エコハウスに住んだら、暖房グッズがいらなくなった
ニキ 今日、高橋さんの住んでいるこのエコハウスに初めて来たんですけど、外観を見て「普通のおうちだ」って、ちょっと拍子抜けなくらいでした(笑)。でも中に入ったら、本当に快適で暖かくて。自分の家ではモコモコに着込んでますけど、ここでは羽織っていた服も脱いじゃいました。
高橋 今、無暖房ですよ。僕も前のアパートに住んでいたときは、仕事中に使うヒーターもあったし、モコモコした服もたくさん持っていました。でも、それが全部いらなくなりましたね。その分、生活コストも下がりました。
ニキ 心や体の状態にも変化はありましたか。
高橋 アレルギー性の鼻炎がひどかったのがほぼなくなりました。換気装置がしっかりしているので花粉が入ってこないし、結露もないのでダニが発生しにくいんです。外の環境が厳しくても室内では安心して暮らせるということで、温度だけじゃない快適さはすごく感じています。
ニキ でも、周囲に「断熱をきちんとしたエコハウスは暖かいらしいよ」と言っても「気密性が高くて息が詰まりそう」とか「結露がたまるんでしょ」とか言われるんですよ。
高橋 みんな、エコハウスとはどういうものかをまったく知らないんですよね。家を造っているハウスメーカーでもつい最近までよく知らない人が多かったので、そりゃ一般には広がらないと思います。
それに、たとえば自動車なら「この車は燃費がよくて、リッター何キロ走るんですよ」と言えるけれど、住宅の暖かさは共通の基準がありませんでした。「暖かいですよ」と言われて住んでみたら実際には寒かったということになっても、簡単に「じゃあ買い換えよう」とはいかないし。
ニキ それと、私みたいに賃貸住宅に住んでいると、「暖かい家にしたい」と思ってもどこまでできるかな、とも思うんですよ。窓の断熱改修のための助成金があると聞くので、一か八かで管理会社に言ってみようかなとも思うんですけど、「助成金を超えた分の費用は誰が払うんだ」というところで、多分話が進まなくなるだろうなと。
高橋 断熱をきちんとした家に住もうと思うと、賃貸の場合はなかなか難しいところもあります。「費用は自分で負担するから、家賃を少し下げてくれ」とか、交渉する価値はあると思いますけど。
でも、世の中で「断熱は大事だ」「建物によって快適さが全然違う」ということが常識になってくれば、寒い建物は選ばれなくなるはずです。人口減少の時代に性能の悪い建物は大きなリスクですから。賃貸物件もちゃんと断熱性能を担保したほうがビジネス的にもメリットが大きいということになってくるでしょうし、そうならなきゃいけないと思います。2024年の4月からは、賃貸も含めた住宅の省エネ性能表示が努力義務化されるので、賃貸物件を探すサイトなどでも「この部屋の省エネ度は星三つです」みたいな表示がされることも増えてくるんじゃないでしょうか。
ニキ ただそうなると、断熱性能の高い建物は家賃が上がり、お金がない人は寒い家に住まなきゃしょうがないというふうに、格差が広がるんじゃないかということも心配です。
高橋 そうしないためにはやっぱり、最低限これぐらいの断熱性能は常識だというふうに、社会全体のレベルを上げていかないといけないと思います。新築物件については2025年から最低限の断熱基準が義務化されることになっていますが、既存の住宅についてもなんとかしていく必要があります。
ドイツでは、2015年に大量にやってきたシリア難民を受け入れるために住宅をつくったんですが、一般の住宅と同じように、断熱性能の高い樹脂サッシの窓にトリプルガラス、壁は厚くて冬でも寒くない造りになっていました。難民だから粗末な建物でいいという発想がまずないわけです。数年前まで「生活保護を利用している人がエアコンを使うのは贅沢か」なんて議論をしていた日本とはレベルがあまりに違います。社会全体の意識を変えていくことで、「お金持ち以外も寒くない家に住める」社会にすることはできると思います。
社会の意識を変えていこう
ニキ でも、こういう話をXなどに書いても、反応が微妙なことが多いんです。気候変動とか環境破壊についての話はある意味分かりやすいのか「えっ、そんなひどいことが」という反応が返ってきやすいんだけど、「断熱」だとそうはならない。
高橋 僕が取材を始めたころは、もっと注目されていなかったです。メディアも含めて、「最新技術で何億円かけた新しい発電装置です」なんてニュースには飛びつくけど、「内窓の断熱が」「壁や天井に断熱材を」なんていう話をしても、なかなか目を向けてもらえない。断熱材は壁や天井に入れてしまえば目には見えないし、めちゃくちゃ地味な存在で、価値が正当に評価されづらいんです。
ニキ 今、物価の高騰で生活を切り詰めなきゃならない人が増えているし、これから気候変動で暑さや寒さもどんどん極端になっていくと思います。その中で、知識やお金のある人は生き延びられるけど、それ以外の人は「自己責任でなんとかしてね」と言われて終わり、みたいなことになってしまうかもしれない。大げさかもしれないけれど、私たちの幸せや安定した生活が脅かされているんだという意識を心の片隅にでも持っておかないと、結局何年経っても日本の家はまだ寒いという状況が続くのかなと思います。
高橋 暑さ寒さって本当に命に直結することですから、お金がないからといって我慢しないといけないのはおかしいですよね。「最低限、これだけの断熱が必要だ」という基準はもっと早く国が決めるべきだったし、さらにレベルを上げていかなきゃいけないと思います。
ニキ これも本に書かれていましたが、大人が働く会社は労働安全衛生法で、室内温度が「17度以上28度以下」という基準がずっと以前から定められていたのに、子どもたちが通う学校にはそれさえなかったというのも驚きでした。
高橋 北海道など一部を除き、学校の教室や体育館はどこも無断熱です。「こどもまんなか社会」とか言っておきながら、そういうことが置き去りにされてきたんですよね。しかも、今はその寒い体育館などに、能登半島地震の被災者の方たちが避難している。身寄りがなかったり行くところが他になかったりして、避難所で過ごすしかない人たちをさらに追いつめる仕組みになっているんです。
ニキ 本当に弱者に厳しい社会ですよね。
高橋 体育館の床に断熱材を敷くくらいならそんなに大したお金もかからないし、やる気になればすぐ変えられるはずなのに、何十年も変わってこなかった。日本人って我慢強いのが美徳みたいなところがありますけど、「これはおかしいですよ」ときちんと言い続けないから変わらないという面もあるんじゃないでしょうか。先ほど、ようやく断熱基準の義務化が始まるという話をしましたが、これも建築家など、専門家の方たちが声を上げてきたからという面がすごく大きいんです。
これからは専門家だけではなく、社会全体の常識、一人ひとりの「当たり前」を変えていくことが重要だと思っています。「アルミサッシに一枚ガラスなんて寒いですよ、ダメでしょう」と言い続ける人が増えていったら、絶対世の中は変わりますよ。
ニキ 先ほどの賃貸住宅の話でも、不動産屋さんで「私、断熱がきちんとしているところを探してるんですけど、ありませんか」と聞き続けるだけでも、ちょっと意識は変わっていくかもしれませんね。
高橋 そう思います。今よりもっと快適に暮らせて、エネルギーでお金も無駄にしない方法があるのに、圧倒的に多くの人がそれを知らないのが現状です。技術的には今でも十分可能なんですから、あとは意識の問題です。ニキさんにも、もっともっと「断熱」の重要性を広めていっていただけると嬉しいです。
撮影/森 鷹博
構成/仲藤里美
プロフィール
キニマンス塚本ニキ(きにまんす つかもとにき)
英語通訳・翻訳・ラジオパーソナリティ・コラムニスト。1985年、東京都出身。9歳から23歳までの14年間をニュージーランドで過ごす。子どものころから環境や人権などエシカルイシューに強い関心を持ち、フェアトレード事業や動物保護NGOでの勤務経験がある。2020年公開映画『もったいないキッチン』にはダーヴィド・グロス監督の通訳として主演。TBSラジオ「アシタノカレッジ」にて月曜日~木曜日のパーソナリティを3年間務めた。
高橋真樹(たかはし まさき)
1973年、東京生まれ。ノンフィクションライター、放送大学非常勤講師。国際NGO職員を経て独立。国内外をめぐり、環境、エネルギー、まちづくり、持続可能性などをテーマに執筆・講演。取材で出会ったエコハウスに暮らす、日本唯一の「断熱ジャーナリスト」でもある。エコハウス生活のブログ「高橋さんちのKOEDO低燃費生活」(http://koedo-home.com/)を夫婦で執筆中。著書に『日本のSDGs-それってほんとにサステナブル?』(大月書店)、『こども気候変動アクション30』(かもがわ出版)、『ぼくの村は壁で囲まれた-パレスチナに生きる子どもたち』(現代書館)ほか多数。