日本人の劣化はコロナ自粛で加速する

宮台真司氏『音楽が聴けなくなる日』トークイベントレポート
宮台真司

 感情の劣化が再生産される悪夢

 感情の劣化は80年代の環境浄化の10年後から顕在化した。そんな環境で育った子どもたちが90年代に成人したからだ。そして彼らは00年代には親になり、今はその子たちが中学生や高校生になっている。感情が劣化した親から生まれた子が成人になろうとしているのが今だ。そこに宮台さんは、劣化の再生産を見て取る。

 これに追い打ちをかけるのが、コロナ禍だ。リモートが進むと、若い世代は、一緒に外で遊んで共同身体性や共通感覚を養って、仲間としての共通前提を磨き上げるというプロセスからますます阻害されてしまうし、この阻害は今後も拡大していくだろう。だから今後、社会はいよいよ劣化していくしかないというのが宮台さんの悲観的な結論だ。

 しかも状況はさらに悪い。個人の中でも感情の劣化は再生産されるからだ。宮台さんがここで「感情の劣化の現れ」として舌鋒を向けるのはヘイトスピーチだ。中国人や韓国人などをひとまとめにして悪口をいうようなラベル、レッテル貼りは、もし自分に中国人や韓国人、アメリカ人の友達がいればできなくなる。そのようなラベル貼りは、外国人である友達を傷つけることになることを理解できるようになるからだ。

「ラベルなど関係なくつきあってみなければ、その人がどんな人なのか分からない」ということが分からない寂しい人が、ヘイトになる。換言すれば、いろんな友達や仲間がいない人がヘイトスピーチをする。また、そのように感情が劣化していると友達ができず、孤独になってしまう。

 宮台さんは、「孤独がヘイトを産み、そのことでさらに感情の劣化が進む」という、悪夢のような構造」を指摘する。

 

 カギを握るのは女性と教育

 しかし、まったく希望がないわけではない。その一つが女性だ。

 ドイツと日本は性別役割分業がきつい。その代わり、メインストリームである男性文化に染まっていない。90年代、性愛からの退却が始まった。最初に始めたのは男性だった。宮台さんが調べてみると「コスパが悪いから」「リスクマネージメントできないから」などと答えて、びっくりしたそうだ。こんな男を恋人にしたい女性がいるわけがない。このため、女性の側が男性にあきれて、女性もまた性愛から退却していったという流れがある。

 同じ年の男女で比較すると、男性はあきらめているか、そもそもあきらめていることにも気づいてない。女性はまったく違って、恋愛していなかったり彼氏がいなかったりする女性たちは、男に絶望して疲れたというのが主な理由だ。

 

 ただし、そんな男性を育てているのもまた女性である母親だ。宮台さんによれば、クズな男を見すぎると、それが男の標準だと思ってしまう、という学習が進んでいるという。宮台さんはこのような状況について「本当にクオリティが高い男と恋愛をしてほしい」と願う。二股でも不倫でもいい。素晴らしい男性とつきあった経験があれば、そういう男性を育てることが大事だと思えるはずだ、と熱く語った。

 宮台さんが考えるもう一つのカギは教育だ。ただし、ここでいう教育は知識の伝達ではない。動機付けのことだ。体験をベースにした教育は動機付けを与える。

 プラグマティストのジョン・デューイは「新たな体験をすることで自分の中にあった知の体系が再構成され、その再構成が繰り返されることで成長する」と考えた。宮台さんはこれを「体験デザイン」と呼ぶ。子どもたちが何を体験するのか、何をどう体験できるのか、そこに照準することが大事になる。

 その前提として、相手の体験を自分の体験として受け取るというシンクロも重要だ。これは知識ではない。子どもの頃からそういう風に行動していることが必要になってくる。これが身についていない人間を大人になってから変えることは困難だという。

 宮台さんは、「体験デザインが大事。教育もそう。表現もそう。そしてこのようなレクチャーもまた体験デザインの一種だ」と締めくくった。

 

「クズ」などの言葉

 ところで、宮台さんは「クズ」などの「汚い言葉」をよく使う。トークイベントに参加された方ならお分かりいただけるだろう。しかし実はこれもまた、体験デザインの一種だという。見た、聞いた人がどう思うのかに照準していて、不快に思う人がいることも織り込み済みだ。

 というよりも、それこそが宮台さんにとってこのような言葉を使う目的であり、相手がどう体験するのかを相手自身に自覚させることを狙ったコミュニケーションを意図していると、イベント最後の質疑応答の中で打ち明けた。言葉づかいについて不快に思われた方もいるかもしれないが、それもまた宮台流の体験デザインのあり方なのだ。

 

執筆=東郷正永 協力=隆祥館書店

 

(プロフィール)

宮台真司(みやだい・しんじ)

1959年、宮城県生まれ。社会学者。東京都立大学教授。東京大学大学院社会学研究科博士課程修了(社会学博士)。著書多数。近刊は『音楽が聴けなくなる日』(集英社新書、永田夏来・かがりはるきとの共著)。

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プロフィール

宮台真司

宮台真司(みやだい・しんじ)

1959年、宮城県生まれ。社会学者。東京都立大学教授。東京大学大学院社会学研究科博士課程修了(社会学博士)。著書多数。近刊は『音楽が聴けなくなる日』(集英社新書、永田夏来・かがりはるきとの共著)。

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