手塚治虫がマンガの神様なら、ちばてつやはマンガの先生である。現代マンガの文法を確立し、作品世界に創造主として君臨する手塚とは対照的に、ちばは自らが作品世界に入り込み、キャラクターの人生に伴走する。その人間描写は、多くの名だたる漫画家たち(たとえば大友克洋や江口寿史)にとって教科書のようなものだった。また、ちばの名を冠した新人賞(最終選考はちば自身が行う)からは綺羅星のごとく個性派作家が生まれている。現在は大学で教鞭をとる文字どおりの先生だが、漫画家を志す者にとってはずっと昔から先生だったのだ。
そんなGTC(Great Teacher Chiba)が、自らの漫画家人生と作品について語ったのが本書。終戦時に隠れ住んだ満州の屋根裏部屋で弟たちのために描いた絵本を原点に、帰国後出会った豆本でマンガの楽しさを知り、17歳で貸本漫画家デビュー。少女誌を経て週刊少年マンガ誌の創成期から青年誌に至る道程は、まさに日本のマンガ史そのものだ。
しかし、これだけのキャリアと実績がありながら、その語りにはまったく偉ぶったところがない。ちば作品の特長のひとつは、市井の人々の生活を衣食住の隅々までしっかり描くことであるが、その視線と筆致は本書においても変わらない。『あしたのジョー』のようなヒット作だけでなく、必ずしも成功とは言えなかった作品についても率直に語る姿勢からは、誠実な人柄が伝わってくる。
実を言うと、私はちば氏に3時間超のインタビューをしたことがある。取材前には過去のインタビューや資料を読み込んだ。なので、本書の記述には既知のものも少なくなかったが、それでも初耳の話が結構あった。そういう意味では“決定版ちばてつや伝”と言ってもいい。
驚くべきは、女性を描くのは苦手と言いながら、〈まだまだこれから勉強して、うまくなりたいと思っている〉と言ってのける向上心。マンガの先生というだけでなく、人生の師として仰ぎたい。
みなみ・のぶなが ●マンガ解説者
青春と読書「本を読む」
2014年「青春と読書」6月号より