『トランスジェンダー入門』刊行記念イベントレポートvol.1

李琴峰×周司あきら×高井ゆと里
周司あきら

「トランスジェンダー」と聞いて、あなたはなにを連想するだろう?
トランスジェンダーの人は、人口の0.4〜0.7%ほど。だからトランスジェンダーのイメージは、当事者ではない人によってつくられ、流布することが圧倒的に多い。ではトランス差別が激化するなかで、何から始めるべきだろうか。
2023年7月14日に『トランスジェンダー入門』(集英社新書)が発売された。刊行を記念して、代官山蔦屋書店でのトークイベントが7月28日に開催された。
本書の著者であり昨年『トランスジェンダー問題』(明石書店)を邦訳した高井ゆと里さん、ゲストに性的マイノリティの生きる小説を数多く書いてきた芥川賞作家の李琴峰さんが登壇。筆者の周司あきらが、オンライン参加にて当イベントに加わった。

左から高井ゆと里さん、中央にオンライン参加の周司あきらさんのアイコンを挟み、李琴峰さん

『トランスジェンダー入門』が書かれた時代背景

2018年、2019年以降にトランスヘイトの波が日本にも上陸し、ヘイトスピーチがネットに溢れるようになった。
すると、トランスジェンダーへの注目も否応なく集まってしまう。『トランスジェンダー入門』はそんな需要に応える1冊といえる。しかし著者2人には「書きたくない」という気持ちもあった。

著者の高井さんは「環境変えていこうとか、差別をなくすとか、積極的な仕方で注目が集まってるのではない」と言う。「ヘイト言説や差別言説、LGBTムーブメントに対するバックラッシュとして望ましくない仕方で注目が集まってしまっているんです。『みんなトランスのことに興味なかったんだからほっといてくれよ』って、ほとんどの当事者の人は思っていると思います」と刊行の裏側を話した。

2010年代に性的マイノリティを指す「LGBT」というカテゴリーが知られるようになり、そこで「T=トランスジェンダー」という言葉も周知されていく。しかし同時に、「LGBT」という集合で捉えられる機会が増えたことで、かつて「性転換」や「性同一性障害」という言葉で認知されていたほどには「トランスジェンダー」単体で語られなくなったともいえる。

李さんは「LGBTの人たちはずっと昔から、時には仲違いしつつ共闘してきた歴史があると思うのです。とはいえ、コミュニティ内の力関係の差がどうしてもあるので、トランスジェンダーは二の次にされてきたという事実もある」と振り返る。

高井さんにとって、本書は「矛と盾」でいうところの「矛」の役割を担う本だという。トランスジェンダーについて知りもしないのに話題にする人が学校や会社にいたら、ぜひ本書を薦めてほしい。

高井ゆと里さん

性別をめぐる2つの課題

本書を読んで、李さんは「情報をまとめただけだから当事者でなくても書ける、と二人はお話しされているけれど、オリジナルな部分もありますよね」と指摘した。特に、第1章で説明される「性別をめぐる二つの課題」について。

本書では、「女の子として/男の子としてこれからずっと生きなさい」という一つ目の課題と、「女の子は女の子らしく/男の子は男の子らしく生きなさい」という二つ目の課題を、一旦分けることで話を進めている。トランスの人が引き受けられなかったのは、一つ目の課題だ。

例えばトランスジェンダーの女性に対して、「男らしさが嫌なだけでしょう?女らしい男として生きていけばいいのでは」と偏見が持たれることがある。けれども「男らしさが嫌なだけだろう」という認識は、その人が女性であるにもかかわらず、その「女性であること」が否定されていること、それと同時に「男であること」が押しつけられている、という現実から目を背けている。本書は、トランスジェンダーの人々が「女らしさ」や「男らしさ」を調整するだけでは「自分の性別」として生きていけるわけではない現実に目を向けさせる。

実のところ、これまでに書かれてきた自伝やトランスのYouTuberの話を聞くと、そのことに思い当たるかもしれない。たしかに性別に違和感を抱えているとき、トランスの人が抱く違和感は、「らしさ」への忌避感と混じり合っていることが多い。だが性別移行が納得いくところまで進んだトランスの人の場合、「トランス男性だけど男らしさはどうでもいい。女らしい格好も楽しめるようになった」というような語りもある。自分の背負っていた課題が単に「らしさ」の問題ではなく、別のところにあったと気づいているのだ。

高井さんによると、「性別をめぐる2つの課題」の発想は、クィア研究者でありアクティビストでもあるサラ・アーメッドさんの『フェミニスト・キルジョイ』(人文書院)から着想を得たと言う。

「『フェミニスト・キルジョイ』の冒頭で、「assignment」っていう概念を吟味してるんです。「assign」っていうのは英語の動詞で「割り当てる」という言葉で、assignmentには「宿題」や「課題」という意味があります。そこから、「女の子として生まれましたね、おめでとうございます」、「男の子として生まれましたね、おめでとうございます」と。この「おめでとうございます」は一生かけて果たさなければいけない課題を赤ん坊に背負わせることなんだっていうふうに、「assignment」っていう言葉から連想的に「宿題」や「課題」っていう言葉をアーメッドさんは出してくるんですよね。そこから着想を得て、『そうか、性別って課題だった』と」

第1章では、トランスジェンダーのことを「生まれたときに『あなたは女性だよ/男性だよ』と割り当てを受けたその性別集団の一員として、自分自身を安定的に理解できなかった人たち」と言い換えている。

李琴峰さん

文学と映画

話は、文学作品に移る。LGBTと呼ばれる人たちが文学作品の中で書かれる機会はあったものの、「レズビアン小説」や「レズビアン文学」などと明示されることはなかった。

李さんは「文学の世界は個人に着目しがち」で、直面する困難があっても「個人のレベルで解決しなければならない問題として書かれてきた」側面があると言う。だからセクシュアリティーやジェンダーアイデンティティーの問題、差別の問題など、社会構造と関係しているマクロな側面は不可視化されやすかった。李さんは「コミュニティーの話」が足りず、書かれるべきだと考えた。そうして誕生したのが、新宿二丁目に集う人々を描いた小説『ポラリスが降り注ぐ夜』(筑摩書房)だった。

世間では「LGBTという4種類の性的少数者がいるのだ」と解釈し、4つの箱をイメージする人が多いのではないか。だが李さんは、「むしろ村のよう」だと言う。「いくつかの村が大地に点在していて、村と村の境界線は実は非常に曖昧で、行き来したりとか、あるいは複数の村に家を持っている人たちだっている。そういう曖昧な関係こそが性的少数者、クィアと呼ばれる人たちの実像だと思うんです」

他方で、小説や映画などフィクションの作品を作る時には、難しいこともある。最近は当事者監修を入れて性的マイノリティの表象がうまくいっている事例も増えつつあるが、どこまで説明を入れるのがいいのだろうか。「このキャラクターは、こんなふうに正しい説明をしないだろう」と読者や視聴者に思われたら、人物造形としては失敗になりかねない。「説明しすぎるとかゆくなる」問題は、ひきつづき創作者が向き合う課題だろう。

また本書の第3章では、あらゆる場面でトランスジェンダーの人が直面しやすい差別事例を挙げている。「メディア〜表象と報道〜」という節(p.108-114)では、ドキュメンタリー映画『トランスジェンダーとハリウッド:過去、現在、そして』をもとに、映像作品におけるどのような表象が人々のイメージに悪影響を与えてきたかを細かく紹介している。例えば、現代でいうトランス女性的な人が、「殺人犯」や「恐るべき狂人」として描かれたり、サスペンスではいつも殺される役だったりした。トランスの実像が知られる代わりに、こうした断片的なメディアのイメージが先行してしまうことには注意しなければならない。

バックラッシュを転機にできるか

李さんは、トランスヘイトが激化する近年の状況を、「転機でもあるかもしれない」と言う。ノンフィクション作家の井田真木子さんは、『同性愛者たち』(文庫化の際は『もうひとつの青春―同性愛者たち』に改題)で90年代のゲイコミュニティについて書き上げた。あの頃、いったい何があったのか。

そう、世界的なエイズ禍だ。日本のゲイコミュニティーもエイズ禍を経験した。有名なのは、府中青年の家裁判があったことだろう。「動くゲイとレズビアンの会」(OCCUR[アカー])という同性愛者たちの団体が、東京都が運営している宿泊施設に泊まった際に、「同性愛者の集団だから」と嫌がらせをされた。挙句、東京都は「あなたたちがいたから問題なんだ」とOCCURの存在を問題視し、同性愛者の団体に今後の利用禁止を突きつけた。やがてOCCURは訴訟を起こし、勝訴した。これを転機にして、同性愛者たちはアイデンティティー・ポリティクスを発展させ、可視性を向上させてきた。

「トランスコミュニティーって、今、そういう過程なんじゃないかな。つらいと思うんですけれども、でも、多分変化の途中だと思うんです」と李さんは言葉を結んだ。

李さんの指摘するように、同性愛者の歴史とトランスの歴史には類似性がある。70年代のアメリカでは、反同性愛者活動家のアニタ・ブライアントが「私たちの子どもを救おう(Save Our Children)」というヘイト団体を結成した。同性愛者たちが私たちの子どもを勧誘して同性愛者にしようとしているとか、性的虐待の目的で子どもに近づこうとしているとか、そういう大義名分(屁理屈)で同性愛者を排除しようとした。

現在のトランスヘイトでも、「過激なトランス活動家が、子どもを性転換させようとしている」などと、同性愛者への排除と同じような理屈で、トランス排除が展開されることがある。

トランス差別の波は、SNSでの一時的な現象に収まらなかった。世間の理解が追いついていないトランスを狙い撃ちすることで、LGBT全体のポリティクスを後ろ向きにさせる現象は、もはや世界中で広まっている。

高井さんは「こうなってしまった以上は、表現はすごく悪いのだけど、闘うしかない」と話した。

本書は「穴を埋める」、つまり「必要とされているから書く」に至った本だった。他にもたくさん穴はある。トランスの人たちがトランスであることを理由に死ななくてもいい世界を実現するには、共に考え、実践していく仲間が必要なのだ。

撮影/野本ゆかこ

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プロフィール

周司あきら

(しゅうじ・あきら)
主夫、作家。著書に『トランス男性による トランスジェンダー男性学』(大月書店)、共著に『埋没した世界 トランスジェンダーふたりの往復書簡』(明石書店)、『トランスジェンダー入門』(集英社新書)。

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『トランスジェンダー入門』刊行記念イベントレポートvol.1