著者インタビュー

なぜ、人生に本が必要なのか

三砂慶明氏×斎藤幸平氏 対談

三砂慶明×斎藤幸平

仕事や経済のことから人の生死にいたるまで、人生の悩みに寄り添ってくれる名著の数々。そんな本を250冊超もあつめたエッセイ集『千年の読書―人生を変える本との出会い』(誠文堂新光社)が静かな話題を呼んでいます。著者は、関西のブック・ラバーたちのあいだで「目利き」と評判の書店員・三砂慶明さん。梅田 蔦屋書店の人文コンシェルジュとして魅力的な棚をつくり、お客さんともたくさんの対話をなさっています 。また、小説家から研究者まで多くの書き手たちが、三砂さんのお人柄に惹かれ、そして絶妙な選書に信頼を寄せています。

45万部を超えるベストセラー『人新世の「資本論」』(集英社新書)の著者・斎藤幸平さんもそのおひとり。梅田 蔦屋書店に足しげく通っていたといいます。今日はおふたりに「なぜ、人生に本が必要なのか」、存分に語り合っていただきました。

(取材・構成 加藤裕子)

 

三砂慶明 氏 (撮影・濱崎崇)

 

「偶然」の出会いをつくる書店

 

斎藤 いつも梅田 蔦屋書店でお世話になっている三砂さんが本を出されると聞いたとき、本当にわくわくしましたし、実際読んでみてとても面白かったです。ですから、今日はその三砂さんの新刊と、それから読書をする「意味」についてお話できることを楽しみにしています。

さて、以前の私は 「研究に必要な○○の本を買うぞ」と狙いを定めて書店にいくのがパターンだったんですね。なので、書店で三砂さんの作った棚をはじめて見たときは困惑しました。なぜ専門書と新書と漫画と小説がひとつの棚に並んでいるのだろうと。でも話をうかがうと、それぞれの本が見事につながっていて、しかも、三砂さんの生活の実感のなかで生まれた「問い」に答えるような本が並んでいるということがわかる。そういう三砂さんが作った棚のなかから出会った名著が何十冊もあり、目的をもって書店を訪れていただけの自分が、書店のなかでの「偶然」の出会いの醍醐味を知るようになったわけです。

もちろん、それはまったくの偶然ではなく、その「偶然」の種を仕掛けているのは三砂さんです。これはAmazonじゃ味わえない、優れた書店員が頑張っているリアル書店だけの面白さです。

それで、何が言いたいかというと、今回の三砂さんの『千年の読書』も、リアル書店にいくのと同じ喜びに満ちているということなんです。この本を読みながら、まるで梅田の書店で三砂さんと話をしながら本を勧めていただいているような気持ちになりました。三砂さんご自身も、本の構成として、一つの章を書店の本棚ひとつ分のよう感覚で作ってみたと「あとがき」に書いていらっしゃいましたが、こういう本の見せ方は、やはり日々棚を作る書店員だからこそできること。これは三砂さんにしか作れない本だと思いました。

 

三砂 斎藤先生にそうおっしゃっていただいて、とても励みになります。私たち書店員が日常的におこなっている棚作りという行為自体が、もしかしたら読者にとっても一つの価値になるかもしれない。そう思って今回の執筆に挑戦してみました。

 

斎藤 偶然に書店で一冊の本と出会うことで、人生は変わるかもしれないし、同じように三砂さんが今回の本のなかで紹介している一冊で、また別の偶然の扉が開かれることもあるでしょう。

例えば、高村友也の『僕はなぜ小屋で暮らすようになったか』は、三砂さんにお勧めしていただいて読んだ本です。哲学を研究していた若者が山梨の森にあるセルフビルドの小屋に一人で暮らすというぶっ飛んだ話に衝撃を受けました。私は小屋に住むつもりはありませんが、そうした実践の話からも刺激を受けて、今仲間と高尾山の一画を買おうと計画中です。

 

三砂 以前の私は本を売ることがとても好きで、本屋の仕事とは本を売ることだと考えていました。これは、という本を見つけたら、どう売るかを夢中になって考え、実践していました。でも今回、このような読書エッセイを書かせていただき、自分が本当にやりたかったことをはじめて言語化することができました。はずかしながら、自分がやりたかったのは、売ることではなく、「伝える」ことだったんだと気づいたのです。

 

斎藤 本当に、三砂さんが伝えたいことがたくさん詰まった本だと思います。

 

『千年の読書 人生を変える本との出会い』(誠文堂新光社)

 

伝えたい気持ちと売りたい気持ち

 

三砂 もちろん、本を売ることも「伝える」ことの一環です。7年ほど前に斎藤先生がとある研究会に聴衆としていらしていて、ラディカルな鋭い質問をたくさんなさっていた。その様子を見て「この人はすごい」と思ったときから、斎藤先生がいつか本を出した暁には、この人の本をたくさん売りたい、読者に知らしめたいと強く思っていました。

 

斎藤 三砂さんが、「斎藤さんを有名にしたいんです」みたいなことをおっしゃってくださったのをよく覚えます。

 

三砂 それは失言でした(笑)、その節は本当に申し訳ございませんでした。

 

斎藤 実際はもっと三砂さんらしい真摯な言い回しだったと思います(笑)。でも、ともかく、当時、英語とドイツ語の著作はあったとはいえ、日本ではまったく無名の私を三砂さんがずっと気にかけてくださったおかげで、『人新世の「資本論」』もたくさんの読者に恵まれたわけです。『千年の読書』のなかでも取り上げてくださいましたよね。

 

三砂 ええ、『人新世の「資本論」』は、本当に素晴らしい本でした。中でも「いや、こう考えるべきではないか。資本主義こそが希少性を生み出すシステム(´´´´)だという風に。私たちは、普通、資本主義が豊かさや潤沢さをもたらしてくれると考えているが、本当は、逆なのではないか。」(231頁)の一節は衝撃でした。利潤の最適化を目的とするような資本主義では、持続可能なコモンとしての地球が保てなくなっていくという議論を明確にしただけでなく、それ乗り越えるための解決策、プロジェクトを示し、新しい希望の光を、今を生きる私たちに届けてくださった。

何より嬉しかったのは、現代社会を揺さぶる新しい理論を書かれた斎藤先生が、自分が勤めている大阪にいらっしゃったことです。書店員として本当にありがたいことだと思いました。

 

斎藤 『人新世の「資本論」』が出る前も、お店でたくさんのイベントを開いて、いろんな議論の場を作ってくださいましたしね。

 

三砂 先生の議論がどういう道筋をたどって発展していくのか、書店の現場から数年にわたって拝見できたのは、著者と同じ時代に生きる喜びです。

 

『人新世の「資本論」』(集英社新書)

 

 

本の「輝き」が目に入ってくるとき

 

斎藤 それにしても、すごいのは三砂さんの読書の量と幅です。どうして、そんなにたくさんの本を読むようになったんですか。

 

三砂 やっぱり、没頭できるからだと思います。「没頭」は「頭をつっこむこと」ですが、色々と悩んでいることがあっても、本を読んでいる間は一旦、それが全部消えて没入できるんですよね。それで本を読み終わって現実に帰ってくると、なんだか自分が持っていたバイアスがちょっと溶けて、フラットな状態で自分を見つめ直すことができるんです。そういうことに気づいたのは、やっぱり私が社会との折り合いをなかなかつけられなかったからだと思います。

 本には、自分で出会いにいかないと手を差し伸べてくれないというところがありますが、読もうと思った人を拒む本はありません。ではどんな人が本を必要としているのかと考えていくと、今が満ち足りて充実している人の視界に本は入ってこないような気がするんです。一方で、何か悩みを抱えていたり、社会の問題を解決する方法を探していたりするような人の目には、本は光って見えるのだと思います。

 

斎藤 それはすごくわかります。私は子どもの頃からずっとサッカーをやってきたんですが、高校に入って「自分には才能がない」という壁にぶつかりました。思春期らしい、そういう小さな挫折を経験して、じゃあ自分はサッカー以外の何をしたらいいんだろう、というときに、当時の自分の世界を広げてくれるきっかけになったのが読書でした。デカルトの『方法序説』、エドワード・サイードの『知識人とは何か』、新渡戸稲造の『武士道』、そして大学で出会ったマルクス。こうした本との出会いが今の自分を形作っています。

 

三砂 もし本当に満ち足りている人に本が必要ないなら、もしかしたら皆が本を読まない社会のほうが幸せなのかもしれないとも思います。でも、人間は悩みや苦しみを避けて生きることはできません。なぜ自分は社会と折り合いが悪いのか、なぜ自分はこの人生を生きているのか、なぜ人は死ななければいけないのか……けれども、ただ思い悩むだけではなく、本を読むことで目の前にある問題を解決していくための道筋を見出すことができると、私は思っています。『人新世の「資本論」』はまさにそういう本として、私たちに新しい希望の光を届けてくれた一冊 でした。

 

斎藤 まさに現代は、パンデミック、気候変動、戦争など、人類が大きな挫折に直面しているので、読書が求められる時代かもしれません。

『人新世の「資本論」』は、カール・マルクスの晩年の思想を手掛かりに、資本主義から大転換して、脱成長型の社会に移行し、経済成長以外の幸福や商品以外の富を見出すことを提案した本です。これまでのやり方がうまくいかなくなる危機の瞬間で、人々が思い悩んでいるからこそ、マルクスの大胆な発想にも、人々の関心が向かうようになっていると感じます。

 

斎藤幸平氏

 

コロナ禍で「本を読むこと」はどう変わったか

 

斎藤 書店では、コロナ禍やウクライナ危機で、読書をめぐる状況に、何か変化したことはありますか?

 

三砂 ウクライナ危機では、政治を中心に地理や地政学といったジャンルや、ロシアやウクライナに焦点をあてた作品にも注目が集まりました。コロナ禍では、ウィルスや予防についての時事的な本から、大増刷したカミュの名作『ペスト』、斎藤先生が監修された『パンデミック 世界をゆるがした新型コロナウイルス (ele-king books)』などの人文書にも注目が集まりました。ただ、個人的な実感として、古典に対する注目度が上がっていると感じています。困難な状況を前に、私たちひとりひとりが、それぞれのスケールで「人間とは何か」ということを問われているのだと思いますが、こういう大きな問いに対する答えは簡単にはみつかりません。だからこそ、考えるための手がかりがほしいと、古典を手に取る人が増えているのではないかと思います。

 

斎藤 ビジネスパーソンの読書傾向が、お金儲けから教養・リベラルアーツへと変わってきているというのは『千年の読書』の中でも書かれていましたね。これはおそらくコロナだけではなくて、この「人新世」という時代への不安が背景にあるのだと思います。  

「人新世」において、人間は地球環境を変えて気候変動のような深刻な問題を引き起こす一方、バイオ・テクノロジーのさらなる発展は人間自身をも変えようとしています。加えてAIの脅威による失業や経済格差の広がりなど、これから先、世界がどうなっていくのか見通すことができません。

そうした中で、はたしてこれまで当然とされてきた大量消費・長時間労働のライフスタイルが正しかったのかと多くの人が疑問を持ち、「古典を読み直そう」という空気が高まっているのではないでしょうか。

 

三砂 そう思います。

 

斎藤 本を読むということは、時代や地域を越えて共有されている知識へのアクセスを手に入れることです。でも、これだけ変化が加速していく時代には、たとえばビジネス界がもてはやすメタバースやNFTやWeb3.0など、新しいアイデアについて書かれた本はすぐ古びてしまうでしょう。

それに対し、数百年、数千年というスパンで読まれ続けてきた古典の価値は、気候変動も含め、答えが出ない難題が増していく世界において、ますます高まっていく。自分で思考する力を身につけるためには、ビジネス書ばかり読むな、古典を読め。これが原則です。

 

三砂 古典と言えば、以前であれば、マルクスという名前は知っていても、実際に読むのは難しいし、読んだことはないという人がほとんどだったと思います。書店の中でもマルクスの本に対する関心は下がり続けていたんですけれども、斎藤先生の登場ですっかりその流れも変わりました。

ただ、色々と古典の本を棚に置いてみても、興味がある人は手に取ってくれるのですが、やはりとっつきにくいというか、なかなか読んでもらえないということも痛感しています。古典に関心がない人たちにも読んでもらえるよう、もっと工夫していかないといけないと思っています。

 

斎藤 その意味でも、『千年の読書』はタイトル通り、とても古典が大切にされていて、古典に興味を持つための良い入り口になると思います。ショーペンハウアー、アリストテレス、カフカといった人たちの本がテーマごとに紹介されつつ、グレタ・トゥーンベリの本(『グレタ たったひとりのストライキ』)のような、今出ている一般向けの本へとつながって、「本当にお金儲けが人生の意味なのか」「気候変動の世界で人間はどう生きていくべきか」など、答えが出ない大きな問いを考えるための様々なヒントを得られます。

我々が生きている社会では、答えが出ないような問いについて考えるという行為は非効率とされがちですし、これだけ皆が忙しいと、そういう問題を考える余裕も持てないかもしれません。でもこういう先行きがわからない時代にこそ、特に若い人たちには古典と呼ばれるような本をぜひ読んでほしいと思いますね。

 

 

次のステップを前に読むべき本

 

斎藤 最後に、三砂さんにお願いしたいことがあるんです。実は大阪を離れ、4月から東京の大学に移ることになったんですよ。

 

三砂 えっ 、そうなんですか! 寂しくなります。でも、おめでとうございます。

 

斎藤 それで、新天地に向かう私に三砂さんからぜひなにか本を勧めていただきたいんです。

 

三砂 うーん、そうですね……最近復刊された素晴らしいエッセイで、アニー・ディラードというピュリッツァー賞受賞作家の『本を書く』をお勧めしたいと思います。彼女はネイチャー・ライティングで高い評価を受けた作家です。『本を書く』は文字通り、原稿用紙と向き合った作家の中に湧き上がってきた言葉を、ひとつひとつ書きとめていた結果、出来上がった本なんです。一節一節が、まるで詩のようで、読んでいてとても幸せな気持ちになりました。

 

斎藤 自分の中に湧き上がってきたものを大事にする! 素敵な本じゃないですか。『人新世の「資本論」』に続く本は書けないかもしれないというプレッシャーもあるのですが、その本をぜひ読んで、次のステップに進むモチベーションを高めたいと思いました。

 

三砂 それはよかったです。

 

斎藤 いまの自分に満足せず、次もいい本を書けるよう頑張らないといけないですね。そのときにはまた大阪に帰って、三砂さんのところでトーク・イベントをやりたいです。

 

三砂 より世界を明るく照らしてくれる、先生の次の本を楽しみにしている読者は大勢いると思います。私もそのひとりとして、心からお待ちしています。

 

 

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プロフィール

三砂慶明×斎藤幸平

三砂慶明(みさご よしあき)

1982 年、兵庫県生まれ。本と人とをつなぐ「読書室」主宰。梅田 蔦屋書店 人文コンシェルジュ。大学卒業後、株式会社工作社などを経て、カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社入社。梅田 蔦屋書店の立ち上げから参加。ウェブメディア「本がすき。」などで読書エッセイを連載。著書に『千年の読書 人生を変える本との出会い』(誠文堂新光社)がある。編著『本屋という仕事』(世界思想社)を上梓予定(5月下旬)。

 

斎藤幸平(さいとう こうへい)

1987年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了後、大阪市立大学大学院経済学研究科准教授を経て現職。専門は経済思想、社会思想。Karl Marx’s Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy(邦訳『大洪水の前に』)により「ドイッチャー記念賞」を歴代最年少で受賞。著書に『人新世の「資本論」』(集英社新書)などがある。

 
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