お笑いと能力主義

勅使川原真衣×どくさいスイッチ企画 『働くということ』刊行記念
勅使川原真衣×どくさいスイッチ企画

コント、落語、執筆……間口をたくさん持っておくこと

勅使川原 私は、「面白さ」には多分、他人から評価される面白さと、必ずしも評価されるためのものではない面白さがあるような気がしています。それで言うと、先日発売されたご著書『殺す時間を殺すための時間』なんかは、忖度なしの、「評価されるためのものではない」面白さじゃないですか。ものすごいロジカルな社会風刺だと思いました。電車の中で、周りの人に表紙が見えるように読んでます(笑)。

どくさい ありがとうございます。

勅使川原 こちらはショートショート集ですが、コントを書くときとの違いはどんなところにあるんでしょうか。

どくさい ショートショートは「何を書いてもいい」というところがありますね。コントはまず「自分がやって変じゃないだろうか」ということを考えるし、何度かステージにかけてお客さんの反応を見ながら手直しして、最終形に持っていくという感じです。

勅使川原 ショートショートのほうが自由度があるんですね。ちなみに、お笑いだけではなくてこうして本を出したりと「間口をたくさん持っておく」ことも、生存戦略として意識されておられるのかなと思ったんですが……。

どくさい そうですね。メインでやってるのはピンでのコントですけど、落語もやってるし、本も書くし……お笑い芸人というと、バイトもせずにひたすらネタを作ってお笑い一本で食っていくぞっていうのがこれまでのトレンドだったと思うんですけど、それはもう通用しないなという気がしていて。もっと若ければ別かもしれませんけど、この年で家族もいて……ということも考えると、一人の人間として幅を持っておいたほうがいいなと思っています。

 そもそも、お笑いの仕事はむちゃくちゃ楽しいですけど、全然稼げないですし。だから、今も知り合いの会社で契約社員としても働いていて、あと別にバイトもしているので、収入的には会社勤めとバイトとお笑いが1:1:1みたいな感じですね。

勅使川原 そうなんだ。知らなかった。

どくさい 僕はもともとお笑いを趣味から始めていることもあって、「一本でやる」ことにそこまでこだわりがないんだと思います。食い扶持が稼げないような状態でお笑いに専念してもうまくいくわけがないと思っていたので。

 実は、会社でうまくいっていなかったときに、なんとかして他の形で社会で認められたいという思いがあって、文学賞を目指して小説を書いてみたりしたこともあるんですよ。でも結局それも全然ダメで……あれもダメ、これもダメで最終的にお笑いにたどり着いたという感じなんですけど、それでもなんとかここまで来れているのは運がよかったからだと思ってるんです。

勅使川原 『働くということ』にも運の話はかなり書きました。偶然っていう要素は大きいですよね。

どくさい 会社員時代を振り返っても、上司に恵まれてよかったなと思う時期もあったし、全然うまくいかなかった時期もありました。でもそれも自分の意思じゃなくて運、言ってみれば「ガチャ」ですよね。それなのに、当たりが引けなかったら「あなたのせい」と言われてしまう。それはしんどいですよね。

勅使川原 そうなんですよ。そういうときに、「わがまま」なんて言われずに、気軽に「組み合わせを変えてもらったほうがいいと思います」と言える制度や場が必要なんじゃないかなと思っています。あらかじめ最善にコントロールするというのは無理だと思うので。

勅使川原真衣さん

「アンビバレント」でいるということ

どくさい もう一つ、僕が最初から「プロの芸人になろう」と思わなかったのは、「お笑いをやる能力」が自分にはないと思ってたからだと思います。でも、今は「そもそも、そんな能力なんて『ない』んじゃないか」と考えるようになりました。

 ネタもトークも面白くていつでもお客さんに受ける、大喜利も強いし返しもうまい、営業も出来る……以前は、そういう人しかお笑い芸人になっちゃいけないと思っていました。でも、初めからそれが全部できるような「能力」なんてどこにもなくて、誰でも少しずつ成長していくものなんですよね。それに、お客さんに受けるかどうかは、さっきも言ったように「場」の要素もあるわけで、今思えば全然的外れなところで悩んでたなあと思います。もちろん、「誰でもできますよ」と言うつもりはないですけど、「自分の中にはこの能力がないからできない」という考えは良くなかったな、と。

勅使川原 そう思えたときが、先ほどおっしゃった「ちゃんとしなきゃいけない」呪縛が解けたときだったのかもしれないですね。

 ちなみに、賞レースにはこの先も出る予定なんですか。

どくさい そうですね。今、賞レースに出ないっていう選択をする人って、出なくていいくらい売れてるか、めちゃくちゃ尖ってる芸風の人か、くらいなんですよ。僕はそのどちらもないので、まだ出続けると思います。「絶対勝ちたいから出ます」というよりは「出なあかんな」という領域に入ってきてますけど。

勅使川原 でも、賞レースを全面的に肯定するわけじゃないけど否定もしない、そのアンビバレントな感じでいいんだよ、というのは大事なメッセージじゃないかと思います。

どくさい そもそも、R-1でやった「ツチノコ発見者の一生」も、僕なりに「どうしたら受けるか」「R-1でどうやったら勝てるか」を分析して作ったネタです。さっき、養成所に対して批判的なことを言いましたけど、だからといって養成所で教えているようなスキルは一切使わないということでもありません。……と言うと卑怯だとか、どっちつかずのコウモリみたいだとか取られるかもしれないけれど、自分が一番いいと思うほうを選んでいるだけなんですよね。

勅使川原 私、「自分らしく働きたい」「仕事で自己実現したい」という相談を受けることがよくあるんですよ。そういう方の話を聞いていると、何か自分の大好きなこと、「芯」みたいなものが一つだけあって、それを一生かけてやっていくことが幸せだ、みたいな「ストーリー」を、本人も周りの人も盲信してしまっているような気がするんです。

 そんな中で、先ほどおっしゃったような「コント一本でやることにこだわらない」のもそうですし、賞レースを全肯定はしないけどそれはそれとしてやっていく、それでいいじゃないかというのは、説得的なメッセージになるんじゃないかという気がします。

どくさい 『働くということ』も、一つのことを一生懸命頑張りましょう、という本ではないですよね。

勅使川原 そうですね。むしろそれは危ないというか、不自然だと思っています。

どくさい そのことをはっきり言ってくれたことがすごく嬉しかったです。会社員時代に「そうじゃなくていい」と分かっていたらもうちょっと楽やったかもな、と思いますね。そのときは、とにかく「置かれた場所」で咲かないといけないと思っていたので。

勅使川原 会社ってそこを目くらましする機能があるような気がします。「一つのことを一生懸命やれない自分がダメなんだ」と、自分を責める方向に行ってしまうんですよね。

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働くということ 「能力主義」を超えて

プロフィール

勅使川原真衣×どくさいスイッチ企画

勅使川原真衣(てしがわら・まい)

1982年横浜生まれ。組織開発専門家。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。外資コンサルティングファーム勤務を経て、2017年に組織開発を専門とする「おのみず株式会社」を設立。二児の母。2020年から乳がん闘病中。「紀伊國屋じんぶん大賞2024」8位にランクインした初めての著書『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社)が大きな反響を呼ぶ。近刊に『働くということ 「能力主義」を超えて』(集英社新書)、『職場で傷つく リーダーのための「傷つき」から始める組織開発』(大和書房)、編著に『「これくらいできないと困るのはきみだよ」?』(東洋館出版社)がある。

どくさいスイッチ企画(どくさいすいっちきかく)

1987年9月8日、神奈川県出身。本名・青山知弘。お笑い芸人。大阪大学経済学部経済経営学科卒業。一般企業に務めながら落語やコントなど幅広く活動。R-1グランプリ2022準々決勝進出、R-1グランプリ2023準々決勝進出、全日本アマチュア芸人No.1決定戦2023優勝、R-1グランプリ2024決勝同率4位(アマチュアとしての決勝進出は史上初)。現在はフリーとして活動中。2024年10月に初めての著書『殺す時間を殺すための時間』(KADOKAWA)を上梓。芸名の由来は『ドラえもん』のひみつ道具「どくさいスイッチ」から。

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