対談

中国はなぜタリバンを支援するのか?

ー21世紀のグレートゲーム アフガニスタン情勢にみる中国の影響力
内田樹×中田考

ロシア、中国の影響力は?

内田 ロシアも中国も直接的にアフガニスタンの内政に干渉してくるということはないということですか。

中田 ないと思いますね。今回驚いたのは、中国とタリバンは、外務大臣レベルで、プロトコル(手続き)で会っています。タリバン側の要人は最高指導者ではありませんが、報道によく顔も出ている政治局の議長のバラーダル師です。暫定内閣閣僚リストが発表されると、外務大臣に任命されました。
 そんな会談を公式に打ち出したのは世界でも初めてでしたが、その後も次々に経済協力を申し出ていますので、中国がすごく力を入れているのは明らかです。そこで中国側は特にウイグル問題を取り上げて、国内の活動家*2を抑えると言わせたと言っていますが、そんな事実はないし、タリバンは何も言っていません。いかなる外国に対しても、イスラームの人間を傷つけるようなことは許せないのであって、アフガニスタン国内にいる活動家に関しても情報は与えていないはずです。そこのところはタリバンは全く妥協していませんので。

*2 アフガニスタンにいるとされる新疆ウイグル自治区の分離独立を目指すトルキスタン・イスラーム党(TIP)の一派。TIP は8月17日にタリバンを祝福する声明を出している。

内田 そうでしょうね。もし中国が国内にいる新疆ウイグルの反政府的な活動家たちを差し出せといったら、アメリカの轍を踏むことになりますから。

中田 そうです。それは9・11の時にアメリカが問答無用でビン・ラーディンを差し出せと言ったのと同じやり方ですから、タリバンは絶対に承服しません。

内田 アフガニスタンにいるテロリストを引き渡せ、いやだというところから始まった戦争ですからね。アメリカの二の舞になるので、それは中国も要求しない。

中田 その意味では安全なので、ウイグルの活動家たちに、どんどんアフガニスタンに行ってもらう形になるのがいいと思いますね。

内田 今回の中田先生の本でも、ウイグル人たちがたくさんトルコに移動していると、お書きになっていましたね。

中田 5万人ぐらい行っています。ただ、そういう人たちも、殆どは武装闘争をするために帰ろうとは思っていません。武闘派はイスラーム国にとうに入っていますので。トルコにいるウイグル人たちは、もともと同じチュルク系で簡単にトルコ国籍も取れるのでトルコ人になって、もういいやという感じで中国人相手に観光商売とかやっています。学もあるし、中国語ができるので。

内田 ウイグルの活動家は別に武闘訓練のためにトルコにいるわけじゃなくて、亡命者として生活しているということなんですか。

中田 もちろんウイグル人は非常に誇り高い人たちですので、帰りたいとは思っているのですが、弾圧の厳しい今の中国ではそれは無理でしょうね。本で対談した橋爪先生は、イスラームの立場から考えたら「ジハードに値する弾圧だ」とおっしゃっていましたが。

内田 ロシアはどうでしょう。1989年に撤兵するまで、ソ連はアフガニスタンでたいへんに苦戦して、結局はそれもきっかけになってソ連は崩壊するわけですから、アフガニスタンには懲り懲りして、うかつには手出しをしないと思うんですが、ロシアはこれからどういうふうにアフガニスタンに関わりそうですか。

中田 アフガニスタンは中露にとって地政学的に非常に重要な位置にあって、天然ガスや石油を運ぶ要路となるので、そこのところで中国とロシアが協力していくという形が考えられるシナリオですね。

 

イスラーム圏への中国の浸透

内田 イスラーム世界への中国の浸透工作については中田先生はどうお考えですか。中国のアフリカへの浸透はよく知られていますが、それ以外の地域も含めて、中国の対イスラーム国家戦略はどういうものなんでしょうか。

中田 ご存知のように、中国の習政権は、「一帯一路」政策で、シルクロードを現代によみがえらせようという野望を持っています。内陸中央アジアに自分がコントロールできる内陸交通のラインを確保して、沿道のトルコ系の国々やイスラーム系の国々に対する影響力を強化し、中国の国際的地位を高めようという戦略ですね。ですから、その起点となる新疆ウイグル地区を中国は絶対手放さないと思います。地図で見ると新疆ウイグル地区は広大です。

 しかし新疆ウイグル地区は本来中国の一部ではなく、満州(女真)族が立てた異民族王朝であった清朝時代に、何とか手に入れたものです。清朝の皇帝は、漢民族に対しては、中華の天子として振る舞っていたが、異民族の遊牧民にはジンギス・ハーンの後継者大ハーンとして統治していた、という文献を読んで、なるほどな、と思いました。清朝は異民族王朝ですので、ウイグル人に対しては中華秩序を押し付けるのではなく、異民族文化として対応するという柔軟な体制をとっていたわけですね。
 いま、中国はナショナリズムをむき出しにして、ウイグルの人たちの再教育に躍起になっていますが、領土として確保したいのであれば、イスラーム的な生活がしたいという人は、トルコやアフガニスタンに受け入れてもらって、ウイグル地区内ではモスクでの礼拝や礼拝で必要なアラビア語とイスラーム法の初等教育くらいはできる緩いイスラームを認めるという形が一番平和で安定するのではないかと私は考えているのですが。

内田 イスラームのコスモロジーでは、イスラーム法によって統治されている「ダール・アルイスラーム(平和の家)」と異教徒が不法に統治している「ダール・アルハルブ(戦争の家)」の区別があります。でも、この二つの世界の境界線は流動的であって、ムスリムがその境界線を行き来することは自由であるということを中田先生のご本で教わりました。ということは、新疆ウイグルの場合、その隣には同じ民族、同じ言語、同じ生活文化の国や地域が並んでるわけですから、新疆ウイグルが「ダール・アルハルブ」であるとするならば、「ダール・アルイスラーム」に暮らしたいという人たちが西に移動すればどうかというのが中田先生の考える解決策というふうに理解してよろしいのでしょうか。

中田 はい、今のウイグルはダール・アルハルブですね。ですから、新疆ウイグル地区では、政治的、自治的なものは求めないで、私的なところだけでイスラームをやっていく。それでは嫌だという人たちはダール・アルイスラームに行ってくださいと。中国が好きで、そこで静かに礼拝や断食をやって暮らしていきたいという人たちだけ残ってくださいという形にすれば、中国も領土的な心配をしなくても済む。そういう温厚政策に中国が転換してくれればいいのですが。

内田 もともとあの地域は匈奴(きょうど)や突厥(とつけつ)といった遊牧民の土地ですよね。彼らが繰り返し中国に侵入し、漢民族がそれを押し戻すということを紀元前からずっと行ってきた。匈奴も突厥も鮮卑も朝鮮も日本も、漢字二文字の民族名を冠された地域は中華帝国の「辺境」であって「王土」としては認知されていない。だから、異民族が王土に侵入してくると押し戻すけれど、自分たちから出張っていって、辺境を実効支配するということは歴史的にはしてこなかった。

 先ほど中田先生が、清朝は、自分たち自身が異民族王朝なので、周辺の異民族に対して柔軟に対応していたという話をされましたけれど、その時期に中華帝国は過去最大の版図を獲得したわけですよね。鄧小平も似た考え方をしていて、新疆ウイグルについては、中国とスンナ派チュルク族のベルトとの連携がこれから重要になってゆくから、新疆ウイグルでは民族の宗教、言語、文化をたいせつにして欲しいと、民族教育を促進したんです。それが習近平の時代になって180度逆転した。でも、わずかな期間で戦略が「逆転した」ということは、この地域について中国政府は一貫した政策を持っていないということですよね。そうであるなら、「取りつく島」がある。

 習近平の、香港・新疆ウイグル・台湾に対するハードな姿勢は、中華帝国のコスモロジーからするとどちらかと言えば例外的だと思うんです。これは一時的な逸脱であって、地政学的な環境が変わった場合に、また方針転換ということもあり得るんじゃないでしょうか。

中田 トルコまでつながるチュルク系ベルトは、これからのイスラームにとっても非常に重要な地域です。トルコ化、イスラーム化が両方とも進んでいくと思います。そのときに、ウイグル人はかけ橋になれる人たちなのです。彼らはトルコ系でもあり、中国人でもあるというアイデンティティーを持っています。そういう人間がいれば、まさに一帯一路を下支えできます。その「中国夢」に照らし合わせても、今のようなやり方は逆効果でしかないと思っています。

 つまり、イスラームが強くなった方がこの地域は安定するし、それが一番望ましいのではないか。実はイスラーム帝国と中華帝国が正面から戦ったのは私たちが世界史で習ったアッバース朝カリフ国と唐が戦った751年のタラス河畔の戦いの一回しかありません。そしてこのタラス河畔の戦いでのアッバース朝の勝利で中央アジアへの中華文明の進出の野望は砕かれ、そこが中華文明圏の西のフォルトライン(活断層)になります。そしてその時からアフガニスタンは中華文明とイスラーム文明圏のフォルトラインのイスラームの最前線となり現在に至ります。

 そしてアフガニスタンにはチュルク系のウズベク人も人口の10%ほどいますので、中国とチュルクベルトの接点でもあります。その意味では、今回、アフガニスタンでタリバン政権ができたのは周りに相当大きなインパクトを与えたのではないかと思っています。

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プロフィール

内田樹×中田考

 

内田樹
1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院博士課程中退。神戸女学院大学名誉教授。専門はフランス現代思想、武道論、教育論、映画論など。著書は『日本習合論』(ミシマ社)、『サル化する世界』(文藝春秋)、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書・第6回小林秀雄賞受賞)、『日本辺境論』(新潮新書・2010年新書大賞受賞)など多数。第3回伊丹十三賞受賞。現在は神戸市で武道と哲学のための学塾「凱風館」を主宰している。姜尚中との共著『新世界秩序と日本の未来 米中の狭間でどう生きるか』(集英社新書)も好評発売中。

 

中田考
1960年岡山県生まれ。イスラーム学者。東京大学文学部卒業後、カイロ大学大学院文学部哲学科博士課程修了(哲学博士)。在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部准教授、日本学術振興会カイロ研究連絡センター所長、同志社大学神学部教授、同志社大学客員教授を経て、イブン・ハルドゥーン大学(トルコ)客員フェロー。著書に『イスラーム 生と死と聖戦』『イスラーム入門』『一神教と国家』(内田樹との共著、集英社新書)、『カリフ制再興』(書肆心水)等。2021年10月20日『タリバン 復権の真実』 (ベスト新書)発売予定。

 

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