対談

中国はなぜタリバンを支援するのか?

ー21世紀のグレートゲーム アフガニスタン情勢にみる中国の影響力
内田樹×中田考

イスラーム圏の「ゴ―イースト」構想

内田 中国の一帯一路構想は「西へ(Go West)」という趨向性に従うものですよね。これはわかるんです。でも、一方のトルコには、中央アジアのスンナ派チュルク族ベルトについて「東へ(Go East)」という地政学的な趨向性はあるんでしょうか。

中田 今まさにそれを作ろうという段階なんです。ただ、トルコは地域研究自体が全く育ってないんです。やっと冷戦が終わって、キルギスタン、カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、アゼルバイジャンというトルコ(チュルク)系の国が独立した時で、非常に熱狂的に、何も準備もないまま、トルコ(チュルク)族がいるぞと出ていって失敗した苦い経験がある。

内田 へえ、そういうことがあったんですか。

中田 あったんです。みんなトルコ族なので、俺たちが指導してやろうと自信満々に出て行ったんです。中央アジアのトルコ族はみんな遊牧民起源で、しかも旧ソ連の中では非常に遅れたところで差別もされていましたので、トルコ側は俺たちが兄貴分だという顔をして行ったのですが、乗り込んでみたら、そこは辺境とはいえ、一応ソ連という世界超大国の一部でしたので、彼らには、「こいつら、何を言っているんだ」という顔をされて相手にされなかった。

内田 トルコよりもソ連のほうが格が上だぞ、と。

中田 ええ、科学技術もトップのレベルだと。それで大失敗をしたんですよね。

内田 戦前の大アジア主義だと、朝鮮も台湾も千島もモンゴルも「うちのバックヤードだ」みたいな妄想的な領土感覚がありましたね。同じようにトルコもウイグルにまでに広がる中央アジア全域に何億人かの自分たちの同胞がいて、そこに行くと「やあやあ兄弟よ」という感じでハグし合うというような、いささか誇大な同胞意識がかつては濃厚にあったんですね。

中田 今もありますね。

内田 一回煮え湯を飲んだけども。エルドアン体制になってから「また行けるんじゃないか」ということで仕切り直しをすることになった。だとすると、トルコがこれから先のユーラシア大陸のキープレーヤーになるのは間違いないですね。

 

中国の一党愛国主義的専制はいつまで続くのか

中田 今回の『中国共産党帝国とウイグル』では、今の一党愛国主義的専制の習近平体制について、橋爪先生にいろいろご講義いただきましたが、今の中国については内田先生はどうお考えですか。橋爪先生によれば、はっきり中国はもう共産主義じゃないとおっしゃっています。

内田 マルクス・レーニン主義の国ではありません。

中田 じゃ、何なのかというと、ただの専制的な独裁者という話で、今のままだと文化的なレベルで世界に影響を及ぼすことにはならないと思うのですが。

内田 中国の場合、王道政治と覇道政治の二つを使い分けてきたという歴史があるんだと思います。名君が仁政を施して、徳治によって人心を掌握するのが王道政治。ハードパワーで反対派を抑え込むのが覇道政治。王道でゆくべきか覇道でゆくべきか、中国は韓非子の時代から、二つの焦点を持った楕円のように、その時々の歴史的環境によって、覇道に傾いたり王道に傾いたり、振り子のように揺れてきました。

 例えば周恩来が先の戦争の終結に際して「恨みに報じるに徳をもってする」と言って、日本に対する賠償請求を放棄し、武装解除した日本兵たちを厚遇したとか、時々中国は驚くほど王道的なふるまいをすることがある。

 鄧小平の「尖閣問題は棚上げしませんか」という提案もそうですね。もう少し時代が経てば、我々よりも賢い世代が登場して解決策を思いつくかも知れませんから、未来の世代に任せましょう、と。これも王道的な判断だったと思います。正邪理非をうるさく言い立てないで、収まるべきところに収まるまでじっくり時間をかける。

 習近平はあきらかに覇道政治に傾いていますけれど、これはやはり傾き過ぎだと思います。どこかでバックラッシュが来て、王道政治への揺れ戻しがあるだろうと僕は思います。中国では、指導者に王道型と覇道型を交互に登用して、無意識的に二焦点政治をやっているような気がするんです。だから、いずれ習近平も独裁者の座を去るわけですけれども、次の人は王道型になってバランスを取るんじゃないでしょうか。この見通しはどうでしょうか。

中田 振り子のように揺れてバランスを取るというのは、どの文化でもそうだと思います。ただ、中国は今まで一度も武断政治がいいと公式になったことは一度もありませんので、今は非常にいびつな形ではありますね。

内田 中国が過剰に覇道的になっているのは人口動態のせいじゃないかと僕は思っているんです。中国の人口は2027年に14億人でピークアウトして、以後急激な人口減・高齢化のフェーズに入ります。生産年齢人口が一気に縮減する上に、過去の「一人っ子政策」の影響で、天涯孤独の老人がこれから大量発生する。中国は社会保障制度が整備されていませんから、扶養してくれる親族がいない場合、高齢の路上生活者が大量発生する可能性もあります。これは統治上非常に危険な状況です。これを回避するためには、ただちに社会保障制度を整備しなければならない。これを放置すると、国民の政府に対する信頼が揺らいで、政情不安になるリスクがある。「軍拡にも国民監視にもいくらでも金をかけられる」と言っていられるのは今のうちだけなんです。

 

台湾侵攻は時間の問題か

中田 なるほど。とすると残された時間はあまりないですね。

内田 そうなんです。人口減少を迎えるまであと6年しかない。習近平が「レガシー」を実現するためには、それくらいの時間的余裕しかない。今の手持ちの軍事的・経済的なアドバンテージをその期間内に最大限に活用しなければならないという焦りから「台湾侵攻」というようなハードなプランが出てくる。実際、中国国内世論は「台湾侵攻すべし」という方に傾いているようなのですが、中田先生はどうお考えですか。

中田 中国に併合されて、台湾の人たちが幸せになれば、私の帝国モデルの理想ですけど、今の専制的な中国は、ウイグル問題をはじめとして、多様性を包括する帝国とはかけ離れていますからね。

内田 中田先生の帝国モデルだとそういうことになりますね。でも、台湾についてのアメリカの論文を読むと、もう「台湾は見捨てろ」という論も出てきていますね。米中戦争のリスクを避けることが優先するというんです。台湾を見捨てると、日本や韓国のようなアジアの盟邦が「アメリカは同盟国を見捨てる国だ」と思って、同盟関係が冷え込むと心配する人がいるが、「日本も韓国もアメリカにべったりくっついてくるから、心配要らない」という論調でした。

 ずいぶんひどいことを書くなと思いました。2350万人の台湾国民の気持ちはどうなるんだよと、腹が立ちました。「台湾を見捨てる方がアメリカの国益にかなう」というような論が平然と語られるのは、アフガニスタンの撤兵の時と同じですね。

中田 台湾のほとんどの人たちは、明らかにアメリカからそういうメッセージを送られたと思いますよね。

内田 ですよね。「アメリカのことを当てにするな」というメッセージとして、台湾の人は受け取りますよね。

中田 飛行機にしがみついても、そのまま振り落とされる……。

内田 あれは将来の日本の姿じゃないかという気がしました。逃げていくアメリカにしがみついて振り落とされるという。

中田 恐らく日本にもそのメッセージは伝わっているんじゃないですか。

内田 いや、日本人は気がついてないと思いますね。感染爆発のさなかにパラリンピックとか総裁選、総選挙と言っているんですから。世界で起きていることなんか、何も考えてない。

 それより僕はアメリカに「いい加減に目を覚ませ」と言いたいですね。日本を占領して、忠実な同盟国にできたのは、例外的な成功体験であって、日本の成功体験を一般化することはできないよ、と。

中田 アメリカは本当に異文化理解が苦手な人たちなんです。アメリカは今までは圧倒的な軍事力、経済力、科学力に加えて、文化資本があったから失敗も許されましたが、これからはそうはいかないでしょうね。

内田 日本占領の成功体験を拡大適用したせいだと思います。あの後は、朝鮮でもベトナムでも、イラクでも、アフガニスタンでも、アメリカはすべての占領政策に失敗している。中田先生のおっしゃるように、アメリカがもっと深みのある異文化研究をやって、もっと大きな地政学的なストーリーを描けていたら、だいぶ世界の風景も変わっていたんでしょうけれど…
 最後にアメリカの話になりましたけど、今日はタリバンからウイグル、トルコ、中国と、多岐にわたってお話しできて、楽しかったです。ありがとうございました。

中田 いえ、こちらこそ勉強になりました。ありがとうございます。

 


『中国共産党帝国とウイグル』

 

『新世界秩序と日本の未来 米中の狭間でどう生きるか』

 

 

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プロフィール

内田樹×中田考

 

内田樹
1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院博士課程中退。神戸女学院大学名誉教授。専門はフランス現代思想、武道論、教育論、映画論など。著書は『日本習合論』(ミシマ社)、『サル化する世界』(文藝春秋)、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書・第6回小林秀雄賞受賞)、『日本辺境論』(新潮新書・2010年新書大賞受賞)など多数。第3回伊丹十三賞受賞。現在は神戸市で武道と哲学のための学塾「凱風館」を主宰している。姜尚中との共著『新世界秩序と日本の未来 米中の狭間でどう生きるか』(集英社新書)も好評発売中。

 

中田考
1960年岡山県生まれ。イスラーム学者。東京大学文学部卒業後、カイロ大学大学院文学部哲学科博士課程修了(哲学博士)。在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部准教授、日本学術振興会カイロ研究連絡センター所長、同志社大学神学部教授、同志社大学客員教授を経て、イブン・ハルドゥーン大学(トルコ)客員フェロー。著書に『イスラーム 生と死と聖戦』『イスラーム入門』『一神教と国家』(内田樹との共著、集英社新書)、『カリフ制再興』(書肆心水)等。2021年10月20日『タリバン 復権の真実』 (ベスト新書)発売予定。

 

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