プラスインタビュー

世界の分断を修復するために、何が必要なんだろう?

――ある高校生からの問いに答える
内藤正典

一ツ橋文芸教育振興会が1966年から行っている「高校生のための文化講演会」。作家や評論家、詩人や漫画家など著名な方々の講演を聴くことによって、高校生ひとりひとりが思索を深め、将来の指針を決定する一助となることを願って毎年、全国の70~80校で開催されています。

「世界の分断を修復するために、何が必要なんだろう?」

2023年6月、信濃毎日新聞と山梨日日新聞が共催し、長野県と山梨県の4校で開催した講演会では、中東地域研究とイスラム研究がご専門の内藤正典先生がこの演題で講演。ウクライナ戦争を俎上(そじょう)に載せ、日本ではほとんど報じられていない、ロシア、ウクライナ、西欧いずれとも敵対せず、ロシアとウクライナの仲介を続けるトルコ独自の外交スタンスの重要性を中心にお話しいただきました。

後日、主催した新聞社を通して内藤先生に講演先の一校、山梨県立甲府西高校の生徒から質問が届きました。先生にお渡ししたところ、「たいへん大事な質問で、ほかの人にも意味のある話なので公開の場でお答えしたい」ということで、ここに内藤先生からの回答をお届けします。

撮影/三好妙心


Q 生徒からの質問
「ロシアはトルコの説得でアフリカの飢餓防止に手を貸しましたが結局ウクライナに対して手を緩めていません。それを踏まえて、見ているだけでなく戦争を終わらせる努力として、アメリカと共に経済的攻撃をする以外に具体的にどんなことをすればいいのでしょうか」

まず今回の「高校生のための文化講演」を暑い中、熱心に聞いていただいた生徒のみなさんにお礼を申し上げます。そして、講演先の一校、甲府西高校の生徒さんから、こうした非常に問題意識の高く、ほかの人にも意味がある質問を主催者経由でいただきましたので、この場を借りてお答えしたいと思います。

最初に「トルコの仲介努力があっても、なぜウクライナの戦争は終わらないのか?」という点について。講演会でも触れましたがこの記事を読む人のために議論の前提から述べます。


ウクライナ戦争に対するトルコ独自の立場

トルコは、2022年2月、ロシアがウクライナを侵略してすぐに、停戦のために仲介する姿勢を明らかにしていました。しかしそれは、「中立」という意味ではありません。トルコは、一貫してロシアによるウクライナへの侵略は認められない、ウクライナ領土の一体性は守られなければならないと主張しています。そのため、国連総会が何度も提案した「ロシアに対する非難決議」には、すべて賛成しているのです。

しかし、その一方で、トルコは、アメリカやG7の国々が主張する「対ロシア制裁」は拒否しています。その理由というのは、講演でもお話しした通り、「隣人が大喧嘩しているときに、どちらか一方の味方はしない」からです。アメリカの主張するロシアへの制裁というのは、ロシアとの付き合いをほとんど断ってしまうということです。たとえば、ロシアからの輸入やロシアへの輸出も止めることになります。ロシアの飛行機が領空を飛ぶことも認めませんから、ロシアとの人の移動もできなくなります。ロシア人は、一般のクレジット・カードも使えなくなります。つまり、ウクライナをいじめるなら、私がロシアを罰してやるということです。

ですが、そうしてしまうと、将来、喧嘩していた当事者が仲直りしても、私が味方をしなかった(罰した)側は、私を許さないでしょう。喧嘩の当事者ではないのに、かえって仲が悪くなるはずです。隣人との関係で、そんなことをしても、良いことは何もありません。

2022年10月13日、カザフでCICA首脳会議でトルコのエルドアン大統領とロシアのプーチン大統領が会談。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

トルコは、「悪いのはロシアだ」ということは国連の場でも明らかにしています。しかし、だからといって、ロシアを罰することには参加しないというのです。

この姿勢のために、現在、ロシアもウクライナも、トルコとの関係は正常に保っていますし、トルコのエルドアン大統領とロシアのプーチン大統領、エルドアン大統領とウクライナのゼレンスキー大統領は、常に直接話ができる関係です。どちらかの肩を持ったら、こういう関係は維持できません。維持できないと、戦争を終わらせるきっかけがつかめません。

国連総会でのロシアに対する非難決議には、「反対」あるいは「棄権」、さらに決議案の投票に「来なかった」国もあるのですが、こういう国の姿勢はトルコとは違います。これらの国は、ウクライナへの侵略について、「ロシアが悪い」と言わなかったからです。

質問に立ち戻りますが、この戦争に勝敗がつくことはありません。プーチン大統領が自滅しない限り、ロシアが敗北を認めることはないからです。プーチンが政権を維持している限り、負ければ自分の責任になり、それは処刑されることを意味しますから、やめないでしょう。もちろん、侵略されたウクライナの側が負けを認めることもあり得ません。

そうであるなら、どこかで、プーチン大統領とゼレンスキー大統領、双方の名誉を傷つけずに停戦に持ちこむことを考えなければなりません。その時、誰が、停戦の話を両国に持っていくことができるのでしょう? ロシアの敵であることを明言しているアメリカやフランスやイギリスが持っていけるはずはありません。それでは、中国が話を持っていけるのでしょうか? 中国のおかげで戦争が終わったら、中国と覇権を争うアメリカにとっては悪夢ですから、それもできないでしょう。

ですから依然として戦争が終わる兆しを見せていないとはいえ、こうなると、やはり一貫して「隣人の喧嘩で、一方の肩を持たない」という姿勢を貫いてきたトルコにしか、仲介はできないと思います。

7月のNATO首脳会議の直前、ウクライナのゼレンスキー大統領は初めてトルコを訪問しました。その時、トルコのエルドアン大統領は、「ウクライナはNATO加盟に値する」と発言しました。そして、ロシアで捕虜になっていたウクライナ側の軍幹部をゼレンスキー大統領に引き渡しました。メディアのなかには、「これまでロシア寄りだったトルコがウクライナ寄りに舵を切った」という発言もありましたが、これが間違いであることは上に書いた通りです。

そもそもウクライナのNATO加盟申請は、今に始まったことではないのです。2008年には希望していましたが、当時、ロシアとの経済関係を重視したドイツなどヨーロッパのNATO諸国が、その希望を認めなかったのです。

トルコはこれまでNATOへの新規加盟の申請に拒否権を使ったことはありません。ウクライナやジョージア(グルジア)に対してもそうでしたし、戦争が始まってからのフィンランドやスウェーデンに対してもそうです。「スウェーデンの加盟をブロックしてきたじゃないか?」と言うひとは、ジャーナリストにも大勢いますが、少しは勉強しなければいけません。昨2022年6月末のマドリードでのNATO首脳会議でも、トルコは拒否するとは言っていません。

ただし、NATOは軍事同盟ですから、加盟国が軍事的脅威(これにはテロ組織のような国家ではない組織による継続的な攻撃も含まれます)に直面したら、共同で戦うことが義務付けられています。しかしこれまで、トルコに対して領土の分割を求めてテロや戦闘を続けてきたクルディスタン労働者党(PKK)の活動は、スウェーデンで放置されていました。そこを変えなければ、スウェーデンの加盟申請をトルコの議会には持っていけません、とそうエルドアン大統領は言い続けただけです。

今年2023年7月11-12日のNATO首脳会議の前日、NATOのストルテンベルグ事務総長、トルコのエルドアン大統領、スウェーデンのクリステンション首相の三者で、スウェーデン加盟に向けた条件が発表されました。スウェーデンは、トルコが重大な懸念だとしているクルド組織の活動について、具体的にどうやって規制するかを明らかにするロードマップを示すと約束しました。それがきちんと実行されたと認めた場合、トルコ政府は議会にスウェーデン加盟承認を諮ることになります。大国民議会(一院制の国会)が可決すれば、スウェーデンは加盟できますし、否決すれば、加盟できません。

トルコは、アメリカにもロシアにも擦り寄ったりしません。スウェーデンの加盟を認めたら、引き換えにアメリカから戦闘機を供与してもらえると書いた新聞もありましたが、これも間違いです。よほどトルコを見下したいのでしょうか。トルコはNATO加盟国として、これまでアメリカ製の戦闘機を使っていて、時期が来たのでそれを更新することになっていました。しかし、ウクライナ問題とは全然関係のない話で、アメリカが戦闘機の売却を止めてしまったのです。

その話は長くなるのでここでは書きませんが(詳しくは拙著、集英社新書『プロパガンダ戦争 分断される世界とメディア』を参照ください)、たとえ軍事超大国であるアメリカでも、理不尽な扱いをするなら毅然と立ち向かうのがトルコの姿勢です。いま、トルコは攻撃用ドローンをはじめ、戦闘機やミサイルまで自国で生産する方向に進んでいます。自国の領土は1ミリも譲ることはありませんし、自国の安全保障のためには一切妥協しませんが、他国を侵略して支配することは全く考えていません。

実は、そのことを理解しているのは、ロシアとウクライナなのです。ロシアはトルコの隣国、ウクライナも黒海をはさんでトルコの対岸の国。長い歴史のなかで、お互いをよく知っている間柄でもあるのです。日本ではまったく報道されませんが。今のトルコになる前には、オスマン帝国という国がありました。この帝国は、それこそヨーロッパまで遠征して征服したり、ロシアとも領土を取ったり取られたり、十数回も戦争をしています。

しかし、最後に第一次世界大戦で敗れてしまい、イギリスやフランス、そしてギリシャにも領土を切り刻まれる寸前に追い込まれました。どこの国も支援してくれない状況で、国土を守るために恐ろしく困難な戦いを続けて外国の軍隊をひとつひとつ追撃して追い出していきました。こうして、1923年、スイスのローザンヌで行われた講和会議の結果、いまのトルコ共和国の領土が確定したのです。文字通り、死に物狂いで守った領土ですから、「国土と国民は不可分の一体」だと憲法でも定めています。

こうやって独立した国であることをロシアもウクライナも知っているからこそ、トルコを信頼するのです。

今はロシアが侵略者になっていますが、過去20年、トルコの周辺で戦争を起こして秩序を破壊したのはむしろアメリカです。トルコは、第二次世界大戦後、1952年にNATOに加わって西欧世界の一員となったのですが、冷戦が終わった後、この地域がカオスに陥っていくことを目の当たりにしてきました。パレスチナ問題は一向に解決せず、湾岸戦争、アフガニスタン侵攻、イラク戦争、それにシリア内戦と、アメリカもロシアもこの地域に介入しては秩序を壊していきました。そのたびに、膨大な難民がトルコに流入し、トルコは見捨てることもできず、彼らを受け入れてきました。

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プロフィール

内藤正典

(ないとう・まさのり)

1956年東京都生まれ。東京大学教養学部教養学科科学史・科学哲学分科卒業。博士(社会学)。専門は多文化共生論、現代イスラム地域研究。同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。一橋大学名誉教授。『イスラム戦争 中東崩壊と欧米の敗北』『限界の現代史 イスラームが破壊する欺瞞の世界秩序』『プロパガンダ戦争 分断される世界とメディア』(集英社新書)、『外国人労働者・移民・難民ってだれのこと?』(集英社)、『イスラームからヨーロッパをみる 社会の深層で何が起きているのか』(岩波新書)、『トルコから世界を見る ちがう国の人と生きるには?』(ちくまQブックス)、『分断を乗り越えるためのイスラム入門』(幻冬舎新書)他著作多数。

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