『トランスジェンダー入門』刊行記念イベントレポートvol.3~いつまで“洗濯機”の話をしているんだ!?~

高井ゆと里×吉田豪×武田砂鉄
周司あきら

日本はLGBTに寛容だって?

吉田 ちょうどこの本が出る直前にryuchellさんが亡くなって、ということがあったわけですよね。あれの原因探しで、ホルモン注射をやっていたせいだろうみたいな感じで落ち着いていたけど。それもあるかもしれないけど、もちろん、それだけなわけがないんですよ。

高井 ほんとにそうだと思います。原因探しをした結果、「ホルモン注射なんてしてたからだろう」みたいなのって、すごい分かりやすいですよね。つまり、誰も悪くないことにできる。

吉田 「あいつを批判してた俺たちのせいじゃないぞ」っていう。

高井 ホルモンが悪いことにすれば、誰も悪くなかったことにできる。個人攻撃をしていた人も自分は悪くないって思えるし、この社会のマジョリティの人たちは、トランスの人をいないことにして作られた社会をずっと放置しているんだけれど、この社会が悪いということからも、目を背けることができる。ほんとに最悪の言いようだったなと思います。

吉田 ホルモン規制の論調で進めようとしてる動きがあって不安だってコメントもきてます。

高井 そうですね。まだ実際のところ日本では、ホルモン治療には保険が適用されていないんですよ。なので、トランスの人でホルモン治療をしようとすると、自由診療でみんな全額自費でやっています。まだちゃんとした医療にもそもそも制度としてなっていない。でも「ホルモン治療は危険だ危険だ」っていうのをワーッと言うことによって、トランスジェンダーの人たちが持っている医療的なニーズを最初から否定したりだとか、正規医療として認めるべきでないとか言ったりする人たちもいて、許しがたいですね。

武田 芸能界の話が出ましたが、この本の中に性的少数者をめぐる、メディアの描写の問題点について書かれています。例えばトランスの女性などに男性的な声を出させたり、昔の名前で呼んだりして嘲笑するとか、特別なセンスの持ち主としてしか登場させないとか。はるな愛さんやIKKOさんの例が挙げられています。

吉田 でも、それがあるあるなんですよね。

高井 もうほんとに。

武田 はるなさんとは一時期ラジオをご一緒してたことがありましたが、話が盛り上がった時など、突っ込む時にわざと声色を変えて、「この大西が黙っちゃいねえぞ」みたいなことを率先して言います。それはおそらく、これまで様々な場面でこうすることで話が回ったり、話がどこかに落ち着いたりしてきたからだと思うんです。

吉田 多分カルーセル麻紀さんの昔から、そういうようなものとして、芸能界での作法としてあったんですよね。ドスの効いた声で突然言うと笑いを取れるって。

武田 それが視聴者やリスナーに届く。その時に、はるなさんに対して「それ、変えてください」って言うようなことではないと思う。いわゆる「オネエタレント」といわれる人たちをテレビの人たちが登場させる時、分かりやすく笑いをつくってくれる、自分たちとは違う所作をしてくれる、そのことで出られているんだぞという、直接的に指示がなかったとしても、メディアからの要請があるわけですよね。

吉田 コメントでも来てますけど、「日本のテレビでオネエタレントたちが受け入れられてるんだから、日本はLGBTQに寛容だって論調は危険だ」って。

武田 その謎の論理展開、よく見かけます。

吉田 よく言いますよね、「だから何の差別もないですよ」みたいな。

高井 話にならないでしょ。

武田 それって、どうやったら変えられるんでしょうかね。

高井 もっと楽しいこととか、もっと面白いことってあると思うんですよ。はるな愛さんにあんな男声を出させる以外にもっと面白いことは絶対あると思うんですけど、もっと面白いことを探す代わりにあそこで止まっちゃってるのがやっぱり問題かなと思ってて。

吉田 徐々に変わってはきているなと思うのが、はっきりその辺セクシャリティとかを明言しないタイプの人が、それなりにちゃんと活動するようにもなってきてるじゃないですか。徐々に時代が変わってきたっていう。単純に、それをやると引かれることも増えてきたから言わなくなっただけということかもしれないですけど。

武田 そうかもしれないですね。

武田砂鉄さん

トランスジェンダーの歴史はたくましいのだ

高井 本でうまく書けなかったことの一つとして、トランスの人たちってすごい強い。もちろん社会的には差別を受けることもあるけれど、でも当事者の人たちには力があるし、仲間を見つけて知恵を寄せ合っていろいろ開拓してきた。例えば、「個人輸入でこの英語のサイトを使えば、あのホルモン手に入るよ」って、個人輸入でゲットしてきたりとか。あるいは正規の医療でなくとも、口コミで、「あそこの人にこれぐらいお金払えば、胸取ってもらえるよ」とか言って、開拓をしてきた歴史っていうのはあったりして。それこそ雑居ビルの2階とかで、ビルには火災報知機とかって必ずあるんですけど、でも手術で電気メスとかを使うと煙が出るので、火災報知機にプラスチックのカップしてるんですよ。

吉田 非常ベルが鳴らないように。

高井 そういうところで、電気メスで下半身切ったりとか、今でもしてるんですよ。そういうのって、多くの人は知らないし、経験しないと思います。いきなり雑居ビルで、ときには会議室の机の上みたいなところに寝かせられて。

吉田 会議室の机なんですか!

高井 ありますよ、まだそういうの。安全かどうか分からない笑気麻酔をかぶりながら手術するの、危ないと思うでしょ? 確かに危ない面もあるんだけど、でもそういう場所を見つけていって開拓してきた歴史があったりして、すごい力強い歴史だと思うんですよ。なんかちょっと、みんな引いてる?

吉田 引いてはいないと思いますよ。

武田 じっくり聞いてます。

吉田 じゃあ最後に、質問1個来てるんで。「トランスジェンダーのアーティストで好きな方はいますか」。

高井 いないです。

吉田 以上です(笑)。

高井 ごめんなさい。あんまりアーティストに詳しくなくて。

武田 どうもありがとうございました。

撮影/野本ゆかこ

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プロフィール

周司あきら

(しゅうじ・あきら)
主夫、作家。著書に『トランス男性による トランスジェンダー男性学』(大月書店)、共著に『埋没した世界 トランスジェンダーふたりの往復書簡』(明石書店)、『トランスジェンダー入門』(集英社新書)。

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