MotoGP 20年の歴史で最も波乱万丈なレース!

MotoGP最速ライダーの肖像 2021

西村章

『MotoGP最速ライダーの肖像』(西村章・著/集英社新書)発売を記念して、これまで今季のMotoGPと、そこで戦うライダーの実像をお届けしてきたが、今回は著者が20年間見てきた中でも、最も劇的な展開で、二輪の魅力満載だった、先日行われたレースレポート(クライマックス映像付き)をお届けする。

 日本ではおしなべてモータースポーツの人気が低い、というのは昔からずっと言われてきたことだ。プロやアマを問わずさまざまな競技に触れる機会が多いスポーツ好きの人々でも、内心では、

「たいていのスポーツは分け隔てなく愉しむけれども、モータースポーツの場合はどうもよくわからないし、敷居も高くて興味を持てない……」

 そんなふうに感じている人は、きっと少なからずいるのではないだろうか。しかし、そんな印象を抱く諸兄姉にこそ、ぜひいちど観ていただきたいレースがある。つい先日の8月15日(日)に、オーストリア・レッドブルリンクで開催された二輪ロードレーレースの世界最高峰MotoGPシーズン第11戦オーストリアGPだ。

 このレースには、40分間という短い時間のなかに、モータースポーツ、もっといえばスポーツそのもののスリルと昂奮がぎゅうぎゅうに満載されている。

 MotoGPという競技は、2002年に2ストローク500ccのオートバイから4ストロークマシンで戦うMotoGP時代へと変わり、それから20年間で340回のレースが行われてきた。その340戦を振り返っても、このオーストリアGP以上に度肝を抜く波瀾万丈の展開は、ちょっと過去に類例が思い浮かばない。

 

 オーストリアGPの決勝は、現地時間午後2時にスタートした。そして、このレースでは、雨という自然条件が戦いの機微を大きく左右する要素になった。

 選手たちが駆るバイクは、ホンダ、ヤマハ、スズキ、ドゥカティ、KTM、アプリリアというオートバイメーカーが製造したプロトタイプマシンで、タイヤにも溝のないレース専用のスリックタイヤを前後ともに装着している。

 フロントローのポールポジションについたのは、ホルヘ・マルティン(ドゥカティ)。今季最高峰クラスにデビューしたルーキーだが、今回と同じレッドブルリンクで行われた1週間前の第10戦スティリアGPで初優勝を飾り、一躍脚光を浴びた。2番グリッドはファビオ・クアルタラロ(ヤマハ)。今シーズン過去10戦中すでに4勝を挙げて、現在はランキング首位を走る22歳だ。フロントロー最後の3番グリッドには、ドゥカティファクトリーのフランチェスコ・バニャイアがつけている。

 昨年、右上腕骨折という大ケガを負い、今年4月に復活を果たしたホンダのマルク・マルケスは2列目中央の5番グリッド。現チャンピオン、スズキのジョアン・ミルはさらに1列背後の3列目7番グリッドから、日曜の決勝レースを迎えた。

 レースは彼らがトップグループを構成しながら周回を重ねていく。が、全28周で争われるこのレースが始まった直後、1周目にコースサイドのマーシャルポストで白い旗が振られた。これは、選手たちがレース中にいつでもピットボックスへ戻ってマシンを交換することを許可する、という意味のフラッグだ。

(前から)バニャイア、クアルタラロ、マルケス、マルティン、ザルコらが激しいトップ争いを繰り広げる。レッドブルリンクは山肌に貼りつくようにコースが設計されており、山の不安定な天候に左右されることが多い(写真/MotoGP.com)

 このマシン交換に関する事情を少し説明しておこう。

 ドライコンディションで始まったレースでは、上で述べたとおりバイクに溝のないスリックタイヤが装着されている。このスリックタイヤは、乾いた舗装路面では高いグリップ力を発揮するが、雨が降ってくると溝がないために水はけをできず、非常に滑りやすい状態になる。

 オートバイは、四輪車と違ってバランスで操作する乗り物である。直立状態を維持しているのは、長い直線を走行しているときくらいだ。コーナーでの旋回動作では、バイクとライダーは大きくコーナーのイン側へ傾く。そのバンク角は、MotoGPライダーが操作すると60度にも達する。地面から60度の角度ではない。バイクが立っている鉛直方向から右や左に60度傾いている、という意味だ。外見的には、ほぼ寝ている状態にも等しい。

肘・膝を路面に接触させながら、こんなにもマシンを傾け、ライバルたちとギリギリの戦いを繰り広げる。テレビ中継では速度や傾き角度まで示して、その凄さを解説してくれる(写真/MotoGP.com)

 ライダーたちはこの旋回中に膝を擦り肘を擦り、あるいは状況次第では肩を擦りながら走行する。雨で路面が濡れているときに、溝のないスリックタイヤを装着しながらこのような姿勢で走行することがどれほど不安定でリスクが高いか、想像は容易いだろう。

 さらにいえば、直線から旋回動作へ入る場合は、たとえばこのレッドブルリンクのメインストレートから1コーナーへのアプローチだと、時速300kmから100km程度まで、わずか2~3秒の間に一気に減速する。時速200km分の急減速をする際の慣性重量とタイヤへかかる負荷の大きさを考えると、肝の冷えるような操作だ。

 そのため、ウェットコンディションになると選手たちは溝のついた水はけのよいタイヤで走行する。オートバイの場合、雨でタイヤを取られると四輪車のようにスピンする程度ではすまず、転倒に繋がる可能性が非常に高い。転倒すれば、ライダーは路面を転がることになる。リスクの大きさは段違いだ。だからこそ、危険を避けるためにも、濡れた路面ではスリックからウェットタイヤへの交換は不可避といっていい。

 しかし、溝のないスリックから雨用のウェット用タイヤへ交換するとはいっても、MotoGP用プロトタイプバイクの構造はF1マシンのように瞬時に交換できるような設計になっていない。そのため、レース中にウェットタイヤで走行する必要が生じた際には、ピットボックスの前でチームがウェットタイヤを装着したマシンを準備し、ライダーはスリックタイヤのマシンからウェットタイヤを装着したマシンへ乗り換えてふたたびコースインする。

 その乗り換え作業を許可するサインが、上記で触れた白旗だ。

 かつては、レース中に雨が降ってくるとレースはいったん中断することがならわしになっていた。選手全員がピットボックスへ戻って、ウェットのマシンでふたたびグリッドについて、残り周回のレースを仕切り直す、という進行だった。現在は、競技中にスリックタイヤを装着したマシンからウェットタイヤのスペアマシンへ乗り換える作業を許可することで、レースの流れは間断することがなく、緊張感と興趣も最初から最後まで一貫して続く。スタートのフラッグ(現在はフラッグではなくスタート用シグナルが使用されているが)からレース終了のチェッカーフラッグまでレースが途切れない、という意味で、このルールを〈フラッグトゥフラッグ〉と呼ぶ。

 さて、1周目に白旗が提示されて〈フラッグトゥフラッグ〉となったことにより、選手たちはレース中にいつでもマシンを乗り換えることが可能になった。しかし、開始直後にぱらつき始めた雨はほどなくあがり、路面状態もドライコンディションを維持した。ドライコンディションなら、旗が提示されていてもわざわざマシンを交換する必要などない。

 全28周のレース中盤では、バニャイア、マルケス、クアルタラロの3台がトップを構成。マルティンとミルはそこから少し離れた後方にいた。開始直後の雨こそあがったものの、上空は厚く黒い雲が覆い、いつふたたび降り出してもおかしくない状況だった。

(前から)ドゥカティのバニャイア、ヤマハのクアルタラロ、ホンダのマルケス。それぞれに異なるマシン特性を武器に、ライバルと真っ向勝負を続けた(写真/MotoGP.com)

 そして、残り7周となったときにふたたび雨粒が落ちてきた。

 雨は少しずつ降りを強め、トップグループ3台のラップタイムは、1分24秒台から1分27秒台に落ちた。この機に乗じて、先頭集団にやや距離を開かれていたマルティンとミルは一気に差を詰めにかかった。先頭を走っているライダーは、コース上のどこが濡れているのか、どのラインが乾いているのか、自ら確かめつつ瞬時にリスクを判断して走らなければならない。一方で、後方にいる選手は、前方の挙動を見ることでだいたいの状況を把握できる。

 この違いが、トップを走るバニャイアの1分28秒台、その背後につけたマルケスとクアルタラロの27秒台、そしてこの3台からやや距離を離されていたマルティンとミルの26秒台、というタイム差になって表れた。

 雨は強さを増し、先ほどまで少し離れて長い列になっていた5名は、もはやひとつの塊になった。さらに、かなり離れた6番手を単独で走行していたブラッド・ビンダー(KTM)もトップグループの直後にまで迫ってきた。レッドブルリンクは、オーストリア企業KTMにとって文字どおりのホームグランドである。ビンダーは、予想外の形で千載一遇のチャンスが転がり込んできたことになる。

 大きな雨粒がバイクのフロントスクリーンを叩く。レースは残り4周。

 緊密な争いが続くこの6名の上位グループで、バニャイア、マルケス、クアルタラロ、マルティン、ミルの5名が最終コーナー手前でコースと分岐するピットロードへ向かっていった。唯一、ビンダーのみがコースに残り、最終コーナーを旋回してゆく。

 コースに残ってスリックタイヤのマシンで走行し続けるか、あるいはウェットタイヤのバイクに乗り換えるか、これはじつに微妙で難しい判断だ。もちろん、唯一の正解などはない。

 コースを離れピットレーンへ向かうところからふたたびコースへ合流するまでの区間は、最高速度が時速60kmに制限されている。ゆっくりとそれぞれのピットボックス前へ向かう5名のライダーたちと対照的にピットウォールを挟んだ向こう側のコース上では、最終コーナーを立ち上がったビンダーが時速300kmでメインストレートを駆け抜け、1コーナーへ入ってゆく。

 バニャイア、マルケス、クアルタラロ、マルティン、ミルの5名は各自のボックス前で暖機され待ち受けていたウェット用マシンに乗り換えて、ピットアウト。合流レーンへ向かう。

 先頭集団から離れて後方にいた選手たちも、ある者はピットへ戻ってマシンを交換し、ある者はコースにステイしてスリックタイヤのままで走り続けた。雨の状況を考えれば、スリックで走行し続けるほうが大きなギャンブルであるように見えた。雨に足もとをすくわれて転倒するリスクが大きく、さらに、そのリスクを避けようと慎重に走行すればラップタイムは大きく下落せざるをえない。

 一方、ウェットタイヤのマシンに乗り換えれば、転倒のリスクそのものは回避しやすい。しかし、ピットイン/アウト作業にかかる大きなタイムロスに加え、再度コースインした周回は、新鮮なウェットタイヤを路面状態に馴染ませる必要があるため、本来のタイヤ性能よりも遅いタイムで周回することになる。レースは残り3周である。このわずかな周回数で、はたしてロスしたタイムを埋め合わせて上位へ食い込んでいくことができるかどうか。

 スリックでコース上に残って走り続けるにしても、ウェットに交換して再度追い上げを図るにしても、いずれにせよ、大きな賭けであることは間違いない。一瞬でこの選択を迫られたときの状況について、レース後にミルはこう振り返っている。

「正直なところ、あと3周だったのでコースに残ろうかとも考えた。直接のライバルであるファビオやバニャイアがピットへ戻っていくので、それに合わせた。自分たちには(上位争いの集団、そしてチャンピオン争いという)配慮しなければならない要素があったので、コースに残るかバイクを換えるかは、皆と同じオプションにするのがよいと思った。違う状況なら、別の選択肢もあったと思う。(その意味で)ビンダーは適切な選択をしたと思う」

 彼らの選択は、はたしてどのような顛末を迎えたのか。この先の波瀾万丈の展開と顛末は、ここで読むのをいったん中止して下記URLでご確認いただきたい。

https://www.motogp.com/en/videos/2021/08/15/unmissable-the-sensational-final-four-laps-from-austria/386624

 このMotoGP公式サイトでは、上位陣がタイヤ交換に戻る直前のラスト4周から最終ラップの攻防を経てゴールまでの一部始終を、ノーカットで無料コンテンツとして公開している。この史上稀な息詰まる7分半の戦いは、ぜひご自身の目と耳で存分にご堪能をいただきたい。

 さて、以下は上記動画を見た後では贅言でしかない、ただの蛇足である。

 残りが3周となったところで、コース上のトップを走行しているのはスリックタイヤのビンダー。タイヤを交換にピットへもどった選手たちの集団は、コースインすると10番手に位置していた。このとき、トップのビンダーと10番手マルティンとの差は33秒である。

 上位を走行しているのは、いずれもスリックタイヤで最後まで走りきることを決めた選手たちだ。そして、先ほどまで優勝争いをしていたライダーたちが揃って位置を下げた結果、このときやにわに3番手へ浮上したのが、バレンティーノ・ロッシだ。

一時、3位に浮上し、最高峰クラス200表彰台という大記録に期待を抱かせたロッシだったが、最終的には8位に(写真/MotoGP.com)

 今年が最後のシーズンとなることを先ごろ発表したばかりのロッシに残されたレースは、もはや十指に足りない。歴代最高の最高峰クラス199表彰台にさらにひとつを足して200の大台に乗せることは、不可能にも見えていたが、それがにわかに現実性を帯びはじめた。

 しかし、雨で路面コンディションがさらに悪化するなか、転倒のリスクを避けてスピードを落とすスリックタイヤ勢の選手たちは、さらにラップタイムを下げてゆく。最終ラップのロッシのタイムは1分53秒404。これに対して、ウェットタイヤのマシンに交換したライダーたちは、猛烈に追い上げを開始する。バニャイアの最終ラップは1分35秒935、マルティンは1分36秒366。ロッシと比較すると、じつに18秒ほどもタイムが違う。コースインしたときは20秒ほどもあった差は、残り2周で見る見る縮まっていった。

 最終ラップの後半セクションでは、バニャイアはロッシを含む上位走行陣を易々とオーバーテイクし、2番手に浮上した。転倒しないように、できるだけバイクを立てた状態でおそるおそる走り続けるスリックタイヤ勢と、その背後から猛烈なスピードで迫り、深いバンク角と高い旋回速度であっさりと彼らを抜き去っていくバニャイアの対照的な姿には、コンディションに対する自信の有無がくっきりとあらわれていた。

レインタイヤで、マシンをここまで傾けて猛追するマルケスだが、結果は…上記無料映像でご確認のほどを(写真/MotoGP.com)

 それでも最後は、スリックで走りきる博奕を打ったビンダーが、バニャイアに13秒近い差を開いて優勝を飾った。チャンピオン争いやランキング上位争いとは離れた位置にいるからこそ、さらにいえば、今回の戦いの舞台レッドブルリンクはKTMのホームグラウンドであるからこそ、イチかバチかの大勝負に打って出て、それがみごとに奏効したという、いわば大金星の優勝だ。

ビンダーは今季初優勝。バニャイアは今回の2位により、ランキング2番手に浮上した(写真/MotoGP.com)

 3位にはマルティン。その後ろでチャンピオンのミルが4位のチェッカーフラッグを受けた。劇的このうえないレース展開の果てに2戦連続表彰台を獲得したマルティンは、

「最終コーナーでは、たぶん7人くらいをいっきにごぼう抜きした。予想していなかった分だけ今回の表彰台の方が、先週の優勝よりもうれしいかもしれない」

 そういって破顔した。

 一時は表彰台を手元にたぐり寄せたかに見えたロッシは、8位でゴール。シーズン残りの数戦で、ふたたび表彰台圏内に迫ることは、はたして可能だろうか。

 ことほど左様に、MotoGP第11戦オーストリアGPは、凝縮した時間のなかに濃密なドラマがさまざまに交錯する一戦になった。並外れた人間の性能を持つ彼らの、知力と体力と技術を尽くした戦いを目撃したあとに訪れる深い余韻こそは、まさにスポーツの醍醐味、というべきだろう。

 

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プロフィール

西村章

西村章(にしむら あきら)

1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。

 
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