ドリンク無料キャンペーンのごとくバズる
武田 お茶の水女子大でしたか、トランスの方たちが入学できるようにすると。
高井 2018年に発表されて、入学できるようになったのは2020年度からですね。
武田 そのときも百田尚樹が、「よーし、今から受験勉強に挑戦」などとツイートしていた。
吉田 「俺も入学したる」みたいなこと言ってました。
武田 自分の場合、この人はいつもこうだな、と距離をとりながら指摘することができるけれど、当事者の人たちからしてみたら、またこの刺し方かよ、と自身に入り込んでくる。
高井 また来るかみたいな感じですね。
吉田 今配信のコメントで来てるのが、「保守派もリベラル派も、トランスジェンダー中傷へのリミッターの働かなさは特別な恐ろしさがありました」。そう、実は保守だけじゃないんですよね。
武田 今回のLGBT理解増進法の議論ではとりわけそうなりましたね。
高井 そうそう。完全にそうで。リミッター外れてますね。ちょっと想像してほしいんですけど、「女子大に入学しました」となって、その経歴は一生残りますよ。単に自分のことを男と理解していて、男として生活してる人が、「自分も女子大に入れるぞ」みたいな感じで、じゃあ仮に女子大に入ったとしましょうよ。それから、4年間女子大に通うんですか。つらいでしょ、それ。卒業した後、ずっと女子大卒業の経歴がついて回りますよ。実際のところ、その経歴がつきまとうのって、トランスジェンダーの人たちの状況に近いと思った方がいいです。男子校や女子校の出身だから、自分が通っていた高校を人に言えないとか、履歴書に書けないみたいなのって、わりとトランスあるあるです。そういう面倒事をトランスの人たちが生きているっていう現実をすっ飛ばして、「俺も女子大入ろうかな」みたいな冗談を言うっていうのは、ほんとに侮辱的だと思っています。「それ何が面白いんですかね?」みたいな。
武田 僕は、SNSで自分に対して攻撃的なことを言ってくる人が、どういうツイートを日々してるのかを見るようにしているんですが……。
高井 そうなんだ。強いな。
武田 なぜか、「プレゼントキャンペーン」みたいのをリツイートしまくっていたりする。
高井 分かります、分かります。
武田 そういう人が、「トランスを認めたら、女だって言い張って男が女風呂入ってくる!」みたいな内容をツイートしている。恐らく、それを覚えたばかりなんです。これまでの蓄積があるわけではない。プレゼントキャンペーンと同じアクションというか、「今、こうやって怖がって、思いっきり叩くのが一番旬なんだろう」ってことなのではないかと。当事者にそれらの言葉が刺さっていく。
高井 ほんとにそういうことだと思います。よく言われてきたネットのスラングですけど、「半年ROMれ」みたいな、「おまえはもう喋んなくていいから、しばらくずっと読んで勉強してろ」みたいな言い回しがあったじゃないですか。じゃあ今、トランスジェンダーに関するトピックでSNSを見ますってなって、半年ROMるようなことをしても、正しい知識は一つも手に入らないんですよ。
吉田 確かに今、この状態で半年ROMるのは危険ですよね。
高井 今危険ですね。
吉田 おそらく偏見がエスカレートしていくだけで。
高井 ほんとに。半年ROMるのやめてください、新書1冊読んでくださいって思ってて。
武田 LGBT理解増進法の議論で、与党側が「骨抜き」を達成した。なんとかこれくらいにしました、と。あれは「攻撃しろ」という合図でもありましたよね。
吉田 正直、「トランスジェンダーの人たちによる、われわれを女風呂に入れろ運動って、見たことあったっけ?」みたいな話なんですよ。
高井 本当にそうですね。変化を怖がる人たちに何が抜けているかというと、じゃあその変化を求めている人たちが、現実にどういうことをしながら、どんなふうに生きてるのかという話です。お風呂にしたって、トランスジェンダーの人たちが、どういうふうに普段お風呂に入っているんだろうかって、みんな10秒でも15秒でもいいから想像してほしいんですよ。トランスジェンダーの人の身体は本当に千差万別で、典型的な男の身体や女の身体ではないとなった時に、公衆浴場に入るのって選択肢としてはほぼなくなるんですよ。要するに、みんなお風呂に入れないんです。
武田 この本(トランスジェンダー入門)に書いていましたけど、貸し切りにして入るなど、気を遣わざるをえない状態がある。朝起きて寝るまでに、ここでどのように過ごせるだろうか、あそこでこういった目に遭うかもしれない。それこそ迷路のように、ゴールまでたどり着けるかっていう模索の繰り返しなわけです。
高井 そうなんですよね。
代替可能な攻撃対象。お次は……。
武田 毎月、『月刊Hanada』や『月刊WiLL』といった「保守」と言われる雑誌を読むようにしていますが、ああいった雑誌には「○○がこの日本を壊そうとしてる」という基本的なスタンスがあります。
吉田 恐怖感をあおってビジネスにしてる。
武田 10年前は、それこそ書店に、嫌韓本・嫌中本といった書籍が並んだ。自分たちを壊そうとしてる○○が、その都度欲しいわけです。ある時は隣国の人たちで、ある時は朝日新聞で、今回であればトランスジェンダーの人たちをそこにはめ込む。そこの○○に入れることに対して、丁寧な考察があるわけではない。『月刊Hanada』8月号には、表紙に「LGBT反対!」とあります。
吉田 今漠然とした怖さがあるやつ対象は、何だろうって探してるだけで。
武田 その怖さを目の前に置けば、中の人たちで肩を組める。「怖いな、怖いな」と言いながら、団結できる。団結するために、どういう主語を用意するかっていうだけの話なのではないかと。
高井 なんで簡単に主語を入れ替えるだけで人がそれを信じるかっていうと、そもそもそういった人たちをさげすんでいたりとか、そういった人たちの現実を知らないで生きていける土壌があるからで。例えばLGBTとかトランスジェンダー、在日コリアンの人に対する差別言説もほんとにそうだけれど、それに該当する当事者の人たちが何を見せられているかというと、「結局社会は私たちのことを何も知らないんだ」「やっぱりそうだったんだよね」っていう、ずっと続いている現実を再確認させられてるんですよ。ただ、でも別に『Hanada』とかで見かけるだけじゃないんですよね、トランスジェンダーの話題については。
武田 そうですよね。
吉田 さっきも言ったけど保守だけではない。
高井 これもちょっと、実はめんどくさくて。若干リベラル寄りのスタンスでも、ぎょっとするような角度から言葉が飛んできたりするわけじゃないですか。特にトランスジェンダーみたいな話題だと。何かそれ、ちょっとびっくりしません?
武田 ぎょっとする角度、様々なものがあったと思いますけど、どういうものが多かったですか。
高井 何というか、めちゃめちゃマッチョで、言ってしまえばセクシスト的なリベラルとか左翼っぽい人はいっぱいいるんですよ。でもそういう人たちが急に女の味方面してトランスの攻撃を始める事象が、この数年たくさん観測されていて。「えー」みたいな。「おまえずっと何の興味もなかっただろう」って。
吉田 それも女風呂議論の流れぐらいの感じで。
高井 そうそう。「なんか女性たちの口が封じられてる」。「ここは一つ、わしが前に出て行って、女性たちを守ってやらねばならん」みたいな。
武田 一番困りますね。
吉田 ほんとややこしいのが、僕も漠然とLGBTっていうのは何となく一枚岩な世界かと思ったら、ネットを見てるとL(レズビアン)の人とかG(ゲイ)の人とかもトランスに何か言ってきたりすることがあるじゃないですか。
高井 そうです、それもあります。松浦大悟とかも、ゲイ男性であることをオープンにしていて「自分はLGBT当事者として言いますけれど」って、「LGBT法案と電通利権」とか何の中身もない文章を書いたりして。LGBTという連帯を作っていくのはすごく大事ではあるんだけれど、トランスジェンダーのことを何にも知らないLGBの人もいっぱいいるんです。
吉田 そういう当事者の人たちも批判してるんだから、「やっぱりトランスジェンダー、問題あるんだな」ぐらいの印象になっちゃうという。
高井 そうですよね。はたから見ているとそういう感じかもしれないですよね。
武田 そうやってバトルさせていると、とにかく外野は楽ちんなわけですよね。
プロフィール
(しゅうじ・あきら)
主夫、作家。著書に『トランス男性による トランスジェンダー男性学』(大月書店)、共著に『埋没した世界 トランスジェンダーふたりの往復書簡』(明石書店)、『トランスジェンダー入門』(集英社新書)。