「1カ所で何とかしようとしない」ことが大事
どくさい この本(『働くということ』)を読んで「そうか、『能力がないとダメ』じゃなくて、こういう見方があるんだ」って気づき始めた人もたくさんいると思うんですが、ここから社会をどう変えていったらいいのか、最後にお聞きしたいです。
勅使川原 おお、すごく優等生なご質問ですね(笑)。マクロとミクロの次元があると思うので、まずマクロの観点からお答えすると……最終目標は、労働の現場を変えつつ学校教育も変えていくことで、脱能力主義──能力主義がすべてではないよね、という社会的なコンセンサスが取れる状態を実現することですね。そのために『クローズアップ現代』とかに出たいと思っています(笑)。
教育を変えよう、と言っている人はたくさんいますが、教育と労働ってやっぱりつながっているので、教育の出口である労働、職場を変えないと教育は変わらないと思うんです。その意味で、職場のことをよく知っている私にやれることがあるような気がしていて。組織開発コンサルタントとして職場環境を変えるために草の根で活動しつつ、教育についても細々と本を書いたりしているので、学習指導要領から、まさに能力そのものである「生きる力」という言葉が消えるなんてことになれば、本当に嬉しいですね。
あと、ミクロの話でいうと、今の話について、一人ひとりがどうしていくかということだと思っていて。質問返しで恐縮ですが、教育と労働という一蓮托生ともいえる連関のなかで、どくさいさんという個人は何を成せそうか。
どくさい 僕個人が、どうしたらいいのかを考えないといけないということですよね。
勅使川原 はい。でもそれは、小難しいことでは決してなくて、ここまでお話ししてくる中ですでにいろいろとおっしゃっていただいた気がします。たとえば、一つの考え方にこだわらず「自分がいいと思うほうを選ぶ」とか。
どくさい 僕が、自分のやってきたことを振り返って一番反省しているのは、「1カ所で何とかしようとしていたこと」なんですね。「とにかくここでなんとか頑張らなきゃいけない」という考え方は、みんな捨てたほうがいい。たとえば僕だったらお笑いの中でも一つのジャンルに固執しないというようなことを、ちょっと考えてみたほうがいいんじゃないかと思うんです。
勅使川原 なるほど。そういえば「能力よりも周りの人との関係性が大事だ」という話をすると、今度は「うまく関係性を作れない人もいるじゃないか」と言われたりするんですけど……。
どくさい それも、そもそもどうしてそんなに限られた人としか関われないのかという問題がありますよね。たとえば、あるコミュニティにいてどうしても息苦しければ、外に出て別のコミュニティに行くという選択肢もあると思うんです。僕は会社がむちゃくちゃ息苦しかったけど、お笑いの世界に出たら少し息ができるようになりました。
だから「どうしてもこのメンバーでどうにか回さなきゃいけない」という状態にならないようにすることが大事なのかなと。選択肢を減らすことが一番よくないと思うんです。
勅使川原 まさに、その「選択肢を減らす」のが能力主義なんだと思います。
どくさい この本って、能力ではなく組み合わせに着目して問題を解決していきましょうとは言っていても、そのために「こうしましょう」とは書いていないですよね。そこがすごくいいなと思いました。お互いが自分のモードを選びながら、周りの人たちと「なんとかやっていく」。でもその「なんとか」のやり方は千差万別で、決まった答えがあるわけじゃないということですよね。
勅使川原 そういうことです。一元的に「これが良い状態」だと決めないことが大事かな、と思っています。
どくさい 「この問題を解決するためにはこうしましょう」という「答え」を出そうとするんじゃなくて、今の「状態」をあるがままに受け入れて「なんとかやって」いきましょう、というところに着地していくのがすごくよかったです。今の社会の潮流とは全然違うけど、僕が自分として選びたいあり方だなと思いました。
ビジネス本なんかだと「この力を身につければうまくいく」みたいな切り口が多いじゃないですか。僕も会社員時代、そういう本をよく読んでいたんですけど、「これで解決するのは無理やな」と思ったんです。だって、問題を一つ解決するために一つ力を身につけないといけないんだったら、結局いくつ力を習得しないといけないのかと。
勅使川原 そう、終わらないゲームみたいになっちゃいますよね。実はこの本、一つの分かりやすい「答え」がないことでもやもやするとおっしゃる読者の方もいるんですけど、今日お話を伺っていて、「やっぱりこれでいいんだ」と私は私で大変エンパワーされました。ありがとうございました。どくさいさんのますますのご活躍を応援します。
(注1)2024年7月5日のX投稿:勅使川原真衣『働くということ』を読みました。「仕事ができる」=「能力がある」という考え方について、そもそも「能力」って何なんだ、尺度として使っていいのかと切り込んでいく内容でとても面白かったです。親しみのこもった文体に助けられて一気に読んでしまいました。会社員時代、良く分からないけど一刻も早く圧倒的に成長して全部ができるマルチプレイヤーにならないと!という気持ちと、そんなの絶対無理だよなという気持ちの両方に悩んでいた自分にとって(今もその片鱗があります)他者と何とかしてやっていく際の助けになる一冊でした。読んで良かったです。
撮影/甲斐啓二郎
構成/仲藤里美
プロフィール
勅使川原真衣(てしがわら・まい)
1982年横浜生まれ。組織開発専門家。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。外資コンサルティングファーム勤務を経て、2017年に組織開発を専門とする「おのみず株式会社」を設立。二児の母。2020年から乳がん闘病中。「紀伊國屋じんぶん大賞2024」8位にランクインした初めての著書『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社)が大きな反響を呼ぶ。近刊に『働くということ 「能力主義」を超えて』(集英社新書)、『職場で傷つく リーダーのための「傷つき」から始める組織開発』(大和書房)、編著に『「これくらいできないと困るのはきみだよ」?』(東洋館出版社)がある。
どくさいスイッチ企画(どくさいすいっちきかく)
1987年9月8日、神奈川県出身。本名・青山知弘。お笑い芸人。大阪大学経済学部経済経営学科卒業。一般企業に務めながら落語やコントなど幅広く活動。R-1グランプリ2022準々決勝進出、R-1グランプリ2023準々決勝進出、全日本アマチュア芸人No.1決定戦2023優勝、R-1グランプリ2024決勝同率4位(アマチュアとしての決勝進出は史上初)。現在はフリーとして活動中。2024年10月に初めての著書『殺す時間を殺すための時間』(KADOKAWA)を上梓。芸名の由来は『ドラえもん』のひみつ道具「どくさいスイッチ」から。