“朝日新聞も私も「傲慢罪」という罪に問われているのだ――”
こんな印象的な書き出しから始まるノンフィクション『朝日新聞政治部』(講談社)が注目を集めている。早くも累計5刷・4万8千部を突破し、「2022年 Yahoo!ニュース | 本屋大賞 ノンフィクション本大賞」へのノミネートも発表された。
同書のテーマの一つが「政治記者」という仕事についてだ。鮫島氏がかつて所属していた「政治部」とはどのような組織なのか? そして記者の仕事の実態とは? 注目のインタビュー、中編をお届けする。
新聞記者が権力を批判できなくなる構造
――前編では朝日新聞社内の「社会部と政治部の派閥抗争」にも話が及びました。『朝日新聞政治部』では、新人記者はまず地方支局に配属されて、その後実績に応じてドラフトにかけられ所属先が決まるという話も書かれています。それでは政治部と社会部では、取材手法がまったく違うのでしょうか。
鮫島 うーん、まったく違うとも言えないかな。例えば政治部の官邸記者クラブと、社会部の司法記者クラブはある意味そっくりですよ。司法記者クラブは東京地検特捜部にベッタリで、政治部の官邸クラブは官房長官なんかにベッタリでしょう。
新聞社のダメなところは、記者が「遠くを批判する」んですよ。つまり社会部は捜査当局と組んで、見たこともない政治家を叩く。本来、自分たちが権力監視をすべき担当の警察や検察とは癒着しているんです。そして政治部は政治家と癒着して、単なる代弁者になってしまっている。
経済部では、一番のエースは財務省担当になります。だから経済部は財務省の味方。政治部は首相官邸の味方。社会部は警察や検察の味方。科学医療部は医師会や医者の味方。
こんなの反権力でもなんでもありませんよ。むしろ権力への加担でしょう。本来の記者や権力監視というのは、自分が監視している対象を激しく追及するのが仕事です。究極的には、記者は読者の味方なんだから。たとえどんな報復を受けようとも、自分が担当している持ち場の人をちゃんと監視して批判すべきです。
しかし現実には、みんなが取材先に食い込んで、べったり一心同体化して批判できなくなってしまっているので、自分とは直接関わりのない「遠く」の対象を標的にして批判した気になっている。この悪しき文化は昔から変わっていません。
――どうしてそんなおかしなことになってしまうのでしょうか?
鮫島 新聞記者は新人時代に全員、警察回りから入るから、そのDNAを引きずるんですよ。警察回りの実績で「こいつは無能、記者失格」というバッテンを人事評価でつけられたら、その後もずっとそのまま。警察回りで成功できるかどうかによって新聞記者人生が決まってくる面があります。
その警察回りの取材方法ですが、「夜討ち朝駆け」と言われるように、早朝から晩までとにかく警察官の自宅に足を運んで、未発表の捜査情報を聞き出すというものです。ここでは警察官にいかにペコペコしてすり寄り、気に入られてネタの「お零れ」をもらえるかどうかがカギを握ります。
他社を出し抜いて警察官の懐に飛び込み、どこも入手できていない「特ダネ」をもらえれば「優秀な新聞記者」の仲間入りです。もうこの段階から権力追及じゃなくなっていますよね。
そういう経験を積むもんだから、実は新聞記者というのは「他社に抜かれたら(=自分が入手できていない情報を先に出されたら)どうしよう」「ネタ元(情報源)に嫌われて各社の輪から仲間外れにされたらどうしよう」という心配ばかりで日々を生きるようになります。「今日は自分だけ外されて、各社で官房長官に会っていたらどうしよう」とかね。これでは権力側に主導権を取られてしまうのも仕方がない。
昔は国家権力の内部でも権力が分散していました。自民党でいうと、経世会や宏池会、清和会といった複数の派閥同士が激しく戦い、権力が分散していたから、互いに牽制し合う形で緊張関係が保たれていた。それぞれの派閥には担当記者が癒着していたんだけど、記者同士も互いに叩き合っていたから、なんとか批判が機能しているように見えただけの話です。
最近では第二次安倍政権以降、首相官邸一強になってしまったので、全員が首相官邸に頭が上がらなくなり、誰も批判できなくなってしまった。権力が一極集中したから批判が機能しなくなったというだけで、もともと新聞ジャーナリズムのあり方には欠陥があったんです。
――大手新聞社などによる記者クラブがもはや既得権益化しており、多くの問題を孕んでいることもしばしば指摘されています。
鮫島 記者クラブも本来は、情報を隠す当局に対して複数社が団結して当たることができるという、一種の団体行動を可能にするところに存在意義がありました。しかし、いまでは完全に当局側が情報コントロールをするための道具になり下がっています。
記者クラブは所属外の、例えば優秀なフリージャーナリストたちを締め出しています。それだけではありません。もう一つ重要なのは、司法クラブならば「ある新聞社の司法担当以外の記者を弾くことができる」という点です。
つまり朝日新聞だと、「社会部の司法担当以外の、他の朝日新聞記者を弾く」という重要な要素があるんです。事情は政治部でも同じで、政治部の担当記者以外は弾く。
結局のところ、自分にペコペコする担当のヤツだけにしか取材をさせないという情報コントロールの手先になっているんですよ。そして所属する記者たちはそんな閉鎖性の中に安住している。いまの記者クラブはどう見ても弊害の方が多すぎます。一刻も早く解体すべきだと僕は思います。
プロフィール
(さめじま ひろし)
ジャーナリスト。1971年生まれ。京都大学法学部卒業。佐藤幸治ゼミで憲法を学ぶ。1994年に朝日新聞社へ入社。つくば、水戸、浦和の各支局を経て、1999年から政治部に所属。菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら与野党政治家を幅広く担当し、2010年に39歳で政治部次長(デスク)に。2012年に調査報道に専従する特別報道部のデスクとなり、翌年「手抜き除染」報道で新聞協会賞を受賞。2014年に福島原発事故をめぐる「吉田調書」報道で解任される。2021年に退社してウェブメディア「SAMEJIMA TIMES」を創刊し、連日記事を無料公開している。