込まれ、上手下手はともかく、俳優たちが英語のセリフを話す場面も少なくありません。世界というマーケットを考えた作品作りをすることで、異文化への向き合い方がドラマの内容にも必然的に反映されるということだと思います。
実は、韓国ドラマには日本語もけっこう出てくるんですよ。『ロマンスは別冊付録』という出版業界を舞台にしたドラマでは、「夏目漱石いわく、『月がきれいですね』は『愛してます』と同じ意味だ」というセリフが使われたり、『キム秘書はいったい、なぜ?』では5か国語に堪能な企業経営者が、新米秘書に日本語の特訓をするエピソードが挿入されたりしています。また、韓国では日本料理は高級という扱いらしくて、「日本にお寿司を食べに行った」などと、自分が特権階級であることをアピールするシーンもありました。政治的には、日本と韓国の関係は冷え込んでいるのかもしれませんが、韓国のドラマを観ていると、日本というマーケットをかなり意識していることが伝わってきますね。
今回の本では、科学コミュニケーションやビジネス・コミュニケーション、ジェンダー、異なる世代、経済格差など、様々な「異文化」とのコミュニケーションが、海外ドラマの事例を交えながら論じられています。
日本で異文化コミュニケーションというと、単に英語で話すことだというイメージを持たれがちですが、けっしてそんなことはありません。異文化コミュニケーションとは、あらゆる「他者との関係構築」「異質性との相互行為」を包摂する実に幅広い概念で、その観点からも、海外のドラマにはたくさんのヒントがあふれています。
韓国ドラマがおもしろくてやめられなくなるのは、一見、気楽なラブコメディのように見える作品でも、非正規社員に対する差別的待遇やセクハラ、ニュース報道のあり方、政治家の汚職などの社会問題が必ず扱われていて、ドラマに奥行きや深みが生まれるということもあると思います。
韓国ドラマが取り上げる社会問題は日本とも共通するところが多いですし、自分が興味を持っている社会問題を韓国のドラマではどんな風に扱っているのかなというつもりで観てみると、おもしろいのではないかと思います。でも、ともかくドラマとしての完成度が高いので、観始めると、たいてい次も何か観たくなるんですよ(笑)
今回の本では、新型コロナウイルスのパンデミックで、医療や感染症専門家の説明が一般人にわかりにくいことが浮き彫りになったということもあって、科学コミュニケーションについては、ぜひ取り上げたいという気持ちがありました。科学には自然科学だけではなく人文系、社会学系もありますが、自然科学特有の思考が専門家の話をわかりにくくしているところもあるように思います。『雪の女王』や『Start-Up』という韓国ドラマの主人公は、まさに普通の人がわかるようにしゃべれない理工系男性で、科学コミュニケーションを説明するのにぴったりでした。
第4章の「言語、権力、アイデンティティ」では、少数民族の言語や文化が迫害された歴史について、書いていらっしゃいますね。
少数言語をめぐる闘いは今も世界各地で見られますが、権力によって言語が剥奪されるとはどういうことか、日本人はあまりピンときていないし、自分たちもかつて同じことを他国に対してしたという歴史を忘れてしまっているように思います。だから、若い人たちが修学旅行で韓国に行ったとき、植民地時代に日本語教育を受けたおじいさん、おばあさんたちに「日本語上手ですね、どこで習ったんですか」などと聞いてしまう。日本に支配されつつあった時代の歴史を扱った『ミスター・サンシャイン』などの韓国ドラマを取り上げてもよかったのですが、今回の本は海外ドラマを楽しく観て異文化コミュニケーションを味わいましょうという趣旨ですから、お説教や批判にはしたくありませんでした。そこで、英語圏のドラマの事例を紹介することにしたんです。
たとえば、『アンという名の少女』という連続ドラマでは、カナダの先住民を対象にした同化政策について描かれていますし、英国のドラマシリーズ『ザ・クラウン』でも、若き日のチャールズ皇太子がウェールズで英国支配に対する強い反発にとまどうエピソードがあります。チャールズ皇太子がウェールズの偉人の名前を知らないことを悪気なく明らかにするシーンなど、感じてくださる方は「あ、これは自分たちの問題でもあるな」と、きっとわかってくださると思いました。
東京オリンピック・パラリンピックに向け、日本では盛んに「ダイバーシティ」「インクルージョン」が唱えられましたが、掛け声だけで、必ずしも豊かな「異文化コミュニケーション」につながっているようには見えませんでした。
グローバル化と言いながらも、実は内向きで、「いや、日本の文化はこうだから」などと開き直ってしまうようなところがありますよね。
講演などで異文化コミュニケーションについて話をしても、異なる文化を持つ人とのコミュニケーションがどれだけ大変で、だからこそ大切なのだということが、なかなか伝わらないもどかしさを感じます。「人間同士なんだから、なんとかなるだろう」と気楽に捉えている人も多いようですが、おそらく文化が違うことの重みを理解できていないのでしょう。
結局のところ、日本人はコミュニケーションを取るということ自体が面倒なのだと思います。これは、移民の国であるアメリカや、他国から征服され言語を奪われる歴史を繰り返してきたヨーロッパの人々が、言葉を尽くさなければ理解し合えないということを実感しているのとは大きな違いです。要は訓練が足りないし、言葉がどれほど重くて怖いものなのかということがわかっていない。自分の発言を取り消すなどと簡単に言う政治家もいますが、一度口から出た言葉を取り消すことなんて、本当はできないはずなんですね。
日本という狭い島国に生きている者同士、日本人はお互い同じ考え方だということを前提に、いちいち口に出さなくてもわかり合えるというところはあったでしょう。でも、グローバル化が加速した今の時代、日本にも様々な国から大勢の人たちがやって来ていますし、日本人同士であっても、世代間や男女間の違いなど、多様な価値観の存在が明らかになってきています。まずは、相手は自分ではないし、たとえ同じ言語を話していても人間は簡単にはわかり合えないというところから始め、普段は1でいいと思っていたところを2つ言ってみるなど、もう少し積極的に、きめ細やかに言葉を使っていくことが、これからの日本人には必要になっていくと思います。『私の名前はキム・サムスン』のセリフではありませんが、やはり「言わなければわからない、いくら心で思っていても相手には伝わらない」ということですよね。
英語ひとつとっても苦手意識が強い日本人が多い中、異文化コミュニケーションを学ぶことの意義について、メッセージをお願いします。
文化人類学者の川田順造氏が「文化の三角測量」、つまり、3つの文化を取り上げ、参照点を3つにして検討することを提案していますが、異文化への窓をひとつだけではなく、ふたつ、みっつと持つことは、それだけ人生が豊かになるということだと思います。私自身、これまで仕事では何度も韓国を訪れていますが、韓国のドラマを数多く観ることで、年上の人に深い敬意をもって接する文化であることなど、隣の国のことなのに意外と知らなかったと気づかされました。もはや日本だけに閉じこもっている時代ではありませんし、特に若い世代には、自分とは違う言語や文化を知ることで、人生を開いていく力を得ていってほしいと思います。
コロナ禍では簡単に海外に行くことができませんが、だからこそ、海外のドラマを異文化コミュニケーションの学びの場としてぜひ活用してほしいですね。
取材・文:加藤裕子
プロフィール
鳥飼玖美子(とりかい くみこ)
立教大学名誉教授。東京都生まれ。サウサンプトン大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。NHK Eテレ「太田光のつぶやき英語」講師 。『本物の英語力』(講談社現代新書)、『英語教育の危機』(ちくま新書)、『迷える英語好きたちへ』(インターナショナル新書/斎藤兆史との共著)、『通訳者たちの見た戦後史』(新潮文庫)など多数。