『資本主義の克服 「共有論」で社会を変える』 金子 勝著

リベラルな改革原理としての「共有論」 金子 勝  

 日本社会は今、「失われた三十年」から抜け出せないまま、閉塞感に包まれている。アベノミクスが目指す経済社会はどのようなものか、日本の将来の姿が見えてこない。世界的には「百年に一度」といわれる経済危機、そして対テロという新しい戦争など歴史的に繰り返される危機、福島の原発事故のように人類が初めて体験する危機とが重なりあい、我々はみな自分たちがどこに立っているのかわからなくなっている。このような従来の概念では推し量れない、今という時代をいかなる縦軸と横軸で描くべきか、そんな発想から上梓したのが『資本主義の克服 「共有論」で社会を変える』(集英社新書)である。
 私はこれまでその時々の経済社会状況を、「逆システム学」、「反グローバリズム」、「脱原発成長論と地域分散型のエネルギー転換」などと特徴づけてきた。本を一冊書くごとに、自分が意識している問題を突き詰めてゆくと、従来の見方とは異なる「幹」が生まれる。この繰り返しを十七年間積み重ねた結果が本書である。
 今回はまず、資本主義の長い歴史を三つの視座から俯瞰した。そして現実の社会で働いている「原理」を発見することを試み、「失われた三十年」への具体的な処方箋を提示した。
 第一の視点は、近代資本主義の歴史を国民国家の膨張とその衝突と捉えたことである。近代の産物として生まれた国民国家には、ナショナリズムと資本の膨張が、本性として具わっている。そう考えると、グローバリズムは国民国家と対立するものではなく、総力戦の戦争が不可能となった先進国同士が、自由市場の獲得競争を展開するという、国民国家の膨張的傾向による支配―被支配の関係であると見えてくる。
 この視点の背景には、市場は多重な調節制御を行う「制度の束」でできているという進化論的アプローチに基づく市場観がある。発想の大本はゲノム科学からきている。ヒトゲノムには体の調節機能のための遺伝情報が埋め込まれ、それが進化しているという。市場経済も同様に、財政、金融、法律や慣行などあらゆる調節制御の仕組みが埋め込まれていると考えると、グローバリズムとは、多重な調節制御の仕組みを無視し、制度やルールを部分的に移植しようとしたものだと見えてくる。
 第二の視点は、資本主義の歴史は非線形的変化によって区分されるというものだ。これは非線形科学からアイデアを得た。ここで言う非線形的変化とは、まるで鉄がポキッと折れるように、不連続の変化を引き起こすものである。具体的には、大不況から第一次大戦、大恐慌から第二次大戦、ニクソンショックから石油ショック、さらにはリーマンショックや「九・一一」、福島の原発事故に至る今日のような大転換期を指す。
 現実の歴史を振り返ってみれば、新たな税の仕組みや社会保障制度は、決して平時において選択されることはなく、このような大きな社会的危機のときにつくられてきた。
 これに関連し、第三の視点は、資本主義の歴史を波動で見るというものだ。経済学者のヨーゼフ・シュンペーターは二〜三年サイクルの在庫循環、十年サイクルの設備投資の景気循環、五十年サイクルの産業の長期波動の三つの波動を考えた。私はこれをさらに大胆に読み替えた。すなわち、資本主義では中期の景気循環を重ねるうちに、市場の調節制御によって保たれていた均衡が崩れ出す。そして新しい矛盾が堆積すると、制御不能な事態が非線形の変化と重なって長期波動が生じる。それは同時に産業構造の転換も引き起こす。
 例えば十九世紀の大不況期、イギリスの綿工業に対して、ドイツやアメリカが鉄鋼や鉄道業で台頭し、国民国家同士が衝突しはじめた。それにより第一次大戦が起きると、今度は生存権を保障するワイマール憲法が制定され、普通選挙権ができ、統治体制が変わっていった。
 このように考えると、今はまさに長期の波動、いわゆる景気循環の波の底にあると言える。そこで生じる大きな変化の一つにはエネルギーの問題がある。情報通信技術やスーパーコンピュータの発達が経済の中へ猛烈に入り込み、再生エネルギーと組み合わさると、新しい産業の波が起きるだろう。しかし非線形的変化の中で、古いルールに縛られたままだと、せっかくのイノベーションも官僚化した大企業の経営者や、旧態依然の産業の既得権益に阻まれる。加えて、旧来のルールに穴があいたことで、その空白部分に、情報の独占のような新たな問題が生じる。
 ここで必要となるのは、社会を変える新たな原理、それもリベラルな改革原理だ。それは何かと考えたとき、思い至ったのが制度やルールの「共有」という概念である。この概念についてはぜひ本書をお読みいただきたい。
 この本では、上述の三つの視点から資本主義の歴史を読み解き、現在起こっていることを分析した。さらに詰めて考えるべきことも残っているが、まずは現代社会を見る際の一つの尺度として、議論の対象あるいは問題提起になれば幸いである。
構成 =田中奈美

かねこ・まさる● 慶應義塾大学経済学部教授 

青春と読書「本を読む」
2015年「青春と読書」4月号より

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