対談

戦後も少年ゲリラ兵たちから慕われていた陸軍中野学校出身の2人の青年将校。そんな人間偏差値の高い彼らが、加害者になってしまったのはなぜか?

望月衣塑子×三上智恵

官邸はテレビをほぼ制覇したが
ネット民の声を無視できなくなった

望月 2月29日の首相の会見では、記者の質問をシャットダウンして5問で終わりみたいに私邸に帰るということをやったけど、「何だあれは!」という批判がネット上ですごく多く渦巻きました。国民もそこまでバカじゃない。官邸は国民をバカだと見て動いていたとは思うんです。それが最近少し変わってきた。2、3年前の状況では「マスコミを抑えときゃいいんだ」みたいな踏ん反り返りが安倍政権にはあった。今テレビは、日テレやフジはもちろん、テレ朝も官邸の意向が非常につよく影響しているとも聞きます。

三上 テレ朝、制覇されちゃったと?

望月 テレ朝は幻冬舎の見城社長が番組審議会委員長になってから「報道ステーションは、慰安婦報道を朝日新聞のようにやればいいと思うのか、安倍政権の批判をすれば成り立つとも思ってるのか」などの批判が始まり、そこからジャーナリズムを追求する人々がどんどん押し出され、変質していったと聞きます。

――見城社長は百田尚樹氏とともに「安倍さんをもう一度首相にしよう」と動いていた人ですね。

望月 ええ。だけど、11月8日の共産党の田村智子議員が桜を見る会の質問をしたあたりから……あれは当初、テレビもそうだし、ウチでも囲み記事とかで扱いは大きくなかった。だけどネットがすごかったんです。金曜午後の質問か何かで炎上して土日もそれが止まらずに炎上し続けた。月曜に、当時は私、菅官房長官の会見でまだ最後の2問だけは当てられていたので、桜のことを聞いたんです。でも「新聞がまだそんな騒いでないから答えは用意してないだろう」と思ったら、菅さんの秘書官がバーッと走ってきてビッシリ答弁を書き込んだ紙をパッと菅さんに渡したんです。そのときに「ああ、もう官邸の秘書官たちは、今ネット上で何が問題になっているかを、すごく気にしてるんだな」と思ったんです。ネットで火がつくものって、いずれテレビ、新聞も食いついてくるという状況を、官邸側はよく見てるんだなと感じました。それまでは、割と気にしてなかったんだけど。

三上 答弁が用意してあったんだ。

望月 そう。今までだったらテレビ、新聞に出ていること以上のものを少し聞くと、「答弁、準備してないな」とわかる答えが多かったんですけど、桜のときは、もうビッシリ用意していた文書を菅長官が読み上げていました。桜疑惑は、安倍首相に直結するという危機感もあったと思いますけど。

 それで「官邸側が“マスコミさえ統制していればいい”というフェーズを、もう変えてきているな」と感じたんです。そういう意味では、いかに安倍首相側が一点突破だと思って大作戦を仕掛けてきても、市民は「だまされませんよ」という感じになってきている。ネットを見ていると「WHOが、少年はあまり大人にうつさないから重症者が少ない、という調査報告を出した(編集部註:現在は若者でも重症化したり他者に感染させる場合があるとされている)」とか「ここまでやる必要があったのか」という声が、海外の対応まで含めたものがガンガン流れて、それを市民がシェアしたりしている。だから私は、安倍首相のプロンプター会見も含めて、「マスコミを抑えておけばいい」という時代はたぶん終わってきているのではないかと感じています。それは官邸もわかっているし、そこに一抹の可能性というか。「それでも情報に踊らされてしまう人は多いよね」という側面もありますが、いわゆるメディア・リテラシーみたいなものが、社会全体で見たときに、根づいてきつつあるんじゃないかと思うんです。

三上 私、ふだんはそんなにツイッターは見ないんだけど、今はこの本を拡散したくて見ているんですね。今朝もこんな人が居ました。「安倍やめたほうがいいって書いたら『おまえは左になったのか』って言われた。そうじゃないけど、安倍まずいよね」と書いてる人がいた。これまで何も言わなかった層が「安倍やめろ」にドワーッと今来てる。「左ではないけど」といいながら。

望月 左ではないんだけど、「これはいかがなものか」と。

三上 そう。でも望月さんの件では、ネットは弊害がありつつも味方だよね。今こうやっていられるのはネット民の存在が大きいですよね。

望月 批判もありますが、味方の存在も実感できますね。ネット民の存在は、うん、本当に本当に大きいですね。私自身、この3年近く、官房長官会見にいけているのは、ネットを介する市民の声援をダイレクトに日々感じられるようになったからです。

三上 そう。希望もありますね。

望月 そうそう。だから、常にこれを見てくれている人たちがいて「聞くべきことを聞いてないんじゃないの」とか、そういう素朴な第三者の視点をガンガン入れてくれることで、結果としてすごく変わっていくなって。

 

「ウーマン村本に自衛官たちが感謝した」(望月)
「専守防衛の自衛隊こそ日本で戦った護郷隊の証言を読むべきです」(三上)

三上 石垣島や宮古島の自衛隊基地問題には望月さんも果敢に取り組んでくれてるから、私がまずそれを止めたいがためにこの本を書いたということは、わかってもらえました?

望月 はい。ミサイル要塞化が進んで。誰のためにこんなことされてるのかなって。そこにいる島民がなかなか声を上げられない。皆おかしいと思っているのに。まさにこの沖縄戦のときとすごく重なることが、今現在進行形で進んでいますね。

三上 沖縄戦のときも沖縄県民は駐留してきた日本軍を地域に引き受けて、家の一番いいところに住ませて、自分たちは裏座とか馬小屋とかに住んで、将校たちにいいご飯も出して心から歓待したんですよ。守ってくれると思って。で、ことごとく裏切られたのに、今また「守ってくれる、北朝鮮怖いから、中国怖いから、いてくれたほうがいい」って。何も学ばないの、人類は、と思うんです。

──元少年兵の方たちも、ほとんどが「基地があるから戦争が来るんだよ、攻撃されるんだよ」とおっしゃっていますよね。

三上 そう。「基地がなければ戦争が来ないと言うヤツは、お花畑だ、平和ぼけだ」って、右系の人がよく言いますね。どっちが平和ぼけなのかと思うんです。何で「今、自分が持とうとしている軍隊は自分を守ってくれる」って自信を持って言えるのか。

望月 宮古島の弾薬庫が自分の住んでいる家の200メートル以内にできているというだけで、実感として相当脅かされます。住民からしたら、この弾薬庫ができることで、自分や自分の子供、孫はどうなるんだろうって、考えざるを得ない。

三上 文字通り爆弾を枕にして寝るってこと。地下を掘るわけだから入り口が200メートル離れてても本当は自分たちの家の下に弾薬庫が作られてるかもしれない。調べようがないし教えてくれない。特定秘密保護法でメディアも調べられない。そういうものを自分のところに作られていい人がいるわけない。でも遠くの人は「日本が武器持っておいたほうがいい」って言う。

望月 ですよね。そこに配備される自衛隊だって、そこに配備されるって時点で……

三上 捨て駒ですよ。

望月 この間、ウーマンラッシュアワーの村本大輔さんと会ったときに「自分は基地反対ばっかり言ってるから自衛官に嫌われてると思ってたんだけど」って。たまたま飲んでいた場所で若い自衛官たちが集まってたんで思い切って「おまえたち、おれのこと嫌いやろ」と話しかけたら、皆「いや、村本さんが言ってくれてよかった」と。「自分たちは学歴もないし、村本さんが『とりあえず女にモテるかもと思って吉本入った』みたいなノリと同じで、とりあえず仕事にありつけて彼女ぐらいできるかなとかで入隊しただけです。“国家を守ろう”なんて思ってないのに、入ってみると“お国のために”なんてことを毎日言われて。でもそれは全然自分たちの考えてたことと別だから。村本さんが“自衛隊員の命こそ守らなきゃいけない。九条があるんだから、そんなことに自衛隊を使うな”と言ってくれた。それだけで僕たちは助けられるんです」って言われたそうなんです。それで、自分が声を上げることで、自衛官たち、自分より若い十代、二十代の子たちのことも守っていることになっているのかな、って。

三上 最近私も公言してます。自衛隊の人たちの命も守りたいし守れるのは私たちだけだと。自衛官は自分で「この任務おかしい」って絶対言えないし組合も作れないし、上に物を言うことができない。彼らだって、もし命をかけるなら意味のあることにかけたいだろうし、できればかけたくないだろうし。でも、どんなことに若者の命が使われているのかを私たちが知らなかったら、権力者の捨て駒にされるだけ。そういう状況を作っちゃってるのは無関心な有権者である私たちだし。

望月 そうですね。

三上 この護郷隊の少年たちの話を読んで「ああいうふうに思って、ここにいたんだな」っていうことがわかってくると、自衛隊の人たちもその延長線上にしか見えないから。だから、彼らの命を何で米軍や防衛省のトップだけが握ったりするの、と。私たちに出す情報も、ものすごく閉ざされてるし。そういうベールの中に自衛隊の人たちの命を入れといたらいけないよ、と。それを私たちがやらないと。だから今は、自衛隊の人たちのためにも沖縄戦を伝える仕事をやっているという気持ちもある。

──この本を読むと戦場のリアルな状況がどんなものかということが少年兵の目を通じてわかりますね。そういうことを政治や国際問題、基地問題に興味のない人たちは全然わかってないし感じてないから、その入り口として、すごくいいな、と。

望月 そうですね。

三上 そう。だから私、自衛隊の人がこれ読んだら面白いと思うんですよね。だって自衛隊って専守防衛で、外で戦争はしないわけだから、国内で戦争する想定でいろんな作戦があるわけですよね。で、この国で戦った兵隊で今も生きてる元兵士ってもう、護郷隊しかいない。米軍とドンパチやって、まだ証言がとれて。だから自衛隊の人にこそ読んでほしいんですけど……。前の映画「標的の島 風かたか」を公開した時に、友達の弟さんが自衛官だったんで「弟さん、今度帰ってきたときに『風かたか』見てって言ってよ」と言ったら「私、とっくに言ったんだけどさ、『それ、見ちゃいけないやつって言われた』」って。「だから、外出記録には「ミッション:インポッシブル」シリーズを見たとか書いとけばいいじゃない」って言ったら「いや、そういうことして、もしウソついたのがバレたら、ずっとマークされる。そしたら、何から何まで不自由になるから、ウソはつかない」って。

──まさにスパイ扱い。

三上 うん。自衛隊内部の情報組織が、隊内の人たちの不穏な動きもチェックする。

望月 調べるんだ。

三上 そうそう。「情報保全隊に目をつけられたら終わりだ」と。親戚縁者とか誰が共産党かとかまで調べられるから、映画のタイトル、ウソついたのがきっかけでマークされたら、いじめ出されてしまうかもしれない。シャバにいるときも全部尾行されているような気持ちでウソは書けない。

望月 怖い。宮古とか与那国に情報保全隊が入ってると聞きます。それは、逆に内なる敵というか、内側のお前らを見てるぞ、と。

三上 そうそう、そうなんですよ。隊員同士も誰が密告するかわかんないから、友達にも、これ見てきたよとか言えないし。「「新聞記者」見ただろう、おまえ」って。「あいつおかしいんだよね」とかって、うわさが広まったら、もう終わり。

望月 今もまさにスパイ戦のような世界になっているんですね。

 

1 2 3

関連書籍

証言 沖縄スパイ戦史

プロフィール

望月衣塑子×三上智恵

 

望月衣塑子(もちづき いそこ)
東京新聞社会部記者。2017年3月から森友学園、加計学園の取材チームに参加し、前川喜平文部科学省前事務次官へのインタビュー記事を手がけたことや、元TBS記者からの準強姦の被害を訴えた女性ジャーナリスト伊藤詩織さんへのインタビュー取材をしたことをきっかけに、2017年6月6日以降、菅義偉内閣官房長官の記者会見に出席して質問を行う。会見での質問をまとめた動画と単著について「マスコミの最近のありように一石を投じるもの」として2017メディア・アンビシャス大賞の特別賞に選ばれた。2017年、平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞を受賞。二児の母。2019年度、「税を追う」取材チームでJCJ大賞受賞。著書に『新聞記者』『武器輸出と日本企業』(ともに角川書店)、『権力と新聞の大問題』(マーティン・ファクラーとの共著、集英社新書)『安倍政治 100のファクトチェック』(南彰との共著、集英社新書)ほか多数。

 

三上智恵 (みかみ ちえ)
ジャーナリスト、映画監督。毎日放送、琉球朝日放送でキャスターを務める傍らドキュメンタリーを制作。初監督映画「標的の村」(2013)でキネマ旬報ベスト・テン文化映画部門1位他19の賞を受賞。フリーに転身後、映画「戦場ぬ止み」(2015)、「標的の島 風かたか」(2017)を発表。続く映画「沖縄スパイ戦史」(大矢英代との共同監督作品、2018)は、文化庁映画賞他8つの賞を受賞した。著書に『証言 沖縄スパイ戦史』(集英社新書)、『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』『風かたか「標的の島」撮影記』(ともに大月書店)等。

集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル
プラスをSNSでも
Twitter, Youtube

戦後も少年ゲリラ兵たちから慕われていた陸軍中野学校出身の2人の青年将校。そんな人間偏差値の高い彼らが、加害者になってしまったのはなぜか?