昨年の王者がそろって撃沈。MotoGP2022開幕戦レポート

MotoGP最速ライダーの肖像 2022

西村章

 3月6日、今年のMotoGPシーズンが幕を開けた。昨年はヤマハのファビオ・クアルタラロがフランス人として初のチャンピオンに輝き、メーカーではドゥカティがコンストラクター王座を獲得。今年もその活躍が予想されていたのだが、ふたを開けてみれば、開幕戦で彼らはそろって振るわず…どころか、なかなかの重症ぶりを露呈させてしまったのだ。これだから開幕戦は恐ろしく、そして興味深い。

 その詳細を、新書プラスでおなじみのモータージャーナリスト・西村章氏が解説する。

 

 MotoGPは、いつも中東の資源国カタールからシーズンがスタートする。カタールGPがレースカレンダーに初めて組み込まれたのは2004年。2007年に開幕戦となり、以降は毎年のシーズンオープナーに定着した。その翌年2008年からはナイトレースとして行われることが通例になった。レースが始まった2000年代前半当初は物珍しかった中東の地も、いまではレースファンにすっかり馴染みのある風景だ。そして、それこそがカタールが国を挙げてMotoGPを誘致し、幻想的なナイトレース興行を続けている大きな理由のひとつといっていいだろう。

 MotoGPの開催地では、週末に向けて木曜日に様々な事前プロモーションイベントを実施する。その国や土地に特徴的な観光地や文物などを紹介して興趣(きょうしゅ)をいっそう盛り上げよう、という狙いだ。今回のカタールGPでは、2021年チャンピオンのファビオ・クアルタラロ(Monster Energy Yamaha MotoGP)、ランキング2位のフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)、3位のジョアン・ミル(Team SUZUKI ECSTAR)の三選手が、今冬にサッカーワールドカップを開催するルサイル・アイコニック・スタジアムを訪問した。

左からクアルタラロ、バニャイア、ミル。会場へは、W杯アンバサダーを務める元ブラジル代表カフー(右端)が先導した(写真/MotoGP.com)

 中東諸国は世界的メガスポーツイベントの誘致開催を精力的に行っているが、なかでもサッカーW杯は巨大イベント中の巨大イベントだ。カタールは数年前からこの大会に向け、スタジアム建設や鉄道敷設と延伸などの大型工事を続けてきた。砂漠に囲まれてただでさえ埃っぽいドーハの街は、日夜を徹して続くこれらの工事でさらに白い埃がしじゅう舞っていたような印象もある。

 これらの工事に携わっていたのが、インド、パキスタン、バングラデシュ、フィリピン、ネパール等からやってくる、いわゆる出稼ぎ労働者たちだ。この出稼ぎ移民労働者たちは「カファラシステム」という制度でパスポートを雇用主に管理されているため、労働移動や出国の自由を制限され、劣悪な条件の苛酷な仕事に従事させられてきた。

 壮麗なスタジアムや整然とした地下鉄ホーム、街中にそびえ立ついくつもの五つ星ホテルが、国際的に批判の多いこのカファラシステムによる巨大建設プロジェクトで造成されたものであることは、指摘しておいていいだろう。超近代的な街の姿の裏に潜むこの後ろ暗い現実は、しかし、モータースポーツやサッカーW杯、数々の国際選手権大会などの華やかさに上書きされて「見えないもの」にされてゆく。

 オリンピック等の関連で日本のメディアでもときおり最近目にするようになった〈スポーツウォッシング〉とは、要するにこういうことだ。このスポーツウォッシングに関わる諸問題については、近日中に当サイトで別途連載を開始して詳細に論じてゆくことにしたい。

 

 さて、MotoGP開幕戦である。2022年のMotoGPは、この世界を長年支えてきた伝説的ライダー、バレンティーノ・ロッシがいない初めてのシーズンになる。

 長年、2ストローク500ccの排気量で争われてきた二輪ロードレース世界選手権の最高峰は、2002年に技術規則を大幅に改定し、4ストローク990ccのMotoGP時代になった。排気量は990ccから800cc、そして現在の1000ccへと何度かの細かい変更はあったものの、この20年間で世代と地域を越えて世界的に広がったMotoGP人気の中心にはいつもロッシがいた。全クラスで計9回の世界タイトルを獲得してきたロッシは、昨年末に42歳で現役を引退。「ロッシ不在」の時代に対する不安や懸念は、彼がまだ現役の第一線で活躍している当時から囁かれてきた。

 だが、近年に擡頭してきた若い選手たちの個性や、参戦各メーカーのそれぞれに特徴的なマシン作りなどを見ていると、二輪ロードレースならではの豪快さとスリルと華やかさはやはり今も健在で、ロッシ不在による人気低迷はかつて言われていたほどの過剰な心配をする必要もなさそうだ。

 ライダーの顔ぶれもじつに多彩だ。たとえば、ロッシ現役時代に頭角を現して様々な最年少記録を塗り替えてきたマルク・マルケス(Repsol Honda Team)は現在最も人気の高いライダーのひとりだろうが、彼もすでに29歳となり、立場としては今の若手選手たちに追われる側になっている。追う側の代表格は昨年のチャンピオン、フランスに初めての最高峰クラスタイトルをもたらした22歳のファビオ・クアルタラロ。天才的なブレーキング技術を持つ一方で、聡明で落ち着いた精神的成熟を身に付けたことが昨年のタイトル獲得に大きく寄与したことは万人の認めるところだろう。

2013年に20歳で最高峰へ昇格したマルケスも今年で29歳。2020年は右腕骨折で一年をまるまる棒に振ったため、今年は事実上9回目のシーズンになる(写真/MotoGP.com)

ロッシが抜けたヤマハでエースの座を引き継いだ格好のクアルタラロ。王座を守り抜くことができるかどうか、今年は正念場の一年になる(写真/MotoGP.com)

 昨年ランキング2位のペコことフランチェスコ・バニャイアは25歳。いかにも現代風の整った顔立ちで礼儀正しい好青年といった雰囲気を持ちながら、昨シーズン後半戦では5戦連続ポールポジションを獲得し、2連勝を2回達成した。いまや押しも押されもせぬ、ドゥカティ陣営の美形エースである。

昨年後半戦には圧倒的な強さと速さを披露したバニャイア。人気・実力ともに次世代のMotoGPを担う逸材のひとりだ(写真/MotoGP.com)

 2020年、スズキの創業100周年という記念すべき年にチャンピオンの座を獲得したジョアン・ミルは、冒頭に述べたとおり昨年はランキング3位で終えた。が、24歳という年齢を考えれば、マシンの成熟次第で今後さらに強さを増していくと考えるのは自然だろう。明朗快活で直情径行型の〈陽〉な性格も、強者揃いのMotoGPで彼のキャラクターをいっそう際だたせているように見える。

2020年王者のミルは、昨シーズン年間総合3位で終えた。バイクの開発進歩とともに、今年は王座奪還を狙う(写真/MotoGP.com)

 彼ら以外にも、いかにもオージーらしい豪放磊落なあんちゃん然としたジャック・ミラー(Ducati Lenovo Team)、喜怒哀楽をハッキリあらわすところに兄弟らしさが現れているアレイシ(Aprilia Racing)とポル(Repsol Honda Team)のエスパルガロ兄弟、最高峰クラスで3回の優勝経験を持つトップライダーでありながら歯科医資格取得の学習も継続している知性派ミゲル・オリベイラ(Red Bull KTM Factory Racing)、そして、ロッシが去って最年長選手となった沈着冷静な賢人、アンドレア・ドヴィツィオーゾ(WithU Yamaha RNF MotoGP Team)等々、世界の頂点で最速を競う選手たちは、やはりいずれも個性豊かな面々ばかりだ。

 

 今回の開幕戦カタールGPは、ロシアがウクライナへの侵略を開始して1週間目の3月3日(木)にレースウィークの進行が始まった。木曜日は冒頭に記したプロモーションの事前イベントに割り振られ、実際の走行がスタートするのは金曜日。ただし、今回はシーズン開幕戦なので、木曜の午後に選手たちはグリッドに揃って集合写真やバイクに跨がった写真撮影が行われる。

 この集合写真撮影の際、MotoGPライダーとマシンがグリッド上に居並ぶ前方には“United for Peace”(平和のために団結しよう)と記したパネルが設置された。ライダーたちも、金曜からセッションがスタートすると、“Give Peace a Chance”(平和を我等に)と記したステッカーをヘルメットに貼って走行する選手や、ウクライナ国旗のカラーリングを模したハートマークのステッカーをバイクに貼って連帯をアピールする選手、決勝レースのグリッドで“Peace, Not War”(戦争ではなく平和を)と記したパネルを掲げる選手など、様々な形でロシアの侵略行為に対して反対の意思をアピールした。

“United for Peace”のロゴは、レース中も国際映像の画面の右下隅にずっと表示された(写真/MotoGP.com)

 レースウィークの推移に話を戻そう。まず大きな注目を集めたのは、ドゥカティ勢の動向だ。ホンダ、ヤマハ、スズキ、KTM、アプリリアといった他メーカーを圧倒する全8台という大所帯もさることながら、近年では革新的なアイディアの新技術を率先して採用し、他社がそれに追随するという点でも重要な存在になっている。

 エンジンも、他を圧するパワーはドゥカティのアイデンティティとも言える重要なポイントだが、今回の開幕戦ではこれらの技術要素が裏目に出た。ファクトリーチームのバニャイアとミラーは、「バイクのセットアップと電子制御を合わせこめず、レースへ向けた万全の備えができなかった」(バニャイア、日曜決勝後談)ことが仇となり、結果的にバニャイア転倒、ミラーはマシントラブルによるリタイアで終えた。

 優勝を飾ったのは、同じドゥカティ勢でも昨年仕様の2021年型を駆るエネア・バスティアニーニ(Gresini Racing MotoGP)だ。バスティアニーニはルーキーイヤーだった昨年に、後方からのスタートでも決勝レースでじわじわと追い上げ上位フィニッシュする場面が何度もあった。それだけに、フロントローの2番グリッドスタートになった今回、高い結果を期待されていた。

 レースは予想以上の展開になった。先頭を走っていた選手との差を少しずつ詰め、終盤にオーバーテイクしてトップへ。最後は独走態勢に持ち込んで、MotoGPクラス初優勝を飾ったのだ。普段は穏やかな物腰で、いつもニコニコ笑顔を絶やさぬ若者だが、レースになると一転、今回のように獲物を追う野獣のような走りを見せる。その様子と名前を掛け合わせてついたあだ名が〈Bestia(ベスティア):イタリア語で「野獣」の意〉。

「どのコースでも今回のように速く走れるかどうかはわからないけど、ポテンシャルはあると思う。いつも表彰台争いをできるようにこれからも全力で走る。表彰台に上がれないときもあるだろうけど、とにかくがんばりたい」

 レース後に温厚な笑みを見せて話す様子は普段のままで、小排気量クラスMoto3を走っていた少年時代と何も変わらない。

 ちなみに、バスティアニーニが所属するグレシーニ・レーシングは、かつて加藤大治郎や中野真矢、青山博一たちが所属していたこともあるチームなので、日本人ファンの中にも親近感を抱く人は多いだろう。チーム創始者のファウスト・グレシーニ氏は新型コロナウイルス感染症のため、残念ながら昨年2月に他界したが、今年から夫人のナディア・パドバーニ氏が亡夫の遺志を引き継いでマネージャーに就任している。その記念すべき第一戦目に優勝をプレゼントしたバスティアニーニは、Moto3時代にこのチームからデビューしたという意味でも、今回のレースは非常に象徴的で感動的な結果であった。

バスティアニーニの世界選手権デビューは2014年、グレシーニ・レーシングのMoto3クラスだった。その古巣へ戻ってきた初戦で劇的な初優勝を達成した。奥がマネージャーのナディア氏(写真/MotoGP.com)

 ドゥカティに絡んで、スズキも取り上げておきたい。今回のレースウィークでは、多くの選手たちが、今季のスズキは手強そうだと指摘した。スズキのバイクは高い旋回性能と取り回しの軽さが持ち味で、エンジンパワーがモノを言う直線のスピードではドゥカティやホンダに対し、後塵を拝していた。

 それが今回はドゥカティと互角か、ときに勝る最高速を記録した。このトップスピード向上はエンジンの馬力をがむしゃらに上げた結果というよりも、空力特性の改善や車高調整デバイス使用による加速性向上など、いわば重箱の隅をつつくように細かな部分を詰めて行った結果のようだ。そのあたりの細かな工夫の積み重ねは、相談役に退いた鈴木修氏が社長時代に「中小企業のオヤジ」を自称していたいかにも浜松の企業らしい創意工夫、という感もある。

 決勝レースではミルが6位、チームメイトのアレックス・リンスが7位、と当初の期待ほどにはふるわないリザルトに終わった。ミルはレース後に「正直、もっと行けると思っていた」と失望を露わにしたが、スターティンググリッドはミルが3列目8番手、リンスが4列目10番手だった。このスタート位置の低さが、ふたりの決勝の走りに影響した面は否めないだろう。

前をゆくアレイシ・エスパルガロ(アプリリア)を追うミル(中央)。少し離れた後方にはスズキのチームメイトのリンス(左)の姿も(写真/MotoGP.com)

 一方、スズキと似たマシン特性の傾向があるヤマハは、スズキと対照的にトップスピード向上で苦労を強いられていた。レースは直線が速ければ勝てるという単純なものではなく、ロッシがいた時代からヤマハは直線の不利をブレーキングや旋回性で補って勝負してきた。しかし、今回の決勝レースではクアルタラロは最初から最後まで中段グループに埋もれたまま抜け出せず、9位という冴えない結果に終わった。

 週末全セッションの走行記録を見ると、最高速度ベスト2はスズキのミルとリンスであったのに対し、ヤマハ勢4名は全員が全24選手中20位以下。クアルタラロは21番手(348.3km/h)で、1位のミル(357.6km/h)とは9.3kmの時速差がある(ちなみに、ミルの記録を秒速に換算すれば99.33m。クアルタラロは96.75m。つまり、ふたりの距離は1秒間で約2.5m離れてしまう計算になる)。開幕戦のデータだけでシーズン全体の帰趨を推し量るのは早計だが、この速度差をどこまで改善できるかが2022年のヤマハにとって大きな課題になりそうだ。

決勝レースでは苦戦を強いられ、厳しいシーズンスタートとなったチャンピオンのクアルタラロ。その後方には転倒する前のバニャイアの姿が見える(写真/MotoGP.com)

 他陣営についても少し手短に触れておくと、シーズン前テストで遅れを取っていたKTMは、ファクトリーライダーのブラッド・ビンダーが2位に入る健闘を見せている。今季も伏兵的な強さを発揮することは充分に期待できそうだ。

 ホンダはレース序盤からトップを独走したポル・エスパルガロが、終盤のミスで順位を落として3位に終わった。可能性が見えていた優勝を逃したのは残念だが、マルケスと異なるライディングスタイルのエスパルガロが、表彰台を獲得したことの意味は大きい。マルケス頼みの傾向が強かったホンダは、昨年はリアのグリップに大きな問題を抱えており、HRCの技術陣もそこを克服課題として今シーズンのマシン開発を進めてきた。リアに強い負荷をかける傾向のエスパルガロが自分の持ち味を発揮して表彰台を獲得した事実は、ホンダのマシン開発が狙い通りに進んできたことのあらわれとみても良さそうだ。

ポル・エスパルガロはホンダファクトリー2年目。去年は中段あたりを走っていたが、今回は途中までトップを快走。リアブレーキを多用するスタイルに今年のホンダのマシンがしっかり応えた格好だ(写真/MotoGP.com)

 と、このように見てくると、2022年シーズンのMotoGP開幕戦は昨年のランキング上位3名が苦戦を強いられたのと対照的に、伏兵のようなライダーがドラマチックな優勝を飾るという、大方の予想を覆す波瀾の、しかし感動的な結果に終わった。様々なライダーとメーカーが入り乱れながら、それぞれの特徴と持ち味を発揮するレースだったという点では、きっと多くのファンが満足しただろう。

 バレンティーノ・ロッシという巨大なスーパースターが去ったシーズンには、次の時代を担う新世代の選手たちがいる。彼らがそれぞれの個性を発揮して繰り広げる、繊細でありながら豪快で緊迫感に満ちた二輪ロードレースの醍醐味を、今年もまた存分に愉しめそうである。

関連書籍

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プロフィール

西村章

西村章(にしむら あきら)

1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。

 
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