『女性差別はどう作られてきたか』 中村敏子著

男性は女性をどう見なしてきたのか?  北村 紗衣

北村紗衣

 「女性問題」という言葉がある。この言葉は女性に対する差別や抑圧などの問題を指して使われることが多いが、実は核心を避けている。というのも、世間で「女性問題」と言われているものは、実はこれまでの歴史において男性が女性をどう考え、どう扱ってきたかということに起因するものなので、実質は「男性問題」と言ったほうがいいようなものだからだ。問題の根底にあるのは男性の女性観である。

 『女性差別はどう作られてきたか』は、これまでの歴史において男性が女性をどう考えてきたかに焦点をあてており、まさに男性問題としての女性差別についての著作である。その点では、これはフェミニズムの本だとは言えるが、フェミニズムの歴史についての本ではない。本書の「はじめに」でも述べられているように、「フェミニズムは、主として女性には否定されてきた社会における活動を希求」(p. 16)するものだが、一方で家父長制というのはごく最近まで、ほとんどは男性中心的な社会にあわせて男性の思想家が検討してきたものだった。このため本書の主な登場人物は、フェミニズム政治思想の研究者であるキャロル・ペイトマンや大正期の日本の女性運動家数名を除けば、ほとんど男性の思想家である。女性のキラキラした活躍をとりあげた楽しい本というわけではではない。

 このように男性の思想家や男性中心的な法体系に焦点をあてることがフェミニズムの中で重要なのは、我々女性がどういう理屈で抑圧されてきたのか、その歴史的背景が理解できるようになるからだ。男性が家父長制を正当化し、女性を差別してきた歴史を知ることはいささか気が滅入るような勉強のプロセスかもしれないが、性差別と闘う際には論駁のための大きな武器になる。「女性活躍推進」とか「女性の社会進出」とかいうような威勢は良いが内実があまりよくわからないスローガンに躍らされる前に、本書が解説しているような、なぜ女性がそもそもこれまで「社会」から疎外されてきたのかに関する知識をつけることは非常に重要だ。

 本書はこうしたある意味では気が滅入るようなテーマを扱っているが、全くそうしたことが気にならない、わかりやすく平明な切り口が特徴だ。第一部は西洋の思想や法制度における家父長制の歴史を解説しており、アリストテレスからイギリスの初期の女性運動までをカバーしている。一見したところ開けた感じのジョン・ロックと、「万人の万人に対する闘争」などという、きな臭い言葉のせいでいささか怖いイメージのあるトマス・ホッブズを比較すると、ホッブズのほうが男女平等に親和的なモデルを提示しているということを述べた第四章は、思想史に詳しくない読者にとっては意外性があり、興味深い。読みやすいとはお世辞にも言えない近世の思想史テクストを、時代背景をふまえつつじっくり読み解いた結果を鮮やかに提示してくれているという点で、学問の醍醐味を手軽に味わえる章である。

 第二部は日本の思想や法における女性差別の歴史をたどったものであり、西洋、とくにイギリスとの文化的経緯の違いが明確に解説されている。江戸時代や明治時代の家族制度が、現代の我々が図式的に考えるよりもかなりグダグダのものであったことが述べられており、とくに第三章の明治における穴だらけの戸主権規定にツッコミを入れている箇所は、議論の対象となる法に矛盾が多すぎて、思わず意地悪な笑いを漏らしそうになる。しかしながら、こうした何が何だかよくわからないグダグダの規制と、いきあたりばったりなその強化の結果として性差別が温存されていることを考えると、笑ってばかりではいられない。

 本書は全体として、込み入った歴史を大変明快かつ平易に教えてくれるものである。欲を言うとすれば、わかりやすさのために多少、複雑なことがらを単純化しているきらいがあるところもある。たとえばp. 16では、これまでのフェミニズムにおいて「家族における夫婦間の「家父長制」」に関する検討が少ないことが指摘されているが、たしかに政治活動としてのフェミニズムにおいてそのような問題について一般読者の目に触れるような形で行われる議論は少ないにせよ、研究者の間では専門的な研究の蓄積があるものであり、しかもこの新書は明らかにそれをふまえて書かれているので、やや経緯を簡略化しているように思える。また、第六章では最近、よく引き合いに出されるジェンダー・ギャップ指数が指標として出てきているが、この指数の算出方法や、この指数ばかりをマスコミがとりあげることに対してはフェミニズムの研究者からも批判がある。ここではわかりやすさのために出てきていると考えられるが、問題点が触れられていないことはいささか残念だ。

 しかしながら、新書という媒体ではカバーしきれない複雑なものの理解につなげるためにも、本書を読み終わった読者は著者が書いた単著や、また本書でも大きく扱われているキャロル・ペイトマンの著作で、著者が翻訳している『社会契約と性契約――近代国家はいかに成立したのか』(岩波書店、2017)を手に取って欲しい。わかりやすい入り口から込みいったものに入っていくのが、性差別を理解し、闘うためには役立つだろう。その点でこの本は最良の入り口のひとつと言える。

 

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プロフィール

北村紗衣
武蔵大学人文学部英語英米文化学科教授。1983年、北海道士別市生まれ。専門はシェイクスピア、フェミニスト批評、舞台芸術史。東京大学の表象文化論にて学士号・修士号を取得後、2013年にキングズ・カレッジ・ロンドンにて博士号を取得。著書に『英語の路地裏 オアシスからクイーン、シェイクスピアまで歩く』(アルク/2023年)、『批評の教室 ――チョウのように読み、ハチのように書く』(筑摩書房/2021年)、訳書にキャトリン・モラン『女になる方法――ロックンロールな13歳のフェミニスト成長記』(白水社/2018年)など。
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