対談

陸軍中野学校指導下の沖縄秘密戦からコロナ騒動まで。批判的思考を奪う行為に対しては、日ごろから立ち向かうこと!

荻上チキ×三上智恵

「全部日本兵が悪かったんだ」というような話だけを
75年語り継いでいても、悲劇再発防止のメソッドにならない

三上 テキスト化することで、たぶん整理がつくんじゃないですか。ひとりで心の奥に抱えて、テキスト化しないことが心の中で暴れてPTSD(心的外傷後ストレス障害)になる、と戦争や災害によるPTSDに詳しい精神科医の蟻塚亮二先生も言っています。言葉にして出すことは、楽になる一つの方法かもしれない。書いてもいいし口に出してもいいんだけど、文字化してみるようなことが、自分を過去の出来事と引き離してくれるという大事な作業だということは、たぶん体験者も何となくはわかっている。

 でもこの本に出てくる、スパイだと疑われて日本兵に殺されかけた女性は、92歳までこの話をしなかったんです。彼女の中に「本当に今からでも殺しに来られるかもしれない」という恐怖があることは、4回ぐらいインタビューするまで、私もわからなかった。そこまでの恐怖。

荻上 「しゃべったら仕返しに来られるかもしれん」みたいな。

三上 そうですね。軍というのは何をするかわからなくて、今でもそういうスパイ組織というのはあるかもしれない、と。実際彼女は5、6人の兵士に夜、家に踏み込まれ、蚊帳をめくって「どこだ、どこに寝ているか」と自分を殺しに来たというこの恐怖は、そりゃ、しゃべれない。怖いですよ。その話も映画(「沖縄スパイ戦史」)の取材の間には、しなかった。

――彼女は米兵に強姦されかけ、殺されかけたこともありますが、それ以上に、自分がご飯をあげたり、親切にしてあげた日本兵たちに「何で殺されるの?」という訳のわからない恐怖があった。

三上 そう。強姦の話は、同じ目に遭っている人が大勢いるし、彼女の場合未遂に終わっているから、まだいろんな人と共有できた体験談だと思うんです。でも、女の人で軍のスパイリストに載せられ殺害対象にまでなった、そんな経験を持っている人の証言は初めて世に出たと思うんです。言えないですよね、こんな話って。

――自分がスパイだと疑われたというのは「すごく不名誉なことだ」という意識もあるんでしょうね。

三上 ものすごくあると思います。

荻上 証言を聞く際になかなか難しいのは、そのインタビュー対象に対して、適切な語りをいざなえる、引き出せるモードを、聞き手であるこちら側が用意できるかが、たぶん問われてくると思うんです。僕はさまざまな戦争証言や資料を読んだりしていますが、その中で、たとえば引き揚げの際や満州で難民になっていたころに逃げまどっていた女性に対する性的暴行に関する証言、あるいは米兵による性暴力の目撃談は山ほどあるんですが、「自分が遭った」という声がない。でもゼロじゃないんですよ。

 創価学会の婦人部が出した証言集がシリーズであるんですが、その中に、性暴力に遭った女性の証言が複数あります(『いくさや ならんどー』、第三文明社、1984)。「自分がそういった目に遭いました」と語るものは、とても少ないのです。他の証言集ではなかなかみないのが、なぜこの本では可能だったのか。一つは、創価学会婦人部というコミュニティーの強さがあるので、「この共同体だったら話せるのではないか」という安心感があったのではないかということ、それからこの本は、匿名での投稿も許しているんですよね。新聞取材であれば、匿名はなかなか記事にしにくいけれど、この書籍は出版社の責任で出した。そうした条件が重なってようやく「自分がいかに被害を受けたのか」というようなことが断片に少し語られている。たぶんそれまでは「目の前で女性が連れていかれた」とか「もともと遊郭で働いていたような人たちが志願して『私たちが(ソ連兵のもとに)行きます』と言ってくれた」とか、そうした証言はいろいろある。「隣の娘さんが強姦されて、翌日、自殺していた」とか。でも「自分がそうで」という方は、本当に少ない。

 この本の中でも、米兵に痛めつけられた女性に対し「自業自得だ」と言わんばかりのお医者さんがいた話も出てきますね。そういう中では、やはり沈黙することになるでしょう。周りにそうやって責める家父長主義や純潔主義みたいなものがあって、傷モノにされ、嫁に行けなくなった、みたいな感覚がある。被害者なのに、逆に周りから叱られるぐらいの状況だと、当然言えないですよね。

三上 強姦の話ではこの本の中に、夜中に芋掘りに来ている女の人を米兵が強姦していても、他の人はその間自分らは大丈夫だと芋を掘り続けたという証言があります。「狂ってる」と。でもそんな証言をしゃべる側には何もいいことないんです。かといって誰かがしゃべってくれないと、そこまでの惨状だったことがわからない。

荻上 本人にも、自分が傍観したことに対する、「罪の意識」みたいなものがあると思うんです。それを、本人の中で「贖罪」するためには、やっぱり「あったんだよ」と語ることが必要だったのかもしれない。しんどいですよね。そして「あったんだよ」と語ることによって、再発の防止にも、歴史の検証にも重要となる。また、場合によっては、その被害者当人が名乗り出て訴訟などの際、傍証になることだってあり得るわけです。

 歴史修正、歴史改ざんの動きというのは常にあって、何か事あるごとに、危機になったときには過去の危機のときの語りをこれでもかというぐらい模倣する。「あのときはこういった状況だったよ」ということが間違った前提で語られてしまうと、これからも、また何かの加害が繰り返されたり被害が隠されてしまうことが起こり得る。そう考えると、語ってくれると、基本的にはありがたいですね。

三上 そうですよね。国士隊という日本軍が民間に作った密告組織のことも書きましたが、彼らは全然語らないまま、みんな死んじゃった。国士隊は、学校の先生とか議員とか兵事係とか当時の地域の実力者で作られていたんです。その国士隊に任命された式典の資料だけが残っていて「悉く感激し一死報国の念に燃ゆる決意」と名誉に感じたと書かれている。みんなから信頼されるポジションにいた人が、善かれと思って身内の情報を軍組織に渡してしまう。そんな加害者になっていく過程は、聞かないと私たちにはわからない。だから、「全部日本兵が悪かったんだ」というようなざっくりした話だけを75年語り継いでいても、再発防止のメソッドにならない。

 

「加害者になる恐怖」「誰が止められなかったのか」「誰が止めようとしたのか」…
歴史を含め「失敗を語る」ことが、全然できていない日本

荻上 そうですね。ナチスドイツの研究なんかでも、たとえばユダヤ人の方々のエピソードとか、そうしたものに比べると、やっぱり語りが重いのは、加害や密告をした人たちではないでしょうか。タイミングというのは重要ですよね。内容的に、戦後間もなくであれば、まだ語り得た状況があったわけですけれども、価値観が変わるほど、出にくくなる証言というのもある。あるいは逆に、出やすくなる証言もある。すると、語りの量のバランスみたいなものが、実際の量と違って「語りやすさ」「語りにくさ」というバイアスにより、総体が変わる。それに基づいて私たちは歴史観というものを形作ってしまうところがある。

 たとえば原爆投下された側の物語を我々は夏に放送することはしばしばあるけれど、しかし我々は加害国だし「いかに自分たちが加害をしたのか」ということを、より多く語ることが必要だろうと思うんです。「加害国なんだから多くしろ」ということではなくて、実際に加害をしていたわけだから、それだけの量が出ていてもおかしくない。

 でもそういうバランスの取れた量の報道にはなってなくて、「いかに我々が共に銃後で苦しい思いをしたか」という話ばかり報道される。戦地に行かれた方で亡くなっている方は多いから、銃後で生き延びた方々の証言の方が多くなる。「ひもじくて」「爆弾を投下されて」「憲兵に叱られて」みたいなものが多くなる。これはこれでフェイクではないです。ただ、その“断片的なリアル”だけで、戦争は悲惨だった=悲惨な目に遭った、という国民的リアリティーを形成してしまっていいのか。それだと、ある種の加害や共犯の物語の部分が欠落してしまう。

三上 被害の経験は「ひもじかった」とか「木琴も叩けなかった」とか「原爆の光がこんなだった」とか、そういうことで想像できるし感情移入しやすい。一緒に涙を流して、すごくわかった気持ちになれる語りのパターンで、これを戦後ずっとやってきた。私は沖縄の放送局に20年いて、沖縄戦のことも繰り返し、ほかがやっていないような話を探し出しては、番組を作ってきました。泣かせたほうが「いい企画だった」と言ってもらえるから、私も初期のころは泣かせるような悲惨な話で、感情移入できるような展開で見せていった。ダメな放送の見本のようなものをずっと作り続けてきた側ではあるんですよね。

 テレビのコメントにありがちな言葉に「語り継ぐ」とか「風化」というのがありますが、私はこれ嫌いです。悲惨な話や、被害を受けた話を「語り継ぐ」みたいな。戦後75年の今年はすでに盛んに「風化が叫ばれています」とか「語り継ぐことが課題になっています」と言ってるけど、何を語り継ぐの? と思う。たとえば、ひめゆり学徒隊の方々がどんなつらい目に遭ったかということを、他人が同じように口移しで語ったって、それだけでは何も語り継いだことにもならない。今までも多く語られた被害のストーリーを繰り返していくことが「語り継ぐ」ことだったら、それだけでは次の戦争を止める力にはならない。すでに多くの戦争体験が収録もされているし、たくさんのビデオとたくさんの活字になって、県史や刊行物になっている。それなのに戦争できる国を目指す風潮を止める力になってないのは、被害のことばかりやって、「加害者になる恐怖」とか「加害者になることを止められなかったのはなぜなのか」とか「止めるタイミングがいつあったか」とか「誰が止められなかったのか」「誰が止めようとしたのか」とか、そういう「失敗を語る」ことが、全然できていないせいだと思うんです。

荻上 『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(中公文庫)で書かれているような。

三上 そうですね。だから「語り継ぐ」じゃなくて、「掘り起こし」をしなきゃいけないし、「読み込み直し」をしないといけない。でもそのヒントって実は沖縄県史や『沖縄戦記 鉄の暴風』(沖縄タイムス社)の中にもまだまだいっぱいあるんです。だけど、被害者の「語り」しか掘り起こしてこなかった教育現場や私たちみたいなメディアの弊害で、そういうものを見て涙を流して、「沖縄戦はひどかった。戦争はよくない。今は平和でよかった」という平和教育だけをず~っと続けてきた結果、何の薬にもなっていない、ということに、私はすごくイライラするんです。今、一番危機なのは、体験者が死んじゃうことや、風化して忘れちゃうということでもなくて、今がどれだけ再び戦争に近づいているかが、わかっていないということだと思うんですよ。

 最近、新型コロナウイルスが物議をかもしていますけど、「戦争ウイルス」に今日本人の何パーセントが感染してしまっているのか。この、隣の国が怖いから、を入り口に集団感染する「戦争ウイルス」に。人類の歴史で、戦争ウイルスにかかっていなかった時期はないわけです。でも今の日本は、たぶん1945年の敗戦時点からのグラフで書いてみれば、戦争ウイルスに感染した人たちが急に増えていますよね。このまま増えると自動的に戦争に顔を突っ込んじゃう。そうなる前に「コロナウイルスを予防するには、吊り革はさわっちゃいけない」とか、「消毒しなきゃいけない」と考えるのと同じように、「戦争ウイルスにかからないためには、どこに特効薬があるのか」とか「どうやったら防げるのか」を学んで、少なくとも自分の家族にだけは教えたいと思うじゃないですか。「戦争ウイルスに3割ぐらい、もう感染してるよ。うつるらしいよ」と聞いたら、一番最初にすべきは、「どうやって防ぐか」「何が特効薬か」を考えること。それには、この国がやった戦争で自分のお父さんや、おじいちゃんや、おばあちゃんたちが経験したことの中にしか正解というか、「防ぐための失敗の事例」はないわけですよね。

荻上 ワクチンが必要ですね。

三上 そうそう。今、そのワクチンを持っている人がまだ何とか生きているけれど、そこから学べるチャンス、引き出せるチャンスを私たちは何十年も無駄にしてきて、今ここまで戦争ウイルスが広がってしまった。「でもまだ、ワクチン作れる。まだいっぱい知恵も落ちているよ。感染しないためのヒント、あるよ」と伝えたいんです。

 一番問題なのは、それに気づいていないということですよね。コロナウイルスが流行っているかもしれないけど、もっと致死率の高い戦争ウイルスがここまで広がっていて、それを誘導していくようなリーダーを自分たちで選んでしまっているということに本当に気づいていたら、一生懸命、今生きている戦争体験者を揺さぶってでも「抗体を出して!」「何か薬を出して!」と言うんじゃないかな、と思うんです。

 

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証言 沖縄スパイ戦史

プロフィール

荻上チキ×三上智恵

 

荻上チキ(オギウエ チキ)
1981年、兵庫県生まれ。評論家。メディア論を中心に、政治経済、社会問題、文化現象まで幅広く論じる。「シノドス」など、複数のウェブメディアの運営に携わる。著書に『日本の大問題 残酷な日本の未来を変える22の方法』(ダイヤモンド社)、『ウェブ炎上 ネット群集の暴走と可能性』(ちくま新書)、『ネットいじめ ウェブ社会と終わりなき「キャラ戦争」』(PHP新書)、『僕らはいつまで「ダメ出し社会」を続けるのか 絶望から抜け出す「ポジ出し」の思想』(幻冬舎新書)等、共著に『ネットと差別扇動: フェイク/ヘイト/部落差別』(解放出版社)他多数。

 

三上智恵(みかみ ちえ)
ジャーナリスト、映画監督。毎日放送、琉球朝日放送でキャスターを務める傍らドキュメンタリーを制作。初監督映画「標的の村」(2013)でキネマ旬報文化映画部門1位他19の賞を受賞。フリーに転身後、映画「戦場ぬ止み」(2015)、「標的の島 風かたか」(2017)を発表。続く映画「沖縄スパイ戦史」(大矢英代との共同監督作品、2018)は、文化庁映画賞他8つの賞を受賞した。著書に『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』『風かたか「標的の島」撮影記』(ともに大月書店)等。

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