アメリカズGPの無敵ぶりにみるマルケスの「天才性」

MotoGP最速ライダーの肖像 2021

西村章

MotoGP最速ライダーの肖像』(西村章・著/集英社新書)発売を記念して、今季のMotoGPと、そこで戦うライダーの実像をお届けしてきたこのレポート。今回は、103日に行われた第15戦アメリカズGPで元王者マルク・マルケスが見せつけた、他のライダーを寄せつけない、圧倒的かつ驚異的な能力について考察する。単にチャンピオンになれる選手と、時代を作るチャンピオンになれる選手は何が違うのか。その天才性とは何なのか?

 

 2021年も秋が深まり、世界じゅうで猛威をふるった新型コロナウイルス感染症は最悪の状態から徐々に沈静化の方向へ向かいつつあるように見える。10月第1週に開催されたMotoGPのシーズン第15戦は、その状況に呼応して欧州大陸から大西洋を跨ぎ、1年半ぶりに北米で開催された。この第15戦アメリカズGPでは、マルク・マルケスが優勝。彼が持つ類い希な才能の凄味を、あらためて強く感じさせるレース内容になった。そこで今回は、この結果から見えてくる「天才」というものの資質について、少し考察をしてみたい。

マルケスはアメリカズGP7勝目。2位はランキングをリードするファビオ・クアルタラロ、3位にクアルタラロを追うフランチェスコ・バニャイアが入った(写真/MotoGP.com)

 どのようなスポーツジャンルにも必ず、天才、と呼ばれる人々がいる。メディアというものは、ある程度の秀でた能力を持った選手が登場すると、えてして装飾過剰な言葉で囃し立てがちだが、ここではやはり、傑出した天才とは「〈人間の性能〉が人類史的レベルで(ぬき)んでている人物」という意味で定義をしたい。

 今シーズンのメジャーリーグを終始ざわつかせ続けた大谷翔平は、おそらくこの部類に属する人なのだろう。さらにわかりやすい例を挙げれば、藤井聡太は(将棋がスポーツかどうかは措くとしても)、万人が認める「世紀の天才」だ。

 MotoGPの世界では、1990年代末から世紀を跨いで2000年代のある時期まで、バレンティーノ・ロッシというスーパースターが不世出の才能で頂点を制覇しつづけた。2010年代になると似て非なる形の天才、マルク・マルケスが登場して、2010年代中盤はこの新旧天才が相争う形で推移していった。やがてロッシからマルケスへと覇権が移り変わり、この後、2020年代もしばらくのあいだはマルケスが支配する時代が続いてくのかと思いきや、2020年7月の右腕上腕骨折で状況が一変した。

 3回の手術と9ヶ月におよぶ活動休止を経て、復活を果たしたのが4月の第3戦ポルトガルGP。この大会を7位で終えたマルケスは、続く数戦を9位―DNF(転倒リタイア)―DNF―DNFという成績で推移していった。復帰したとはいえ、最高峰クラスで6回のチャンピオンを獲得した本来の強さからまだほど遠い状態にあったことは、これらのリザルトがよく示している。

 この時期のマルケスは、バイクに対するフィーリングの戻り具合について、

「挙動に関する技術者へのコメントは、負傷前のような精密で正確なフィードバックを、まだできていない」

 と述べている。

 これはつまり、バイクの挙動を感じ取る自分自身のセンサーが負傷前の繊細な状態に回復していない、ということだろう。それと同時に、ごく微妙な差異が大きな違いを生む領域まで、まだ自分自身とバイクを追い込めていない、ということでもあったのかもしれない。

 そのような状態で、6月のドイツGPを迎えた。ドイツGPの開催地、ザクセンリンクサーキットは左回り(反時計方向)に周回するコースで、左コーナー10に対して右コーナー3、という極端な構成になっている。

 マルケスはもともと左回りのサーキットを得意としており、このザクセンリンクサーキットでは、小排気量時代から毎年ポールポジションを獲得し、優勝を達成してきた。

 2020年は新型コロナウイルス感染症蔓延の影響によりレースが休止されたため、2年ぶりの開催となった2021年は、2列目5番グリッドからスタート。決勝レースでは1周目にトップに立つと、あとは後続を易々と引き離して独走状態に持ち込み、30周のレースを終えてトップでチェッカーを受けた。

得意のザクセンリンクでは、小排気量の125cc時代(2010年)以降無敗の11年連続優勝を達成した(写真/MotoGP.com)

 負傷からの復帰初勝利、という意味では、ドラマチックで劇的な優勝だ。だが、レース後にマルケスは勝利について、

「このコースで勝てた理由はふたつある。ひとつは肉体的な限界が出にくいこと、そしてコースレイアウト的にバイクの弱点が出にくいこと」

 と説明している。 上述のとおり、このザクセンリンクサーキットは、左コーナーが10に対して右は3コーナーしかない。つまり、サーキットの特性上、まだ完全に癒えてはいない右腕への負荷が小さく、不利な要素をカバーしやすい、ということだ。

「次戦以降は、また苦労すると思う」

 自らに言い聞かせるようにそう付け加えたが、じっさいにこの後の数戦は厳しい結果が続いた。7位、8位、15位、転倒。9月に入ると、第13戦アラゴンGPで2位、第14戦サンマリノGPでは4位を獲得した。着実に復調していることは示したが、往事の圧倒的な強さと速さからはまだ遠く、右肘を使った転倒回避もできる状態には戻っていない。

 負傷前のマルケスは、普通のライダーなら転倒に至る状態でも常人離れしたマシンコントロールで挙動を収束させて立て直す場面が何度も見られた。その典型例のひとつが、旋回中にバイクのフロントが切れ込んでそのまま倒れて路面を滑走しそうな状況から、肘で支えながら転倒を抑えてバランスを取り戻してゆくリカバリー術だ。この奇跡的な動作を、マルケスは当たり前のように何度も見せていた。しかし、復帰以降の彼は、右コーナーでフロントが切れ込んだ際に挙動を立て直すような動きは見せない。重力に素直に屈して、ただなすがままにバイクと路面を転がっていく。

 そして、10月第1週のアメリカズGPを迎えた。

 冒頭に述べたとおり、北米大陸でも昨年はMotoGPが中止されたため、今年は2年ぶりの開催だ。アメリカズGPの舞台サーキット・オブ・ジ・アメリカズ(COTA)は、前記のザクセンリンク同様に、マルケスが最も得意とするコースのひとつだ。最高峰クラスに昇格した2013年以降、毎年ポールポジションから優勝という離れ業を演じてきた。が、2019年のみ、トップを独走中にフロントを切れ込ませて転倒するという意外な結果で、このときばかりは「弘法も筆の誤り」を地で行くレースリザルトになった。

 ちなみにこのCOTAもマルケス得意の左回りコースだ。ただし、ザクセンリンクは圧倒的に左コーナーの数が多かったのに比べて、COTAは右9左11、と左右のバランスがきわめて平均している。マルケスにとっては、それだけ右腕の負担が大きい、ということも意味する。5513mの全長に、高中低速さまざまな計20のコーナーが配置されているため、体力的にもかなり苛酷だ。

 さらにCOTA攻略の難易度を高めるのが、バンプ(路面の凹凸)の多さだ。コース上の随所にあるバンプは、ライダーの体力を削いでゆくだけではなく、旋回動作中にそこを走行すると転倒の危険も増す。

走行中にバンプに乗るとあっという間に転倒を喫する。Pramac Racing(Ducati)のヨハン・ザルコも、決勝レース4周目に転倒。そのままリタイアとなった(写真/MotoGP.com)

2列目5番グリッドという好位置からスタートした中上貴晶(LCR Honda IDEMITSU)も2周目12コーナーでバンプの犠牲になった(写真/MotoGP.com)

 見た目上ではスムーズに見えるような路面に存在するごく小さな凹凸でも、バイクの走行には大きな影響を及ぼす。時速30km程度だとなにほどにも感じない程度の路面変化が、時速200kmや300kmのレーシングスピードに達するとボコボコ波打つ危険な障害と化す。走行時の映像でも、コース上にバンプのある箇所を走行するバイクが、コーナー進入や出口などでサスペンションが路面の凹凸変化を吸収しきれずに大きく振られて挙動を乱すという場面が頻繁に見受けられた。

 加えてオートバイの場合、姿勢が深く傾いているコーナリング中には、旋回速度と遠心力、そしてタイヤのグリップが際どいバランスを保ってアクロバティックにも見える動作を成立させている。地面からほんの少しでも突き上げる力が働くと、このギリギリのバランスが失われてあっという間もなく転倒に至ってしまうことは、バイクに乗らない人でも容易に想像できるだろう。

 COTAは、このバンプの多さに関してはシーズン全カレンダーでも悪名高いコースのひとつだ。4輪、とくにF1とMotoGPの両方を開催するサーキットほど、一般的にバンプは多い傾向にある。バンプ発生の原因は、F1の強烈なブレーキング等の影響によりアスファルトの路面に、いわば皺が寄るような状態になるため、と説明されることが多い。今年のCOTAは、MotoGP開催に備えて改善が施された区間もあるものの、コース前半区間などは従来にも増して劣悪で、選手たちは揃って「この路面が改修されないかぎり、来年はここでレースをしない」とボイコットすら示唆するほどの路面状態だった。

 この路面のバンプは、そこを走行する誰にとっても同一条件として作用する。とはいえ、マルケスの場合は右腕の感覚がまだ完璧な状態に戻っていないために、他選手よりもさらに不利な状況を抱えることになる。にもかかわらず、なぜ日曜の決勝レースで皆をねじ伏せる圧倒的な強さを見せることができたのか。

〈上手い・速い・強い〉の三拍子が揃ったときのマルケスには、誰も追いつけない。集中力の高さと度胸の据わり具合も、天下一品。このレースでも2位クアルタラロは全然追いつけない(写真/MotoGP.com)

 そこを読みとくヒントのひとつは、おそらく彼の「度胸」にあるのではないか、という気がする。マルケスは、いままでも再三、常軌を逸した肚のすわり具合を見せてきた。

 たとえば、最高峰にデビューした2013年には、ここCOTAで象徴的なできごとがあった。土曜午前の練習走行が始まった直後、コースインしたばかりのマルケスは19コーナーで、バイクが挙動を乱して一本背負いのように大きく空中へ投げ飛ばされるハイサイド転倒を喫した。幸い負傷することなくピットボックスへ戻ったマルケスは、スペアマシンで再び走り出し、いきなり最速タイムを記録した。

 通常なら、コースサイドをもんどり打って転がるようなクラッシュを経験した直後だと、多少は様子を見て慎重になったり、探り気味に走り出したりするものだろう。しかし、マルケスはまるでそんな転倒などなかったかのように、圧倒的なスピードでラップタイムを刻み続けた。その姿は、ヘルメットの中で愉しそうにケタケタ笑いながら走っているようにさえ見えた。

 この豪胆な走りは、2013年のCOTA以降にも何度も見せている。顎が腫れるほどの大クラッシュの後でも平然と時速350kmのトップ争いを演じた2013年イタリアGPや、金曜午前の走り出し直後に担架で運ばれる転倒を喫しながら、日曜午後の決勝レースで優勝してチャンピオンを決めた2019年のタイGPなど、「頭がおかしいんじゃないか」と思わせるほどの度胸を見せた例は枚挙にいとまがない。

 そんな彼の姿を見ていると、常人とは一線を画する「頭の線が切れたような走り」をすることもまた才能のひとつなのだ、ということをつくづく思い知らされる。

 第15戦のレースそのものに話を戻そう。

 走行が始まる前の木曜に、マルケスは「今回は優勝を目指す」と明言した。じっさいに、そのとおりに週末は推移した。土曜午後の予選ではポールポジションこそ逃したものの、負傷から復帰後初のフロントローを獲得。体力的に苛酷なCOTAで、乾坤一擲(けんこんいってき)のタイムアタックでトップタイムを競えるところまで肉体の状態を戻してきた、ということだ。

 日曜の決勝レースは、フロントロー3番グリッドからスタートしてトップで1コーナーに飛び込むと、あとは一方的に差を広げて4.6秒差を築き、優勝のチェッカーフラッグを受けた。

 6月のザクセンリンクに続く今季2勝目だ。無類の強さを誇ってきた得意のサーキット、しかも左回り、というところは共通している。マルク・マルケスなら完璧な体調でなくても勝って当然、と受け止められがちかもしれない。しかし、すでに述べたとおりザクセンリンクと比較してCOTAは、左右コーナーの数や全長、バンプなどの各要素が相俟って、右腕と体力への負荷が明らかに大きいコースであり、そこでの勝利であったことには留意しておく必要がある。

 この優勝後にマルケスは、天才性がさらに際だつことばを発している。

「今年は従来のシーズンと違い、わけもわからないまま転倒することが何度もあって、速いときでも遅いときでもその理由が自分でわからなかったりもした。でも、少しずつうまく走れるようになってきて、(バイクの)コントロールもできるようになってきた。それでもまだまだ、スペシャルな感覚を取り戻せてはいない」

 この「スペシャルな感覚」については、こう説明している。

「タイヤが新品状態のときは、性能を存分に使えていない。けれども、摩耗してくると、新品状態のときと同じようにずっとコンスタントに走ることができる。だからレースペースは全体的に安定しているけど、自分がやりたいのはそういうことじゃない。タイヤの初期グリップを捕まえて、そのまま最後までひっぱって走りきること。バイクはうまく走ってくれていて、コースによっては多少問題も出るけれども悪くはない。まだ自然に乗れてはいないけど、速く走ることはできる」

旋回速度と遠心力とタイヤのグリップが際どいバランスを保って、この傾きでコーナリングを行っているので、バンプは大敵。そのコースで無類の強さを発揮するマルケスの才能は頭抜けている(写真/MotoGP.com)

 このことばから逆説的に見てとれるのは、マルケスの考える「自然にバイクに乗ること・存分に性能を発揮すること」という水準は、おそらく誰もがふつうに考えるものよりも、はるかに高い場所、おそらくは皆が見えると思ってもいないような高みにあるのだろう、ということだ。

 体力の戻り具合やバイクの扱いかたに関しては、こうも述べている。

「どこまで戻っているかわからないけど、ブレーキポイントで少しずつ体の姿勢を維持できるようになってきた。でも、ブレーキングから旋回動作にかけては、まだ気持ちよく走れていない。自分の強みは(リアタイヤを)滑らせながらコーナーへ進入する乗りかただけど、それがまだ充分にはできていなくて、他の人たちと同じような走りかたになっている。理想的な状態からはまだ遠いけれども、それなりには乗れている」

 これはつまり、マルケスが考える自分本来のライディングは他の選手たちと異なる次元にある、と述べているのと同じだ。

 自己評価では理想的な状態をまだ取り戻せていない現状でも、マルケスは優勝できるという充分な手応えを摑み、しかもかつてと同様の圧倒的な強さを披露して圧勝してみせた。その意味で、今回のCOTAでの勝利は、6月にザクセンリンクで遂げた復帰後初優勝のとき以上に、彼の抽んでた〈人間の性能〉がよくあらわれた一戦だった、といってよさそうだ。

 天才とは、外部からなにかをインプットする受容能力であれ、身体機能をつうじて己の裡にあるものを最大限に機能させるアウトプット方向の能力であれ、常人をはるかに超えるレベルの〈人間の性能〉を備えているからこそ、天才として抽んでた力を発揮するものだろう。

 大きな負傷からの復帰を果たす際に、怪我それ自体は癒えたとしても、負傷前に備わっていた並外れた受容感覚や身体能力が以前と同等の状態に戻らずかつての輝きをうしなってしまう、という例は、過去にいくつかの例がある。通常ならばまったく問題がないレベルの回復でも、そもそもの〈人間の性能〉が突き抜けた高みにある天才たちの場合には、常人には察知できず行使できないレベルの、ごく繊細で精妙きわまりないなにかを取り戻せないことがあるのかもしれない。

 そして、マルケスが復帰に際してもっともおそれていたことのひとつが、ひょっとしたら、この「常人とは違うレベルの感覚をはたして取り戻すことができるかどうか」という危惧だったのではないか。復帰前後の彼の言動を見ていると、そんな気がする。

 しかし、今回の第15戦で見せた圧倒的な優勝から見てとれるのは、そもそも彼の「常人と違うレベル」の高みがあまりにも突き抜けているために、その途上にある過程でも歯車が噛み合ったときには異次元の強さを発揮してしまう、という、ある意味では身も蓋もない現実だ。

 そのマルケスが本来の並外れた能力を取り戻すであろう2022年に直面する相手は、今シーズンに速さと安定感を見せながらチャンピオンシップをリードするファビオ・クアルタラロであり、そのクアルタラロをランキングで追う、曲がらないといわれるドゥカティのマシンをいとも簡単に乗りこなす才能のきらめきを見せつつあるフランチェスコ・バニャイア、という年下のライバル選手たちだ。

最短では、次のレースでチャンピオンが確定するクアルタラロ。フランス初の最高峰クラス王者誕生が目前に迫っているが、アメリカズではマルケスに迫れず(写真/MotoGP.com)

クアルタラロを52ポイント差で追うバニャイア。次戦エミリアロマーニャGPの舞台は、第14戦でポールトゥウィンを決めたミザノワールドサーキット・マルコ・シモンチェッリだ(写真/MotoGP.com)

 彼らはマルケスがおそらく初めて直面する「新世代擡頭の脅威」であり、同時に、クアルタラロやバニャイアたちにとってマルケスという存在は、自分たちの資質が歴史的なレベルで抽んでたものであるかどうかを試される大きな壁になるのだろう。

 また、今回のレースでは、ずばぬけた〈人間の性能〉というものについて、ある異なる側面が垣間見えたことも付記しておきたい。

 バレンティーノ・ロッシは、このレースを最後列の7列目20番グリッドからスタートし、優勝したマルケスから28秒遅れの15位でゴールした。

レースを走るロッシの姿を見られるのは、あと3戦。世紀のスーパースターの〈グランドフィナーレ〉が刻一刻と近づいている(写真/MotoGP.com)

 前回COTAでレースが行われた2019年に、当時40歳のロッシは激しい優勝争いのバトルを繰り広げ、0.462秒差で2位のチェッカーフラッグを受けている。最高峰クラスで89回の優勝を含む199表彰台を獲得してきた比類なき天才の資質は、この時期すでに緩やかな下降線を辿りつつあったとはいえ、それでもなお一定以上の高い水準を維持し続けていた。それがすでに驚異的なことだ。だが、そこからさらに1年半が経ったいま、その「一定以上の高い水準」すら、もはや彼から見ることができない。

 バレンティーノ・ロッシが人類史的な天才であることは論を俟たない。しかし、その天才を天才たらしめているなんらかの成分は、時とともに失われてしまう揮発性のものでもあるのだろう。直視するにはやや哀しい現実ではあるが、人が生きていくというのはおそらくそういうことなのだ。

 バレンティーノ・ロッシはこのあと3回のレースを戦って、11月14日に26年間の現役活動へ終止符を打つ。

 

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プロフィール

西村章

西村章(にしむら あきら)

1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。

 
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