MotoGP2021王者クアルタラロが今年最も成長したポイント

MotoGP最速ライダーの肖像 2021

西村章

MotoGP最速ライダーの肖像』(西村章・著/集英社新書)発売を記念して、今季のMotoGPと、そこで戦うライダーの実像をお届けしてきたこのレポート。今回は、10月24日に行われた第16で今季のタイトル争いが決まったことを受け、新王者に対する評価と今季の振り返り、最後に地元で最後のレースを終えたロッシの話などをお届けする。

 

 2021年のMotoGP世界チャンピオンが誕生した。

 10月24日の第16戦エミリアロマーニャGPで、ランキング2位のフランチェスコ・〈ペコ〉・バニャイア(Ducati Lenovo Team)は逆転王座を目指し、ウィークを通じて気魄(きはく)に充ちた走りを見せた。ポールポションからスタートして、決勝レースでも終始トップを走り続けた……が、ゴールまで数周と迫ったところで転倒して自滅。これにより、ファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)の2021年MotoGP世界チャンピオンが決定した。

MotoGPクラス3年目の22歳。高い資質には以前から定評があった。精神的な強さを身につけ、フランス人初の世界最高峰チャンピオンに(写真/MotoGP.com)

 結果論だが、この決勝レースでの難しい状況を乗りきったマネージメントにこそ、2021年のチャンピオンを獲得するに至ったクアルタラロのエッセンスのようなものが詰まっているようにも思える。

 まずは彼がチャンピオンを確定させたレースの経緯を簡単に振り返っておこう。

 この第16戦は、どちらかといえばクアルタラロは守勢に回る格好で週末が推移した。徹底して果敢に攻勢を維持し続けたのは、むしろタイトル争いで後がないバニャイアのほうだった。

 前戦の第15戦アメリカズGPを終えた段階で、ランキング首位クアルタラロと2位バニャイアの差は52ポイント。シーズン全18戦なので、今回の第16戦を終えたときに50ポイントの差がついていれば、チャンピオンが確定する。優勝25、2位20、3位16というポイントシステムである以上、バニャイアがクアルタラロの前でゴールすれば、両者の点差はほぼまちがいなく50ポイントを割る。しかも、バニャイアは第13戦から15戦まで3戦連続でポールポジションを獲得し、決勝レースでも優勝―優勝―3位、という結果を残している。

 とくに今回の舞台ミザノワールドサーキット・マルコ・シモンチェッリは、14戦サンマリノGPでも戦ったコースだ。その際にはバニャイアがオールタイムラップレコードを塗り替えてポールポジションを獲得し、決勝では一度も前を譲らずに優勝を決める、という完璧なレースウィークをすごしている。

 このように、圧倒的な強さを見せるバニャイアと勝負して彼を上回り、ここでクアルタラロがタイトルを確定させることはおそらく難しいだろう。しかも、かなりのリスクも要求される。ところが、ターゲットを最終戦ひとつ手前である次戦アルガルベGP(ポルトガル)に先送りしてみると、タイトル獲得の要件である両者のポイント差は、25点でよいことになる。そうなれば、戦い方もかなりの余裕を持てそうだ。このような計算から、今回クアルタラロは無理をせずにタイトル獲得の照準を次戦へ持ち越す、という現実的な考え方を採っていた。

 なんといっても、クアルタラロはこのレース、5列目15番手グリッドから決勝をスタートする。この位置からポールポジションのバニャイアへ食らいついていくのは、かなりの難易度だろう。こんな低位に沈んでしまったのは、この週末、金曜と土曜の午前に雨が降り、温度条件も低い状態で推移したため、コンディション変化等にうまく対応しきれなかったからだ。いっぽう、チャンピオン争いであとがないバニャイアは、渾身の走りでポールポジションを獲得した。

雨では低位に沈んだ。ウェット路面でもメカニカルなグリップを発揮してぐいぐい走るドゥカティと比較して、ヤマハ陣営の不利という要素も大きい(写真/MotoGP.com)

「勝つこと。それが、チャンピオンシップをオープンにしておくために自分ができる唯一の方法。明日のコンディションがどうなるのかはわからないけど、スタートから飛ばして差を開き、レースをコントロールしたい」

 土曜の予選後にそう述べたことばにも、バニャイアの気魄がはっきりとあらわれている。

 じっさいに、決勝はこのことばどおりに推移した。

 後方からマルク・マルクス(Repsol Honda Team)が僅差で迫るものの、バニャイアは終始トップを譲らず、優勢にレースを進めた。ところが、緊迫感に充ちた全27周のレースがほぼ残り4周となった23周目の最終区間で、いきなりフロントタイヤが切れ込んで転倒。まさかのノーポイントレースになってしまった。

 このとき、優勝争いからかなり引き離された後方で4番手争いをしていたクアルタラロは、バニャイアがいなくなったことで表彰台争いへ繰り上がったことになる。                                            

「今日のレースは15番手スタートで厳しい展開になるだろうし、ペコが今回勝ったとしても、次でチャンピオンを獲得できると思っていた。だから、今回の目標は4位で10ポイントを稼ぐことだった」

 レース後に、クアルタラロは事前に想定した決勝戦略をこのように明かしている。そして、そのように思い描いた戦略をレース本番できっちりと展開してみせたところに、今年の彼の強さがあらわれている。

 繰り返すが、このレースでクアルタラロは5列目15番グリッドからスタートしている。彼が2019年にMotoGPに昇格してから、もっとも悪いグリッドポジションだ。

 2021年シーズンの彼は、開幕以来ほとんど毎回フロントローからスタートしてきた。土曜の予選でいつもトップタイムを争い続けて、いちばん悪かったときでも2列目5番グリッド(第2戦)。それ以外は毎回フロントローで、うちポールポジションは5回、2番グリッド5回、3番グリッド4回。それらと比較すれば、今回第16戦の15番グリッドが、いかに彼には珍しい低スタート位置だったかということがよくわかる。

 この、全23選手中15番目という後方の位置からレースを開始し、最後は表彰台寸前の4番手まで浮上してチェッカーフラッグを受けたのだから、着実にポジションを上げてゆくレースマネージメントという面でも、上々の内容だったといっていいだろう。

圧倒的な速さで終盤までレースを優位に進めた〈ペコ〉バニャイア(中央・先頭)。もしも勝っていれば、シーズンはさらに混沌としていたはず……。ちなみにクアルタラロは左端の赤いヘルメット。ここから4位まで追い上げていた(写真/MotoGP.com)

 去年までの彼は、けっしてこうではなかった。

 2020年の成績を振り返ると、最高峰クラス2年目のこの年、スペイン・ヘレスサーキットで連続して行われた序盤2戦では、ともにポールトゥウィンを達成。最初の勝利は最高峰クラス初勝利。そして翌週のレースでも優勝と、このときのダブルウィンには、新型コロナウイルス感染症の蔓延に翻弄される世界の鬱屈を吹き飛ばすような、なにかキラキラした新世代の〈スタア誕生〉を思わせる活力があった。

 しかし、当時21歳でMotoGPの経験がまだ充分ではなかった脆さは、とくに精神面に大きく影響した。

 調子がいいときは目の覚める速さを発揮するが、なにかの拍子に調子が狂うと崩れるのも早い。被害を最小限に食い止め、ダメージを抑えながらそこから立て直してゆくことができず、いったん何かが食い違いはじめるとそのままどんどんリズムを乱して悪循環にはまりこんでゆく、そんな傾向があった。

 たとえば、上記のヘレス2連勝の後は、7位―8位―13位、という結果が続き、その後一度は優勝を手にするものの、以後はポイント獲得圏の15位以内に入るのもやっと、というレースが続いた。シーズン最終盤の3レースは、予選で11番手―11番手―5番手、決勝レースは14位―転倒―14位、という凡庸な結果で終えている。

 対照的に、この年にチャンピオンを獲得したジョアン・ミル(Team SUZUKI ECSTAR)の場合は、予選グリッドこそ振るわなかった(余談になるが、この予選のまずさが去年も今年もスズキ陣営の課題になった)ものの、粘り強い追い上げの強さを活かして、決勝レースではほぼ毎戦安定して表彰台を獲得し続けた。それが、彼らの20年ぶりの王座獲得につながった。

 安定して好成績を収めること。それをだれよりも高いレベルで達成した者が頂点に君臨するのは、当然の話だ。

 この〈安定感〉を獲得するためにクアルタラロに必要なものは、精神面の強さだった。一時的な悪状況や成績低迷に直面しても動揺しない平常心の獲得、といってもいいだろう。その必要性を充分に自覚していた彼は、シーズンオフの間にメンタルトレーニングに積極的に取り組んだ、と2021年の開幕間もない時期に明かしている。

 その効果は、開幕後のシーズン序盤にさっそくあらわれたようだ。

 第4戦スペインGPで、クアルタラロはポールポジションからスタートし、決勝レース途中まで独走状態で快走していたものの、後半に失速。えぐるように順位を落として、最後はポイント圏内ギリギリの13位でなんとかゴールした。原因は腕上がり(腕の酷使等による極度の筋肉疲労)だった。さっそく手術をして対応したものの、このような事態があれば、去年の彼ならその悪影響でリズムを乱して成績も低迷しがちだったところだ。

 しかし、2021年は、以後のレースでも連続してポールポジションを獲得し、フランスGPル・マンで3位、イタリアGPムジェロでは優勝を達成する。

 このムジェロでは、ポールシッターのクアルタラロに対して、2番グリッドからスタートしたバニャイアが序盤から猛烈な勢いでトップを奪取、そのまま逃げ切るかとも見えたが、その矢先に転倒。結果的に、クアルタラロがポールトゥウィン、という形になった。

 このイタリアGPムジェロがシーズン明暗を分けた、という点で、クアルタラロとバニャイアの見解は一致している。

「ペコが2周目にミスをして、その後、ヨハン(・ザルコ、Pramac Racing/Ducati)とバトルになり、引き離して勝つことができた。腕上がり手術の後でもあったし、ここ数年ずっとドゥカティが勝ち続けてきたコースで、ヤマハのマシンで優勝した。あそこで自信を取り戻すことができて、シーズンのキーポイントになったと思う」(クアルタラロ)

「ムジェロでトップを走りながらクラッシュしたときに、チャンピオンシップの流れが決まったように思う。レッドブルリンク1戦目(第10戦スティリアGP:11位)では、タイヤが機能しなかった。シルバーストーン(第12戦イギリスGP:14位)でも、別のタイヤを選択してそれがうまく機能しなかった。この3戦で、シーズンの帰趨が決まったような気がする」(バニャイア)

 ちなみにバニャイアが言及したスティリアGPとイギリスGPでは、クアルタラロは3位と優勝を飾っている。

 クアルタラロの精神的な成熟が感じ取れた場面は、他にもあった。

 第7戦カタルーニャGPだ。このときは、ポールポジションからスタートしながら決勝レース終盤にレザースーツの前ジッパーが全開状態になって走行リズムを乱し、さらにそれに対するペナルティも受けて6位、というレースリザルトになった。しかし、この結果を受けて取り乱すこともなく、昨年までのように精神的に動揺する危なっかしさはもはや見られなかった。高度な安定感を保ち、以後のレースでも表彰台を獲得し続けた。

 このように今シーズンのクアルタラロの〈成熟〉具合を眺めてくると、今回の第16戦でずば抜けて悪い15番グリッドに沈みながら落ち着いて順位を回復して4位で締めくくった戦いかたは、まさに今季の彼を象徴するレース内容であったことがよくわかる。

 バニャイアの背後に終始ピタリとつけ、彼の転倒後はトップを独走して優勝したマルケスが、今季のクアルタラロの高度に安定した走りついて、このように評している。

終盤まで続いた緊迫のトップ争い。前のバニャイアが転倒し、後方のマルケスは、残りの周回を独走。右回りコースで今季初勝利を挙げた(写真/MotoGP.com)

「今シーズンのファビオは誰よりも速かったし、誰よりも安定していた。厳しいレースになったときでも、少なくともトップファイブに入り、ほとんど毎回表彰台を獲っていた」

 そのマルケスは、今回優勝したことで復帰以来の3勝目となった。以前の2回が得意の左回りコース(第8戦ドイツGP・ザクセンリンク、第15戦アメリカズGP・COTA)であったのに対して、今回の勝利は負傷した右腕を酷使する右回りのサーキットだ。それだけに意義が大きい、とマルケスはレース後に述べている。ただし、金曜と土曜の雨で無理をしなかったために体力を温存できた側面が大きい、と留保もしている。とはいえ、「少しずつ体調も良くなっているし、良くなるにしたがって結果もついてきた」と話すとおり、2022年シーズンは若き新チャンピオンのクアルタラロにとって、マルケスが最大の脅威であり壁になることは間違いないだろう。

 ここまでの16戦を振り返ると、クアルタラロは5勝を含む10表彰台。最低結果は腕上がりで大きく順位を落としたヘレスの13位。ノーポイントレースはひとつもない。たとえば、負傷する前のマルケスを見てみると、2019年は1度のノーポイントを除き、それ以外の18戦ですべて表彰台に登壇している。やはり、たとえどんなに調子が悪くても可能な限り高い水準を維持すること。それが、長期的に他の選手たちとの差を広げ、王座を射程に収めるかどうかの分かれ目になる。

 その意味で、レース後のバニャイアが以下のような言葉を発していることは、来シーズンの争いを見据えるうえでも示唆的だ。

「チャンピオン争いには負けた。来年は今年の失敗を教訓に、ここ4戦でやってきたように、いつもトップを争えるようにしたい。去年は、ファビオがいまの自分のような状況にあった。勝ちはじめた反面、とくにシーズン終盤に大きく失速したようだけれども、いまの自分はまさにそんな状態。だから、来年はもっと余裕を持って高いレベルで走ることができると思う」

 そして、このバニャイアの恩師、バレンティーノ・ロッシ(Petronas Yamaha SRT)にとって、今回のエミリアロマーニャGPは地元イタリアでの最後のレースだった。ここミザノワールドサーキット・マルコ・シモンチェッリは、自宅のあるタブリアからわずか10kmほどの距離で、まさに目と鼻の先、いわば庭のような場所だ。少年時代に生まれて初めてレース用バイクで走った場所が、ここミザノだったという。

 様々な点で彼自身とイタリアのファンにとってはかけがえのない会場で、それだけに地元最終戦の今回は、ロッシにもファンにも感慨深い週末になったようだ。ロッシは、26年間の感謝の意を表するスペシャルヘルメットで臨んだ。また、自らが主宰するVR46アカデミーを母体とするヤングライダー育成チームのスタッフと選手たちは、〈Grazie Vale〉(バレンティーノありがとう)と大きなロゴを配したデザインのマシンとウェアで週末に臨んだ。

 土曜の予選を終えて獲得したグリッドは、8列目23番手。数々の記録と伝説を残してきた稀代のスーパースターが、全力でタイムアタックに挑んでも、獲得した場所は最後尾だった。人間の感情を斟酌しない現実はやはり、容赦がない。だが、日曜の決勝レースでは、なんとか10位でチェッカーフラッグを受けた。今季4回目のトップテンフィニッシュだ。

日曜日、サーキットを訪れた3万5000人のファンが見守る観客席は、ロッシ(左端)のトレードマークである黄色に染め上げられていた(写真/MotoGP.com)

 そのロッシのはるか前方では、VR46アカデミーの卒業生であるフランチェスコ・バニャイアがチャンピオン争いに敗れて転倒した。そして、ロッシに憧れてレースを始めた世代のファビオ・クアルタラロは、かつてロッシの在籍していたファクトリーチームのライダーとして、自らがその衣鉢(いはつ)を継ぐ格好で新たな世界チャンピオンとなった。10月24日14時にミザノワールドサーキット・マルコ・シモンチェッリで繰り広げられた27周のレースは、二輪ロードレースの世代と時代が継承されてゆく節目の時間でもあったのだろう。

 バレンティーノ・ロッシはあと2回の戦いを経て、現役活動から退く。

 

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プロフィール

西村章

西村章(にしむら あきら)

1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。

 
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