――毎日食べるコメが外国企業にコントロールされるのは心配ですね。種苗法による自家増殖禁止は、どんな影響がありそうですか?
種苗法では誰かが品種登録した種子でも、農家が自家採種を含むいわゆる「自家増殖」して栽培をすることを原則認めています。しかし、農水省は省令で増殖を禁止する食物を2007年に急きょ207品目増やし、さらに68品目を追加して合計357品種にしてしまいました。これからもどんどん増やして、原則全品種の自家増殖を禁止すると言い出しています。
これに違反すると、10年以下の懲役と1000万円以下の罰金で、なんと共謀罪まで適用されてしまいます。品種登録されていない伝統的な固定種は従来のように自家増殖できるのが建前ですが、心配なのは、何かの野菜が一度禁止作物に指定されてしまうと、その品種と明確に区別されない他の品種の自家増殖も違反の対象になってしまうのではないかということです。
――固定種や在来種だと思って作っていた作物が、いつのまにか自家増殖禁止に含まれると?
野菜の種子はどんどん変わっていきます。伝統的固定種は原則大丈夫なのですが、気候や人によって性質が変わるほどタネは微妙なものなのです。トマトでもイチゴでも登録品種と固有種をはっきりと区別できないことも考えられる。つまり、自由に作れるはずの在来種を作っていたつもりが、いつの間にか違反をしていて罰せられてしまうことも起こりうるのです。これは非常に重要なことです。
――ただ、育成者の権利を強化するのは個人の農家を守ることにはなりませんか?
品種登録をした人のうち、個人の割合は25%。6割近くは企業や種苗会社です。しかも登録申請するためには、資料作りから含めると数百万から数千万円、登録後も毎年3~4万円の登録料がかかる。これでは一般農家の多くは品種登録ができないので、農家を守るという理屈は成り立ちません。自家増殖禁止で得をするのは企業です。
――農水省は、育成権者の権利保護は日本が1991年に批准した「植物の新品種の保護に関する国際条約(UPOV条約)」に沿ってのことだと言っています。
日本は「UPOV条約」とは別に、「食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約(ITPGR)」にも加入しています。この条約では農民の種子の権利をはっきりと認め、自家採種、販売、交換、加工すべてができるよう国は農民の権利に配慮した法整備をしなさいと書いてある。
また、UPOV条約にしても、従来のその土地の種子の権利に十分な配慮をしたうえで、合理的な範囲で品種を作った育成者の権利を制限できるとある。つまり育成者の権利を100%認めているわけではないのです。種苗法で育成者の権利は十分に守られているというのに、それをさらに強化する方向に行くのは間違いです。UPOV条約だけを盾に国内法で何でも変える、それを国会審議もなく省令で行なうのは、法治国家で許されることではありません。
――これは野菜だけの話なのでしょうか?
最終的には、コメ・麦・大豆といった主要穀物にまで広げるのが狙いでしょう。各都道府県が開発した公共品種でも、農家が勝手に自家採種採したらやはり懲役10年以下になってしまう。国民の税金で作ったものに国民が権利料を払わないと使えなくなるなんておかしなことです。そのうち企業が品種登録した稲が隣の田んぼに偶然紛れ込んだとしても、農家が多国籍企業から高額な訴訟を起こされるようになるかも知れません。実際に海外ではこうした訴訟が起きています。
――恐ろしい話です。しかしなぜこのタイミングで日本の農業が狙い撃ちされているのでしょう。
環太平洋パートナーシップ協定(TPP)で経済の自由化を進める中で、米国のターゲットは農業だったのです。タネを制する者は世界を制すると言われ、いま多国籍企業は虎視眈々と日本市場を狙っています。遺伝子組み換えのトウモロコシが普及してしまったアフリカでは値段が3~4倍に上がった。日本政府はこうした行き過ぎた新自由主義を無分別に受け入れてしまっているのです。
――これだけ大きな問題なのに、不思議なことに当事者の農協からは声が上がりません。なぜでしょうか?
ひとつには、影響をよくわかっていないということがあります。それに農協改革の仕上げ時期のいま、政府に反対の声を上げると組織存続が危うくなるとの自衛の意識が働いているともいえます。その証拠に農協の中央からは声が聞こえてきませんが、地方会からは今回の動きに反対する声が出ています。
――野党6党・会派で提出した種子法廃止撤回法案が今国会で審議されています。
衆議院では自民党も一緒に審議が始まるなど、うねりができつつあります。加えて地方議会でも盛り上がりを見せています。まず、千葉県野田市や神奈川県大和市を始めとする全国の市議会から公共種子を求める意見書が内閣総理大臣、衆参両院議長に提出されました。県議会レベルでは長野、愛知からも全会一致で決まり、現在までに参議院には8都道府県から53件の意見書が出されています。新潟、兵庫では種子法に代わる条例が制定され、宮城、北海道でもこうした動きが始まっています。
――国の政策がこのまま変わらないと、将来、日本人は遺伝子組み換えのコメを食べさせられる日が来るのでしょうか?
遺伝子組み換え米が栽培され、表示義務がなくなれば知らずに食べてしまうでしょう。日本は壮大な人体実験場になり、多国籍企業に健康に関するデータを取られるのです。肝心なことは、タネが寡占状態になれば伝統的なコメを作りたくても作れず、多国籍企業の作った作物のタネしかなくなるということ。そんなことになれば食料安全保障上も問題です。食糧こそが国民を守る最後の砦なのですから。
(取材・文・撮影/桐島瞬)
プロフィール
1942年、長崎県五島市生まれ。弁護士、元農水大臣。1969年に司法試験に合格するも法曹の道には進まず、故郷に戻って牧場を開く。オイルショックで牧場経営を断念後、弁護士となり、4度目の挑戦で衆議院議員に当選。2010年には農林水産大臣に就任。2012年の衆院選、2013年の参院選に落選後は、TPP批准阻止、種子法廃止反対の立場で精力的に活動中。