11月26日、MotoGPの最終戦が行われ、2023年シーズンが終わった。そしてその翌々日には早くも来季に向けたテストが行われ、ドゥカティ移籍で注目を集めるマルク・マルケスもニューマシンで走行、好調な滑り出しを見せた。
ドゥカティが圧倒的な強さを見せるここ数年の流れに対して、ホンダ・ヤマハの巻き返しは来年は見られるのか? 今回のテストから見えた状況を、最終戦レポートとともにお届けする。
2023年のMotoGPが閉幕し、しばらくの日数が経った。1週間少々の時間をおいてシーズン最終戦バレンシアGP振り返ってみると、8ヶ月に及ぶ20回のグランプリの締めくくりとなったこのレースで、会場や世界のレースファンから最も大きな関心を集めたのは、やはり、フランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)とホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing)のチャンピオン決戦だった。
2年連続タイトルのかかったバニャイアに対して、年間最終戦まで希望をつないで王者に肉薄し続けたマルティンの戦いは、ドゥカティ陣営の頂点であるファクトリーチームにトップサテライトチームが挑む、という対決構図に加え、イタリア人チャンピオンに迫る地元スペイン出身ライダーという点でも、「判官贔屓」のような心境がきっと地元ファンの心理には強く働いていただろう。
そのためか、今シーズンから採用されたスプリントレース(決勝の半分の周回数で争うショートバージョンのレースで、優勝から9位入賞までポイントが付与される)が行われる土曜午後も観客席はびっしりと埋まった。そして、このレースでマルティンが勝利して日曜の決勝へ最後の希望を繋いだものだから、シーズン最終戦が行われる日曜はさらに大きく盛り上がった。
とはいえ、最後の最後まで一縷の希望を繋いできたマルティンは決勝レースで転倒。バニャイアの2年連続王座が決定した。チャンピオンライダーがタイトルを防衛するのは、バニャイアの師匠バレンティーノ・ロッシ(2008/2009:ヤマハ)と、マルク・マルケス(2018/2019:ホンダ)以来だ。
ドゥカティの強さは昨年も際立っていたが、今年はそれにさらに拍車がかかり、20戦全60表彰台のうち、ドゥカティ勢の獲得数は43個(約72%)。しかも、20回のレースのうち優勝から3位までの表彰台独占は8回に及ぶ。オーストリア企業のKTMとイタリアのアプリリアは、それぞれ6回の表彰台。一方、日本メーカーはヤマハが3回、ホンダが2回というありさまで、MotoGPの中心軸が日本からドゥカティを中心とする欧州へと移ったことは、これらの数字にもハッキリとあらわれている。
2013年に史上最年少チャンピオン記録を更新して以来、通算6回のMotoGP王座を獲得してホンダを支えた天才ライダーのマルク・マルケスが、「もういちどレースを愉しく走りたい」と述べ、来シーズンからドゥカティ陣営へ移る決断をしたのは、この秋の大きな話題になったが、それも今季のドゥカティの実績を見れば、誰もが当然の帰結と納得するだろう。
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上記のとおり、2023年最終戦バレンシアGPはマルケスがホンダで走る最後のレースになった。このレース限りで袂を分かつことになるとはいえ、一時期はシーズン13勝や12勝といった超人的な成績を平然と記録し、ライダーの天才性とバイクの戦闘力が相乗効果となって天下無敵を謳歌した時期もあった。それだけに、2013年からホンダと共に過ごした11年間で最後のレースウィークは、やはり感極まるものがあったようだ。
今回の週末に備えて、マルケスは数々の表彰台写真や「感謝」という漢字をあしらったスペシャルヘルメットを着用。ホンダもまた、記者会見用のバックドロップにマルケスのイラストと「ありがとう」という文字を添えた特別なものを用意した。
HRCの渡辺康治社長も、マルケスのホンダ最後のレースを見届けるために土曜から現地入りした。この週末はF1の最終戦と被る日程だったが、「F1は先週のラスベガスGPで関係者との打ち合わせをすませ、2日ほど日本に滞在してからすぐにこちらへ来ました。今回はマルクの最後のレースなので、もともとMotoGPの最終戦に来ようと決めていました」と述べた。
「マルクにとっても、我々HRCにとっても、今回は特別な週末になりますね。レースファンの皆様に喜んでいただけるように、マルクがいい結果を出せるように全力を尽くします。来年以降は我々も上位に返り咲かなければならないので、今はまだ少し時間はかかっているのですが、精力的に取り組んでいるところです」
マルケスは、この日の午後に行われたスプリントレースでは3位に入賞。日曜の決勝ではマルティンの転倒に巻き込まれてリタイアしたため、土曜スプリントの3位がホンダ最後の表彰台になった。
「気持ちを抑えようとがんばったけれども、表彰台から皆の顔が見えたときは、感情を抑制するのが難しかった。明日の決勝はさらに厳しいレースになるけれども、(世界チャンピオンになるという)夢を一緒に叶えてくれた人々に報いるためにも最善を尽くしたい」
翌日の日曜は上記のとおり転倒で終えたわけだが、スプリントを終えた土曜午後段階ではそこは未知の領域で、マルケスとしては最高の結果で締めくくるつもりだったことがよくわかるコメントだ。日本からこのレースのためにやってきた渡辺HRC社長とは何か言葉を交わしたのか、と訊ねてみると、
「渡辺さんとは良好な関係を続けてきたし、今後に向けて精力的な開発に取り組んでいるとも聞いている。ぜひともいい結果をもたらすようになってほしいと思っている」
と、質問の意図をややはぐらかす社交辞令のような言葉が返ってきた。そもそも良好な関係なら契約を途中で打ち切って陣営を離れることなどしないだろう、とも思うのだが、最後のレースを最高の結果で終えて自分を支えてくれた皆に報いたい、という気持ちに偽りはないだろうし、ともに戦ってくれた人々への感謝もまた、まぎれもなく本物だ。それはそれ、これはこれ、ということなのだろう。
ともあれ、ドゥカティが圧倒的な強さを見せた2023シーズンはバニャイアの年間総合優勝連覇、マルティンの2位、という結果で終わり、2024年はマルケスもその陣営へ加わることになる。
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年間最終戦を終えた翌々日の火曜は、次の年へ向けたテストを行うことが恒例になっている。11月下旬のバレンシアサーキットは気温・路面温度とも真冬の寒さで、テストを行うには決して良いコンディションとはいえないものの、2024年に向けた最初のプロトタイプがお披露目されるとあって注目度は高い。
このテストに先立ち、月曜には2024年に向けた新たなコンセッション(メーカー優遇措置)ルールが発表された。2023年の成績を見ればホンダとヤマハが欧州勢に対して大きく後塵を拝していることは明らかだが、日本の両社に開発面やテスト日数などで自由度の大きい裁量を与えることで早く追いつけるようにしよう、という措置だ。ルールの詳細にはここでは立ち入らないが、欧州3メーカーが年間のエンジン開発を凍結される一方、ホンダとヤマハはシーズン中も自由に開発を進めることができ、ライダー1名あたりの年間エンジン使用可能基数も有利に配慮されている。
圧倒的な強さを見せるドゥカティ陣営の開発を指揮するジジ・ダッリーニャは、敵に塩を送るこの措置を、対等な勝負を実現するという観点からも歓迎したい、と話す。
「このコンセッションシステムを支持したい。チャンピオンシップの娯楽性のためには、現在苦戦中のメーカーに改善の可能性を与えることはとても重要だ。だから、日本メーカーが迅速に復活するチャンスを手にするのは、とてもいいことだと思う」
火曜のテストでは、各陣営が2024年型マシンの第一段階プロトタイプとでもいうべきバイクを投入した。ホンダがこのテストで投入したマシンは、従来のものよりも数kgの軽量化を達成しているという。チームやメーカー関係者がその詳細を明かすことはないが、数日前の最終戦ウィークエンドでは新型はどうやら4kg程度軽くなっているらしい、という情報が流れ、週が明けてテストが実施される頃には8kgという数字も流布した。ムダを削ぎ落とし軽量化の粋を極めたはずのMotoGPマシンから、さらに数キロのウェイトを削ぎ落とすのだから、相当に大幅な見直しがあったのだろう。
この日のテスト走行を終えたホンダファクトリーライダーのジョアン・ミル(Repsol Honda Team)は、「ホンダに来て以来初めて、ハッキリとした違いを感じた」と明るい表情で好感触を述べた。
「いいペースで走ることができたし、コースインするたびに力強く走れた。今年ずっと課題だったリアのグリップも向上している。バイクが軽くなったことで止めやすくなったし旋回もしやすくなった。バイクが軽いと、様々なアドバンテージを得ることができる」
ミルのチームメイト、つまりマルケスの後任にはバレンティーノ・ロッシの弟、ルカ・マリーニが2年契約を締結したことがテスト前日の月曜に正式発表されたが、2023年のドゥカティ契約が残留しているため、マリーニは火曜テストでホンダのバイクを走らせた印象についてコメントをしていない。
コメントをしなかったのは、この日初めてドゥカティに乗ったマルケスも同様だ。メディアに対してコメントしないことはあらかじめわかっていたが、それでも彼が初めてドゥカティのマシンでコースインする姿をひと目捉えようと、ガレージ前のピットレーンは黒山の人だかりになった。
マルケスは数周走ってはピットボックスへ戻り、チームが即座にシャッターを下ろす、ということを繰り返した。そして午後3時20分には、ついにトップタイムを記録した。ドゥカティのマシンに乗ってわずか42周で最速に到達した事実は、マルケスの能力がまったくさび付いていないことを雄弁に物語っている。もちろん、このテストの順位やタイムで2024年の勢力関係を予測できるわけではないが、少なくともマルケスがキープレーヤーのひとりになるであろうことは容易に推測できる。一日の走行を終え、マルケスはトップタイムから0.171秒差の4番手でテストを終了した。
ホンダと同様にコンセッションを適用されるヤマハは、2021年チャンピオンのファビオ・クアルタラロとホンダのサテライトチームから移籍してくるアレックス・リンスという顔ぶれになる。
クアルタラロは2024年までヤマハとの契約が続くが、来シーズンに関しては、「チャンピオン争いをできるとは思わない」とバレンシアGPのウィーク中に公言した。
「それが大きな目標ではあるけれども、客観的に見て、今の位置からいきなりタイトル争いをできるようになるとは思えない。それでも今よりはもっと上位で争えるはずで、そこは開発陣のがんばりにかかっている」
火曜のテストを終えたクアルタラロは、そのヤマハ側開発陣のメンタリティが変化してきている、と述べた。
「ヨーロッパ的になりつつある。それこそが自分たちに必要なもので、迅速な対応をできるようになれば、ものごとも変わってくる。最も重要なのは2月から7月の期間で、この時期に迅速にアップデートしてバイクを改良していくことが本当に大切。そしてそのカギを握っているのが、彼らのメンタリティだ」
ホンダとヤマハは、上述の新コンセッションルールにより、来年2月のマレーシアセパンテストでは欧州陣営よりも長い日程で実施できる。おそらく今のホンダとヤマハに必要なのは、このコンセッションルールを利用して使えるものはすべて使い、なにがなんでも勝ちに行く、という徹底的に貪欲な姿勢だ。
10年前、コンセッションルールを適用されていたドゥカティは、ホンダやヤマハの歯牙にもかからず引き離される一方のレースが続いていた。だが、ジジ・ダッリーニャのなりふり構わぬ開発努力で着々と追いつき、やがて現在の最強陣営を作り上げるに至った。まさに禍福はあざなえる縄のごとし、である。ある意味では、1980年代初頭のHRCが「いつか勝てる」と信じながら戦っていた不屈の闘志は、現在ではダッリーニャたちの中にこそ見いだすことができるのかもしれない。
さらにいえば、コンセッションを活用した開発速度の向上とマテリアルの自由な投入という優遇条件は、あくまでも目先の効果に過ぎないことにも注意しておく必要がある。かつてホンダが標榜していた「世界一の負けず嫌い」の精神をどこかに置き忘れてしまっているのなら、何年経ってもトップ争いの位置に返り咲くことは難しいだろう。逆に言えば、臥薪嘗胆の志さえあればよいのだ。それがあれば、たとえ道は険しくとも、きっといつの日か彼らはふたたび勝つことができる。
取材・文・撮影/西村章
プロフィール
西村章(にしむら あきら)
1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。