香港で何が起きているのか?

集英社新書plus特別報告

森上元貴(もりかみ・もとき)
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一国二制度(一国両制)を実質的に崩壊させかねないと懸念された
香港政府の逃亡犯条例改正案。
その成立の可能性に危機感をもった香港の民衆が
6月に百万単位の巨大デモで立ち上がり3か月が過ぎた。
以来、抗議活動は毎週展開され、
その過程でデモ隊や無関係の市民をも巻き込んだ香港警察の過剰な弾圧が吹き荒れた。
市街で撃ち込まれる催涙弾の煙幕と同時に広がったのは
政府、および警察への深い不信である。
数々の衝突の末、9月4日、逃亡犯条例改正案の完全撤回のアナウンスが
香港政府からなされたが、時はすでに遅すぎた。
事態が進行する中で新たな問題が生み出され、
当初の逃亡犯条例改正案完全撤回だけではなく、
5つの訴求が掲げられていたが、ほかの4つの訴求が顧みられることはなかった。
デモの前衛では「勇武派」と呼ばれるデモ隊の一部が
警察と衝突を繰り返し、抗議は激しさを増している。
時には地下鉄駅や公共施設の破壊に及ぶ、彼らの行動の背景とは?
この抗議活動を7月から追い続けてきた
日本人青年によるリポートと写真をここにお届けする。

撮影・文=森上元貴

 

香港で何が起きているのか?

 夏の初め頃、逃亡犯条例の改正案をめぐり香港の雲行きが怪しいというニュースを目にした。逃亡犯引き渡し条例の改正とは、香港が容疑者の身柄引き渡し協定を結んでいない国や地域に対して、容疑者の身柄引き渡しを定める法案で、昨年2月に台湾で起きた殺人事件の容疑者を香港から台湾に引き渡すために立案されたが、台湾以外に中国大陸に対しても身柄引き渡しを可能とすることから、一国二制度が崩壊するのではないかと問題になっていた。

 法案の本来の成立期限である6月には百万単位の抗議デモが繰り返されていたが、香港政府もさすがに数週間で撤回すると考えていた。しかし、撤回どころかデモを強制的に排除したことで、香港にさらなる混乱を招いていた。香港で今何が起こっているのか。是非この目で確かめたいと思い、筆者は飛行機の E チケットを取り、宿を予約。 7 月から計 4 回香港に渡航し、平和的なデモ行進から警官隊による強制排除まで様々な現場を記録した。もともと、記事にする目的で行ったわけではなく、純粋な好奇心で香港のデモを撮影したり参加者から話を聞いたりしていたため、ジャーナリストではなく、写真学科の一学生のルポとして香港でどのような変化が進行しているのか伝えたいと思う。

 

ユニオンジャックを振る人たち

 まず、7 月 7 日の九龍大遊行(九龍デモ行進)が私が最初に撮影したデモだ。この日は雨がちらつく蒸し暑い日だったが、主催者発表で 23 万もの人が集ま った。一枚目はデモの出発地点である尖沙咀(チムサーチョイ)の梳士巴利花園(ソールズベリー公園)から SOGO のある彌敦道(ネイザンロード)方面を見たものだ。デモ行進がスタートする時間になっても人が多く、小一時間ほど人が流れなかった。二枚目は閉鎖された高速鉄道の香港西九龍駅の入り口である。デモの終着点でもあり、中国大陸との玄関口であるためか、駅の出入り口を一か所にし、手荷物検査やチケットの検査などデモ隊を駅に流入させないために徹底していた。

 この日のデモは抗議活動の基調色である黒い服を着ている人もいたが、今と比べればそれほど多くなかったように思える。先鋭化した人や、政府や地下鉄であるMTR(香港鉄道公司)の施設などの破壊行為に走るデモ隊も見受けられなかった。

 それから約1か月後、8 月 3 日の旺角でのデモでは、黒シャツガスマスク姿の参加者が多く見られた。これは、 何度もデモを起こしても一向に姿勢を変えない香港政府と、デモ隊のみならず一般市民をも過剰に取り締まる香港警察への反発から「勇武派」と呼ばれる過激化した人々である。

 8月以降、黒シャツガスマスク姿の人たちが目立ってくるようになる。

 会社員のデモ参加者は「デモで民意を反映してきた歴史のある香港において、100 万人、200 万人のデモがあっても一向に態度を変えない。過激化する人たちが出てきても無理はない」と語った。他の人にも尋ねたが、勇武派に対して「彼らの行動は肯定はしないが、抗議活動の表現の一つとして否定はしない」といった声があったり、街を練り歩く勇武派に対して水や食料を支援する市民もいた。勇武派の登場によってデモが先鋭化し、過激化しているとはいえ、香港市民に恐怖感や嫌悪感のようなものは感じられなかった。

 デモを撮影していると目に付くのが、イギリス領香港時代の旗を掲げた人の存在や、ユニオンジャックを振る人である。写真の女性はウォンおばあちゃんと呼ばれる深圳から来ている女性である。返還以前のイギリス領だった時代の香港の方が住みやすかったためにユニオンジャックを振っている。香港のデモでもイギリス領時代の方が自由が多かったという人が多い。実際、返還されてから中国への経済依存が強まったり、中国からの不動産投資によって不動産価格と物価が釣り合っていないという背景がある。

 ウォンおばあちゃんが深圳から来ている理由も、香港の家賃高騰で深圳に移住せざるをえなくなったという事態が起こっている。決して豊かではなく、貧しい暮らしを強いられていた植民地時代だが、自由な土地としての香港があり、国共内戦の難民が避難場所として香港を目指すなどしていた。そのような歴史的な背景を考えたとき、自由のない香港は香港でないという危機感がユニオンジャックに表れていると感じた。7、8月中、ウォンおばあちゃんはデモでよく見るので象徴的な存在であったが、この記事を書いている9月現在、最近はデモに来なくなった。ネット上では中国で拘束されているのではないのかといった噂も流れており心配である。

 

デモ隊を見守るボランティアの高齢者たち

 ウォンおばあちゃんは比較的有名だが、デモに参加している高齢者は意外とたくさんいる。守護孩子と呼ばれるグループで、デモ参加者を警察から守るために活動しているボランティアだ。私が見た限りでも、デモ参加者は若い年齢層が多く、中には小学生くらいの子たちも参加している。だから、彼らは未来ある若者を守るために命をなげうって、時には警察とデモ隊の間に立って戦っている。

 昔、経済産業省前で不法占拠している脱原発テントを張っていた高齢者の方たちに話を聞いたことがある。彼らも「若者たちのために戦っている」と語ってくれたが、香港の守護孩子は次元の違う世界で権力から若者を守っていた。

 デモで香港は変わったが、視覚的な変化はレノン・ウォール(壁)が挙げられる。警察署の近くや道にデモに関する落書きが増えたし、市内に点在するこのレノン・ウォールにはデモのメッセージが書かれたポスターやフセンが多く張られている。一枚目の写真は彌敦道(ネイザン・ロード)の𠮷野家がデモの際にレノン・ウォールになったものだ。そもそも「レノン・ウォール」とは共産主義体制時代のチェコスロバキアの首都プラハにできたジョン・レノンの死を悼む壁が発祥で、 自由を求めるメッセージを発信する「掲示板」として2014 年の雨傘革命の時にも香港でも同じ試みが行われた。この壁が、2019 年の一連の抗議活動で再び香港に復活したといえる。

 香港連儂牆地圖によると香港全体で 現在レノン・ウォールは150 か所近くあり、オーストラリアはじめ海外にも香港を応援するレノン・ウォールがある。香港の自由を求める戦いの大きさを物語る象徴的存在である。

 

勇武派の活動は「暴動」なのか?

 さて、香港のデモは平和的な側面もあるが、破壊行為など、過激な側面もある。先に述べたように、彼らの行為は、長期的な抗議活動にも拘らず、五大訴求(*)が全く通らない事への反発や、暴力的な警察への対抗手段である。9月4日に当初の目標であった逃亡犯条例の改正案撤回は勝ち取ったものの、ビーンバッグ弾でデモ参加者が失明したり逮捕者が激しく暴行されたなど、長期化したデモ活動で警察の暴力行為が絶えず、五大訴求の中でも警察に対する独立調査委員会設置を求める声が大きいことなどを踏まえると、警察の横暴への対抗手段として過激化している面はあるように思える。

 逃亡犯条例改正案撤回後に行われた中立紙「明報」による世論調査では、「警察が過度に暴力を加えてるか」という質問に対して、前回の調査から4ポイントプラスの71.7%という高い数字となった一方、「デモ隊が過度な暴力を振るってるか」という質問に対しては、同意が0.1ポイント減の39.4%、同意しないが1.8ポイント増の31.5%となるなど、「デモ隊よりも警察の暴力が過度である」という結果が出ている。

  また、報道などでは彼らが見境のない暴動を起こしているかのような論評もあるが、私の見る限りでは理性的にふるまっているように思える。

 なぜなら、彼らは無差別に破壊行為をしているわけではなく、その対象は警察に協力するなどの経緯があって敵視されたMTR や警察署など限定的だ。日本で SNS を見ると MTR に対する破壊活動が編集され、デモ隊は「暴徒である」と題する記事も流通しているが、香港人に話を聞くと「値上げしてもサービスの質が悪いし、(香港政府の要請で)デモの最寄り駅を通過させたり、MTR駅内で警察の暴力事件があっても動画の公開を拒み、何もなかったと言い張る」など、手段の是非は保留するけれども攻撃対象になるそれなりの理由があるようだ。そもそも、一般に「暴動」と定義づけられる状況では諸国の例を見ても、無差別に店舗が破壊されたり、略奪があったり、性的暴行事件が起きたりしているが香港の場合、破壊活動の結果、確かに、交通機関が不通になることへの不満は聞かれたが、他国の暴動と比較しても勇武派の動きはかなり制御された理性的なものといっていいと思う。

*【五大訴求】
① 逃亡犯条例改正案の完全撤回
② 市民の抗議活動を暴動とみなす見解撤回
③ デモ参加者逮捕及び起訴中止
④ 警察の過度な暴力制圧の責任追及、及び独立調査委員会による警察調査
⑤ 行政長官・立法会における普通選挙の実施

 

リーダーがいない運動の柔軟さと困難

 デモ隊、特に勇武派など先鋭化した集団が理性的なのは、このデモの大きな特徴である「リーダーを必要としない」という点にあると思う。彼らが特定のリーダーがいないのに連携し、一定の行動を見せるのはネット掲示板や通信アプリなどで逐一情報を共有しているからだ。この次はどのようなデモを仕掛けるか、警察の動きや、どこが安全かを逐一共有し、デモ参加者がその情報を見て行動している。リーダーという存在に頼らず3か月間戦い、9月4日に当初の目標であった逃亡犯条例の改正案撤回を勝ち取った。

 このリーダーを必要としないやり方は、2014 年の雨傘革命の反省を生かした形だ。デモ参加者に話を聞くと、「雨傘革命の失敗は黄之鋒(ジョシュア・ウォン)というリーダーに頼っていたから、デモ隊はリーダーを必要としていない」と語る。民主派議員などがリーダーシップを取ろうとする発言をするとデモ隊に罵倒されるなど、縦の繋がりではなく、横の繋がりを強め連帯を図っている。参加者一人一人ができる範囲で連携し、一つのデモ運動を作り上げているのだ。リーダーを必要としない形態というのはすなわち、リーダーと政府による交渉も必要としないということでもある。交渉をしても無駄で、要求を全て呑むまではデモをやめない。それが彼らの方針である。

「交渉を必要としない」「リーダーを必要としない」。この二つがデモの本質的な部分であり、「このデモは何か」という問いを一層難しくしている。

 デモを何回も撮影し、参加者からも話を聞いているが、彼らは一様に「香港基本法(憲法に相当)は中国共産党の意思なしには改定できないし、選挙制度も立法会の議席の大部分が中国共産党の意思が反映されており、普通選挙とは程遠く、香港がこれからどうなるか分からない」と話す。デモ隊は五大訴求を掲げているが、その根底にあるのは「光復香港 時代革命(香港を取り戻せ、我々の時代の革命だ)」という世直し的な価値観であると思う。

「一国二制度」の「一国」を重視し、「“中国夢”中華民族の偉大な復興を」と叫ぶ習近平・北京政府と「二制度」を重要視してきた香港は対峙し、今まさに岐路に立たされている。この時代革命がどこへ流れつくのか分からないが、香港の未来が明るくなることを願う。

プロフィール

森上元貴(もりかみ・もとき)

日本大学藝術学部写真学科在学中
morikamimotoki@gmail.com

 
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