日本の家は、夏は暑く、冬は寒い。そうした居住空間における「がまんの省エネ」は、特に高齢者にとってヒートショックなど健康面での深刻な問題にもなっています。
しかし、断熱性能を改善することによって、わたしたちの暮らしは激変します。
世界的なエネルギー価格高騰の中、断熱性能を向上させる具体策を紹介し、そうした実践が持続可能なまちづくりにつながることまで示した一冊が、このたび刊行された『「断熱」が日本を救う 健康、経済、省エネの切り札』です。
著者の高橋真樹さんは自らもエコハウスで暮らす、日本唯一の「断熱ジャーナリスト」。
翻訳家のキニマンス塚本ニキさんは、X(旧Twitter)にて「今年もまた「日本の家 なぜ寒い」を永遠に検索したり愚痴ったりする季節がやってくるが、なぜ日本の住宅断熱の途上国レベルが社会問題とされてないのか、マジで理解できない。ヒートショックの犠牲者が交通事故死者の倍なんだぜ? 年間2万人が風呂場で死ぬんだぜ? この異常性、伝わってる?」という465万回以上も表示されたポストが話題になりました。
本書を読んで、「こういう本を待ち望んでいました!」というキニマンス塚本ニキさんが、埼玉県川越市にある高橋真樹さんのご自宅エコハウスを訪問し、互いに日本の家について思うところを語り合いました。(2024年1月12日収録)
「日本の家は寒い」ことを知って、衝撃を受けた
ニキ 高橋さんの今回の本は「断熱」がテーマですが、もともと環境やエネルギーの問題に興味がおありだったんですか?
高橋 大学時代から原発の問題には危機感があって、そこからNGO職員時代には環境問題に取り組むようになりました。その後、フリージャーナリストになって1年後に福島第一原発事故が起こって。これはもう「原発は危ない」とだけ言っててもどうしようもない、再生可能エネルギーの可能性を伝えないといけないと思って、あちこち取材に行くようになりました。
その中で10年ほど前、日本の家の断熱性能が世界的に見ても非常に悪いこと、それによって健康面でも経済面でも私たちは大きな被害を受けているということを初めて知って、すごい衝撃を受けたんです。それまでは、そもそも家の窓に結露が起こりやすいアルミサッシが使われていることにも疑問を持ったことがなかったですから。
ニキ 「冬は寒いもの」だと。
高橋 そう。「そういうものだ」で終わっていたんですよね。でも、それが実は世界の常識じゃなかったということを知ったのが、この本を書くきっかけになりました。
脱原発についての議論も今は「エネルギーシフトで電源を変えましょう」「今使っている電力量をどう再エネルギーでまかなうか」という話がほとんどですよね。そうすると、多くの人は「それは無理でしょう」と思ってしまう。でも、実はそもそもふだん使っているエネルギーにはものすごい無駄があって、それは合理的に減らしていけるんだということを知れば、前提が変わってくるわけです。
ニキ エネルギー消費量を減らすというときも、日本では「ペットボトルにお湯を入れて抱きかかえる」とか、我慢の発想になりがちですよね。あとはクールビズ、ウォームビズ。
高橋 講演や取材でお役所に行くと、よく「SDGsのために、ノーネクタイやエアコン28度設定を心がけています」などと言われます(笑)。それってSDGsができる前からしてたよねとか、SDGsの達成にはまったく役に立たないよねと思うのですが。
ニキ あれは「環境にいいことをするために頑張っています、自分を犠牲にしています」っていうアピールなのかなと思います。
高橋 そのアピールが目的化してしまっていて、全然実態につながっていないというケースがすごく多いんですよね。以前行った山間部のある自治体の役所では、エアコンの設定パネルに鍵が付いていて、管理職以外の一般職員は使えないようになっていました。しかも暖房が17時で切れるので、それ以降は職員は毛布をかぶってガタガタ震えながら仕事をしている。省エネイコール我慢が当たり前みたいになっているんです。
でも、それでは作業効率も落ちるし、気分も滅入る。そうやって「暑さや寒さを我慢しないといけない」状態は、欧米では人権侵害だと考えられています。この本はエネルギー問題の本だけど、「我慢の省エネは人権問題なんだよ」というのがもう一つのテーマなんです。
ニキ 自分の便利さとか過ごしやすさ、心地よさと、地球を守ることとは必ずしも天秤にかけなくてもいいはずなのに、「どちらかを選ばないといけない」というのが前提になっているんですよね。「楽をしちゃいけない」っていう呪縛が、日本社会のどこかにあるような気がします。
家の寒さが心身に与える影響
高橋 ニキさんは昨年10月に、「なぜ日本の住宅断熱の途上国レベルが社会問題とされてないのか、マジで理解できない」とXでつぶやかれていましたね。何万件とリポストされたそうですが、あの投稿をしたきっかけは何だったんですか。
ニキ 「日本の家ってどうしてこんなに寒いの」という疑問は、何年か前からずっと抱えていたんです。私自身も「冬は寒いものだ」という感覚でずっと生きてきたんですが、7〜8年前に通訳の仕事で北米やヨーロッパに行く機会があって。気温がマイナス30度のカナダの街にも行ったんですが、それでも建物の中に入ると温かいんですよ。ホテルだけじゃなくて民泊させてもらったお宅も、Tシャツに裸足でOK。「何だこりゃ」と思いました。
高橋 衝撃を受けますよね。
ニキ はい。「日本って、テクノロジーだの最先端技術だのやたらスゴイスゴイって言ってるのに、どうして家はこんなに寒いんだ!」と怒りが湧いて。それでいろいろ調べてみたら、高橋さんのようなライターの方や、いくつかの住宅メーカーが「日本の住宅の断熱事情は遅れている」ということをデータと共に公表していて、「あ、私の感覚、間違ってなかった」と思ったんです。
それに、暖かい部屋から寒い場所に急に行ったときの「ヒートショック」で亡くなる人の数は、交通事故で亡くなる人の2〜6倍とも言われている。それが「そんなもんだよね」と受け入れられているのはあまりに怖いなという思いもありました。Xに投稿したら「亡くなるのは高齢者なんだから、寿命だろう」なんていうひどいコメントも付きましたけど、友だちの知り合いはまだ50代のすごく元気な人だったのに、ヒートショックで亡くなったそうです。
高橋 そうなんですよ。ヒートショックで亡くなるのは高齢者が多いのは確かですが、高齢者だけではない。それに、寒さが健康に与える影響は他にもたくさんあります。風邪をひきやすくなったり、アレルギーを起こしやすくなったり、子どもや体の弱い人に、より影響を与えてしまうんです。本人が寒さを自覚していなくても、血管や内臓がダメージを受けている場合もあります。
WHOも、そこに住んでいる人を寒さによる健康影響から守るための室内温度の最低基準として、18℃以上を勧告しているんですよ(2018年)。18℃というのは、居間だけじゃなくて家中全体の温度です。室内温度なんてその国によって自由にやればいいじゃないかと思う人もいるでしょうが、そうじゃないんです。
ニキ 人体はどの国でも同じですからね。
高橋 そう、人間としての基準があるんです。
ニキ 精神面に与える影響もありますよね。以前、すごく寒いワンルームに住んでいたんですが、家への帰り道で「どうせ家に帰ってもコートを脱げないほど寒いし、帰りたくないな…」と考えていると、鬱々としてくるんですよ。そんな時期に友人の結婚式のためにバリに行ったら、天国に来たのかと思うくらい心がぱーっと明るくなって。「あ、私、寒いと心が塞ぎ込んじゃうんだ」とはっきり実感しました。それで、冬が寒いのはしょうがないけど、家が寒いのはしょうがないと諦めたくないって思うようになったんですよね。
高橋 僕が断熱レベルの高いエコハウスに住んでいるという話をすると、よく「そんなところに住んでいたら季節を感じないでしょう」と言われるんです。でも、季節は外で感じたらいいわけで、わざわざ家の中で感じる必要はないですよね。家というのは人が厳しい外の環境から身を守るためにあるんですから、温度湿度は安定していたほうがいいはずです。
ニキ 私のX投稿にも、「『徒然草』にも『家の造りようは、夏をむねとすべし』って書いてあるんだよ」なんてコメントが大量についていて、700年前の文献が絶対だと考える人たちがこんなにいるんだって、驚きを通り越して呆れました。
高橋 『徒然草』が書かれた鎌倉時代って、平均寿命が24歳くらいです。今で言う「高齢者」が極めて少ないんですよ。そもそも断熱技術もなかったし、それより木の家は湿気で傷みやすいから夏の通風対策をしっかりしましょうというコンセプトです。だから、「夏をむねとすべし」もあの時代だけを切り取ってみればそんなに変なことを言っているわけではない。でも、それを現代の私たちが、錦の御旗のように持ち出すのはおかしいですよね。
ニキ 本の中で、「断熱大国」ドイツに取材に行かれたときの話も書かれていましたが、断熱改修をした家の住民に「改修して暖かくなりましたか」と聞いても、要領を得ない返事しか返ってこないという話が面白かったです。
高橋 そう、彼らにとってはもともと「寒くないのは当たり前」なんですよね。だから、こちらが「暖かくなったでしょ?」と聞いても、全然「うん」とは言ってくれない(笑)。感覚がまったく違うんだなと思いました。
以前、日本の会社が暖房便座をドイツに売りに行ったけれど、「こんなの売れない」と言われて終わったらしいです。トイレも寒くないのが当たり前だから、便座だけが暖かい必要はないんですよね。
ニキ 常識がまったく違うんですね。
プロフィール
キニマンス塚本ニキ(きにまんす つかもとにき)
英語通訳・翻訳・ラジオパーソナリティ・コラムニスト。1985年、東京都出身。9歳から23歳までの14年間をニュージーランドで過ごす。子どものころから環境や人権などエシカルイシューに強い関心を持ち、フェアトレード事業や動物保護NGOでの勤務経験がある。2020年公開映画『もったいないキッチン』にはダーヴィド・グロス監督の通訳として主演。TBSラジオ「アシタノカレッジ」にて月曜日~木曜日のパーソナリティを3年間務めた。
高橋真樹(たかはし まさき)
1973年、東京生まれ。ノンフィクションライター、放送大学非常勤講師。国際NGO職員を経て独立。国内外をめぐり、環境、エネルギー、まちづくり、持続可能性などをテーマに執筆・講演。取材で出会ったエコハウスに暮らす、日本唯一の「断熱ジャーナリスト」でもある。エコハウス生活のブログ「高橋さんちのKOEDO低燃費生活」(http://koedo-home.com/)を夫婦で執筆中。著書に『日本のSDGs-それってほんとにサステナブル?』(大月書店)、『こども気候変動アクション30』(かもがわ出版)、『ぼくの村は壁で囲まれた-パレスチナに生きる子どもたち』(現代書館)ほか多数。