プラスインタビュー

世界の分断を修復するために、何が必要なんだろう?

――ある高校生からの問いに答える
内藤正典


戦争する国との間で仲介をするとは、
最悪の事態を回避させるために、あらゆる努力をすること

現在のところ、ロシアは戦力を失いつつありますが、本土では戦争をしていません。ただ、経済的にはだんだん弱ってきています。一方、ウクライナはアメリカをはじめNATO諸国に軍事支援を求め、武器が提供されている限り戦い続けます。しかし、国民も経済も大きな犠牲を払い疲弊しています。

経済的な観点からみれば、戦争というのは明らかに人の暮らしに大きな打撃を与えます。現代のように、さまざまな資源や技術が国境を越えて世界の経済を形成している時代には、世界のどこかで起きた戦争や紛争が、思わぬかたちで他国の経済を破壊することもあります。

2021年の統計によるとウクライナは世界で輸出量5位の小麦の産地です。ひまわり油の主要な生産地でもあります。ロシアも小麦の産地ですし、肥料の生産量も世界有数です。これらの作物や製品は、黒海を通って、トルコのイスタンブールにあるボスポラス海峡、そしてさらに南西のダーダネルス海峡を通らないと地中海に出ることはできません。この二つの海峡は、トルコの主権のもとにあります。軍艦でなければ、どの国の船でも自由に通航できるのですが、黒海沿岸の国どうしが戦争をしている(今のロシアとウクライナもそれにあたります)時には、トルコの主権が強化されます。

両国の穀物を輸入している国のなかには、中東やアフリカの発展途上国があります。ウクライナから小麦が来ない、ロシアから肥料が来ないと食糧や農業生産が危機に瀕してしまいます。非常に貧しい国では、多くの人が飢餓に陥る危険もあります。そのうえ、小麦や大麦は、国際市場で値段が決められて売り買いされますので、「ウクライナから小麦が来なくなる」というニュースが流れただけで、戦争とは関係のないアメリカやカナダの小麦の価格も上昇してしまいます。そうすると、たとえウクライナの小麦を輸入していない国でも、小麦の値段が上がり、パンの値段が上がり、ハンバーガーの値段もうどんの値段も上がるのです。ウクライナで戦争が始まってから、世界中で物価が上がったのは、ウクライナからの穀物輸出が不安定になったこと、そして、ロシアを罰するために石油と天然ガスの輸入を止めたからです。もちろん、戦争だけでなく、コロナ禍により様々な原材料や製品の供給が不安定になったこともあります。

質問者の生徒さんが質問でも触れている通り、トルコは、ここでも両国と話し合いをして、穀物や肥料の輸出を止めないように努力しました。トルコとロシアの間で、ロシア船がボスポラスとダーダネルスの両海峡を通航して生産物を輸出することを認めるかわりに、黒海でウクライナの船を攻撃しないことを約束させました。同じ約束をトルコはウクライナとも交わしました。そのうえで、国連のグテーレス事務総長にも立ち会ってもらって、四者の合意を昨2022年7月に交わし、貧しい国への小麦輸出が途絶えないようにしたのです。この結果だけは、日本のメディアも伝えましたが、どういうプロセスで実現したかは、ほとんど報道されませんでした。

ところが今年7月17日、ロシアはこの穀物輸出の合意を停止すると宣言しました。ロシアからの積み荷を輸出することはできたのですが、欧米諸国が、売買するときに使われる決済のシステムからロシアを締め出したことに不満を募らせたのです。すると、トルコのエルドアン大統領は、すぐに両国の外務大臣同士で協議するよう指示し、自身も8月に予定されているプーチン大統領との会談前にも電話で協議すると記者会見で語りました。翌日、国連の安全保障理事会では、ロシア非難の嵐でした。しかし、非難して、事態が改善することはありません。

戦争する国との間で仲介をするとは、こういうことの繰り返しです。そして最悪の事態だけは回避させるために、あらゆる努力をすることなのです。今回の戦争で言えば最悪の事態とは、ロシアが核兵器を使うこと、ウクライナにある原発で事故が起きることです。残念ながら、世界の大国は、どちらかの味方はしますが、戦争を終わらせるための努力をしていません。

2023年7月8日、ウクライナのゼレンスキー大統領がトルコのエルドアン大統領と面会。写真:AP/アフロ


戦争を終わらせるために考えること
この世界を生き延びること

つづいて「戦争を終わらせるために何ができるのか?」というポイントについて掘り下げたいと思います。これは、主体が政府なのかみなさんなのかによって答えは変わります。この原稿では若いみなさんに向けてお答えしたいと思います。しかし以下の文章は、「戦争を終わらせるにはどうすればよいか」という問いの切迫性からすると遠回りに感じるかもしれませんが……。

まず、高校生や大学生のみなさんが、「どうやってこの世界を生き延びるか?」という新たな問いを補助線として立てさせていただきます。「どうやってこの世界を生き延びるか?」。そのためには情報をできるだけ幅広く集めることです。なるべく正確な現在地を知らなければどんな計画もうまくいくことはありません。しかし、日本の新聞やテレビ局報道の多くは、残念ながらこの点で、掘り下げが甘いことが多いと思います。

国際報道に携わる記者やディレクターの能力が欠けているとは言いません。非常に優れたプロもいます。しかし、会社としての新聞社やテレビ局は、そういう人に十分な紙面や尺を与えないのが現状です。

表面に見えていること、政府の発言で言われていること、それを伝えることが悪いとは思いませんが、角度を変えてみると、違う様子が見えるものです。ウクライナの戦争など、その典型です。日本はアメリカの同盟国なのだから、アメリカと同じ視点で見ていればいい――多くの新聞やテレビ局は、ここからはみ出すような見方を伝えません。しかし、それで、みなさんはこの戦争における先ほどのトルコのような立場を知りうるでしょうか?

ですから、まずは英語をきちんと学んでおきましょう。現在はBBCやCNN、トルコや中東、各国の放送局が独自にインターネットを通じて英語で報道を配信している時代です。英語が苦手であれば、自動翻訳ソフトを使ってもいいのです。できるだけ多様な情報源を参照する習慣を身につけてほしいです。もちろん、テーマによっては翻訳の精度がまだ高くないこともありますから、学ぶ環境にあるうちに英語はしっかり勉強してください。これは、試験のためではありません。生き延びるためにです。

そして、もう一つ、英語とは別の外国語を使えるようにしておくことが、みなさんの視野をぐっと広げることでしょう。

たとえば、こういう時だからこそ、ロシア語を学ぶのもよいと思います。中国語やコリア語も日本の隣人の言語です。圧倒的に漢字の知識のある日本人にとって中国語は入りやすい言語ですし、コリア語やトルコ語は日本語と語順が同じで、実は英語よりも日本人にとってかなり学びやすく習得しやすい言語です。また、アラビア語は、もはや世界の人口の4人に1人といわれるイスラム教徒の共通語です。

何語でもいいのです。英語以外の言語で流通する世界についての知識、報道からはまた別の視野が広がります。今はスマートフォンのアプリで発音もすぐに確認できますし、語学教材もとても身近になっています。語学ほどお金がかからずに、将来のサバイバルに役立つツールはありません。

それからもうひとつ。これは今まで書いたことも話したこともないのですが、金融について知っておくことです。ひと言でいえば、お金の流れを知ることです。お金がないと、生活は成り立ちません。お金は、世界経済にとって血液と同じですから、その血液がどういう組成で、どんな働きをしていて、どうすれば自分のところに入ってくるのかを知ることです。

もはや、会社、国に養ってもらうことを期待するだけの時代ではありません。最近、政府は「高校生にも金融教育が必要だ、これからは貯めるより投資だ」というようなことを主張しています。はたしてそうでしょうか。これも、疑いなく信じてしまうと大変リスクがあります。

例えば、日本では、来年2024年から新NISAという非課税の小額投資制度が始まります。「さあ、NISAを始めよう」ということは、みな言います。しかし、NISAというのは一つの箱(口座)で、そこに入れる商品は無数にある会社の株式や金融機関がこしらえた投資信託という商品なのです。会社の株式にしても、投資信託にしても、世界の経済、世界の政治的な動きと深く関係しています。ということは、世界の動きを知らないことには、投資したお金を失いかねません。世界の動きを正確に、素早く知るには、ここでもやはり言語を知っていることが必要なのです。どこかの国の経済が伸びそうだ、どこかの国でとんでもなく危ないことが起きている――こういう情報が1次情報からだいぶ遅れて日本語に翻訳され、日本のメディアから流れるときには、すでに取り返しがつかなくなっているかもしれないのです。

また、世界の動向をつかむには、歴史と地理を知ることが欠かせません。今、こんなことになっているのは、なぜか? それを知るには、過去を知らねばなりません。どうして、ここで、こんなことが起きるのだ? これも講演会でお話ししたことですが、それを知るには、世界地図を見ながら考える習慣をつけておく必要があります。長らく、地理が高校での必修から外されていたために、みんな地図帳というものを眺めなくなりましたが。

そして最後に、戦争が起きているウクライナのあたりの地図を「引き」で見てください。「引き」というのは、より広い地域が見えるということです。日本では、「トルコがウクライナ問題で存在感を示してきた」と言われますが、その理由は地図をご覧になればすぐにわかります。ぜひ自分の目で、この地域の地図をじっと見て考えてみてください。

質問をいただいてから考え続けたのですが、結局、講演を聞かれた生徒さんの質問に決定的な答えを提示することはできませんでした。戦争というものは、始めるのは簡単ですが、終わらせることがいかに難しいか……。トルコの仲介努力をつぶさに見てきた私には、そういう立ち位置があることを日本の若い方たちに知っていただくことしかできない。

しかし、他言語の知識、歴史、地理、金融といった座標軸を駆使して、自分と他者の立ち位置をなるべく正確に、繊細に知ろう、理解しようという人が増えるとき、出口がないように見えた状況を突破できる糸口が見いだせるかもしれません。私はそれを心から願っています。

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プロフィール

内藤正典

(ないとう・まさのり)

1956年東京都生まれ。東京大学教養学部教養学科科学史・科学哲学分科卒業。博士(社会学)。専門は多文化共生論、現代イスラム地域研究。同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。一橋大学名誉教授。『イスラム戦争 中東崩壊と欧米の敗北』『限界の現代史 イスラームが破壊する欺瞞の世界秩序』『プロパガンダ戦争 分断される世界とメディア』(集英社新書)、『外国人労働者・移民・難民ってだれのこと?』(集英社)、『イスラームからヨーロッパをみる 社会の深層で何が起きているのか』(岩波新書)、『トルコから世界を見る ちがう国の人と生きるには?』(ちくまQブックス)、『分断を乗り越えるためのイスラム入門』(幻冬舎新書)他著作多数。

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