著者インタビュー

なぜ、人生に本が必要なのか

三砂慶明氏×斎藤幸平氏 対談

三砂慶明×斎藤幸平

 

 

三砂慶明氏が選ぶ 集英社新書の5冊

 

梅田 蔦屋書店の人文コンシェルジュを務める三砂慶明氏に集英社新書のラインナップのなかからおすすめの5冊を選んでいただきました。

 

『「利他」とは何か』伊藤 亜紗 中島 岳志 若松 英輔 國分 功一郎 磯﨑 憲一郎

 

コロナ禍を経て、「利他」への関心が集まっています。それはたとえば、私たちがマスクをしたり、コロナウィルスを拡散させないように普段の行動を自粛する「巣ごもり」が、利他という文脈で語られることにも表れています。その一方で、利他を前面に打ち出した行動には、独特のうさん臭さがつきまといます。そもそも利他は、キリスト教の「隣人愛」や浄土真宗の「他力」など、宗教的な価値観と結びついてきた背景があります。

そこから浮かび上がるのは、意図的に押し出された利他行動は「善い人」というセルフイメージを獲得しようとする利己的なものではないか、との問題提起です。

本書は、編者の伊藤亜紗氏が、障害のある人と関わる中で抱いた問いからはじまっています。困っている人のためにという一見利他的な周囲の思いが、結果的に全然本人のためになっていない。利他は、そもそも利他的ではないのではないか。利他の近年の動向を追いながら、誰かのためになる瞬間がどのように現れるのかを、5人の著者がそれぞれ、ケア、宗教、芸術、哲学、文学の見地からひもといていきます。息苦しい利害関係や、誰かのためという偽善でもなく、あるいは共感一辺倒ではなく、自己責任論でもなく、合理性の外側に息づく新しい時代の予兆が感じられます。

 

『はじめての動物倫理学』田上孝一

 

人類の歴史は差別の歴史ともいいかえられるほどに、これまで多くの人が様々な理由で差別され続け、今も少なくない人が差別に苦しんでいると、著者は説きます。賃金格差やLGBTQなどまだまだ社会的な周知がなされているとは言えない差別問題もあるとした上で、本書は人類のタブーへと踏み込みます。それが「肉食」です。

ダイバーシティ、多様性の尊重、平等という言葉の対象に含まれるのが、なぜ人間だけなのか? 劣悪な環境の中で、人間に食べられるためだけに、自由を、生命を奪われ続けている動物の生命は、なぜいつも見過ごされてしまうのか? 私たちは一体何を食べているのか?

一度問えば日常が壊れてしまうかもしれない大きな問いを、倫理の歴史をひもときながら、「種差別」の構造を解き明かしていきます。過激な環境保護団体やディープエコロジーの原理とは一線を画し、資本主義社会の中でいかに持続可能な社会が可能かを、カール・マルクスの哲学から問い直します。読む前と読んだ後では、世界観が一変してしまう一冊です。

 

 

 

『拡張するキュレーション 価値を生み出す技術』暮沢剛巳

 

キュレーターは、日本語では学芸員と訳されます。その役割とは、展覧会のための作品の選択であり、解釈です。だから、私は今までキュレーションとは美術館や博物館の世界のことだと短絡的に考えていましたが、本書を読んでその考え方が一変しました。

本書では、キュレーションとは何かという本質を問い、まず、「モノ」は情報の集合体である、と定義します。そして「展覧会企画としてのキュレーションは、様々なモノを配列し再構成することによって、個々のモノの持つ情報を明らかにすると同時に、モノとモノの関係を通じて新たな情報を生み出し、それを可視化する高度な知的生産術なのである」と説きます。その新しい文脈を生み出した実例として、著者があげるのが「民藝」であり、「ケ・ブランリ美術館」であり、「アウトサイダー・アート」です。著者は、情報はあらゆる知的生産の基礎であると述べ、キュレーションという言葉の意味を、「価値を生み出す生き方」へと拡張します。

本書を読みながら、私の脳裏に浮かんでいたのは、書店の本棚のことでした。本を選び、並べ、文脈をつくる。わかりやすい文脈でも、誰にでもわかる情報ではありませんが、自分たちの仕事も新しい価値を生み出している。そのことを教えてくれる一冊でした。

 

 

『書物と貨幣の五千年史』永田希

 

著者は、「書物」と「貨幣」の歴史をひもときながら、人類の歴史が情報技術の「不可視化」によって、何重にも折りたたまれたブラックボックスであることを指摘します。玉ねぎの皮を一枚一枚はぐように、情報の不可視化をさかのぼっていくことで、私たちの目の前にある、それと気が付かないブラックボックスを開いていきます。私たちはなぜブラックボックスを開かなければならないのか? それは、ブラックボックスを「見えない箱」として無視してしまうと、ブラックボックスに気がつくことすらできず、見ることも、触れることもできなくなるからです。ありふれたものや見慣れたものを見る目を新しくして、そこに何が折り畳まれているのか。その複雑さや中途半端さを知ることで思いがけない発見がある。

そのことを著者は、書物や貨幣、WEBやコンピューター、思想や哲学、古典文学からSF、映画をテコにして、目の前にあるブラックボックスを、力づくで片っぱしからこじあけていきます。ブラックボックス化した社会で、私たちが失ったものを取り戻す方法をそっと小声で教えてくれる一冊です。

 

『他者と生きる リスク・病い・死をめぐる人類学』磯野真穂

本書は、病いのリスクや現代を特徴づける「自分らしさ」礼賛、そして人間の死を、医療人類学の知見をもとにその根底から見つめ直す一冊です。まず、エイズや狂牛病、新型コロナウイルスなどの医療の現場で、「正しい知識」が構造的に抱えている問題に光をあてます。責任の所在を曖昧にさせるためにはりめぐらされた「万が一」という言葉が、むしろ痛ましい「死」を生み出していたりと、他者への想像力が間違って走りだしたときの暴力を、私は本書を読むまで考えたことはありませんでした。

この本は、現代を生きるための最も本質的なテーマ、他者と生きることを軸に描かれていますが、それだけではありません。終章には、著者と哲学者・宮野真生子さんとの共著『急に具合が悪くなる』で、宮野さんが残した言葉への応答がありました。死を目前にした宮野さんがふりしぼって書いた三行を、開き、「出逢い」とその根底にある「偶然」の哲学に、「時間」という軸を加えた展開には、胸がふるえました。

 

 

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人新世の「資本論」

プロフィール

三砂慶明×斎藤幸平

三砂慶明(みさご よしあき)

1982 年、兵庫県生まれ。本と人とをつなぐ「読書室」主宰。梅田 蔦屋書店 人文コンシェルジュ。大学卒業後、株式会社工作社などを経て、カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社入社。梅田 蔦屋書店の立ち上げから参加。ウェブメディア「本がすき。」などで読書エッセイを連載。著書に『千年の読書 人生を変える本との出会い』(誠文堂新光社)がある。編著『本屋という仕事』(世界思想社)を上梓予定(5月下旬)。

 

斎藤幸平(さいとう こうへい)

1987年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了後、大阪市立大学大学院経済学研究科准教授を経て現職。専門は経済思想、社会思想。Karl Marx’s Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy(邦訳『大洪水の前に』)により「ドイッチャー記念賞」を歴代最年少で受賞。著書に『人新世の「資本論」』(集英社新書)などがある。

 
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