夢の「特別報道部」はなぜ廃止されたのか
――実際に、特別報道部は福島第一原発作業員の「被曝隠し」報道、そして「手抜き除染」報道(いずれも2012年)など、華々しい成果を挙げていきます。読者の期待にも応えられていたと思います。
鮫島 自分たちの関心に基づいて取材を進め、「火のないところに煙を立てる」ようなスクープをつかんでいく。まさに調査報道の醍醐味だね。あの頃は本当に楽しかったですよ。
――しかし鮫島さんの退社後、朝日新聞社では2021年春に特別報道部は廃止されてしまいます。
鮫島 まず前提として、調査報道には2パターンあることを整理しておきましょう。社会部をはじめ、どの新聞社も昔から取り組んでいる調査報道というのは「当局一体型調査報道」というもので、警察や検察、国税といったところからネタをもらって報道するやり方です。
その背後には捜査当局など、情報を流す側の思惑があります。例えば、国税が自分で摘発するだけだと弱いとか、マスコミが世論を喚起してから動いた方が良いというパターンだね。新聞社も独自取材を付け加えるけど、しょせんは利用されているだけなんですよ。
こういう要素を覆すためにつくられたのが特別報道部だったんです。記者が主体的にテーマを決めて、誰も知らないネタに向かっていき、隠された事実を明るみに出す。これがもう一つの調査報道のパターンだね。
もともと、新聞社では当局依存型ではない調査報道というのはほとんど存在しませんでした。社会部は警察を、政治部は首相官邸を、というように、それぞれの部局が担当を決めて張りついて、というやり方が普通だから。主体的にテーマを決める調査報道というのは、実は新聞社にはそんなに根付いていなかった。
それでも、ときどき天才的な記者がいて、個人の能力でやり遂げてしまうことはあったんだけど、あくまでそれは個人芸だったんですよ。
――当局依存型ではない調査報道はお金も時間も、そして根気も要りそうです。
鮫島 フリーのジャーナリストで調査報道を続けておられる方がいますけど、本当に頭が下がりますよ。僕も組織を辞めたら調査報道だけはできないと思った。個人でやるにはあまりにも割に合わないから。本当は組織ジャーナリズムが担うべき最後の仕事だと思うんだけどね。
――現状の新聞では、調査報道に特化した成果を期待するのはやはりもう難しいのでしょうか。
鮫島 特に朝日新聞を見ていると、もうそういう活力が無いですね。「吉田調書事件」がきっかけになって、いまの朝日新聞社では、ちょっとでも問題を起こしそうなことはやめてくれという「リスク回避」の空気が蔓延しています。抗議を受けて失敗したら大変なことになるから、リスクを背負って危険な調査報道をやろうという意欲はありません。むしろ、ややこしいネタを持ってくるな、損をするだけだ、という感じじゃないかな。残念なことですけどね。
――調査報道の継続が難しくなってしまった新聞には未来があるのでしょうか。次回は、新聞や政治報道のこれから、そして“SAMEJIMA TIMES”の新たな試みについてもお話を伺えればと思います。
(文責:集英社新書編集部/撮影:野崎慧嗣)
プロフィール
(さめじま ひろし)
ジャーナリスト。1971年生まれ。京都大学法学部卒業。佐藤幸治ゼミで憲法を学ぶ。1994年に朝日新聞社へ入社。つくば、水戸、浦和の各支局を経て、1999年から政治部に所属。菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら与野党政治家を幅広く担当し、2010年に39歳で政治部次長(デスク)に。2012年に調査報道に専従する特別報道部のデスクとなり、翌年「手抜き除染」報道で新聞協会賞を受賞。2014年に福島原発事故をめぐる「吉田調書」報道で解任される。2021年に退社してウェブメディア「SAMEJIMA TIMES」を創刊し、連日記事を無料公開している。