『イスラームとの講和 文明の共存をめざして』 内藤正典  中田 考著

欧米とイスラーム世界の共生は不可能だ(以上の7文字に傍点)という思い切った断定 内田樹  

 イスラームついてわからないことがあると、まずその知見を伺いたいと思う人が二人いる。この本の対話者である中田考・内藤正典の両先生である。本書はいくつか決定的に新しい知見を含んでいる。一つは欧米とイスラーム世界の共生は不可能だ(以上の7文字に傍点)という思い切った断定である。内藤先生はこう述べる。
「西欧とイスラームとの関係について、私は、もはや両者の関係は『水と油』、どこまでいっても交わることのないものであるという現実を直視した上でないと衝突を抑止できないと考えている。どちらかが相手をねじ伏せることも、啓蒙することもできない」
 西欧とイスラーム圏の間は「戦争」状態にあり、最優先課題は「停戦」だというのである。そして、「講和」を実現するために国際政治的・法技術的に何がなされるべきかを本書は具体的に示す。
 イスラーム法に定める「講和」をなしとげるためには「講和の主体」が要る。欧米との交渉でシーア派の講和主体はイランがつとめられるだろう。しかし、スンナ派には講和主体がいない。中田先生はそこでトルコのエルドアン大統領をカリフ指名するという大技を繰り出してくる。オスマン帝国はその版図のうちにキリスト教・ユダヤ教信者たちの居住地を含みつつ、ヨーロッパとの「講和」状態を600年にわたって維持してきた。この多文化・多宗教的な圏域の経験知に「講和」のハンドリングを委ねるというアイディアは私にはきわめて刺激的なものに思える。
 空想的な話だと思う人もいるだろうけれど、スンナ派のムスリム同胞団は2010年からの「アラブの春」が成功したときエルドアンをカリフに推戴して、イスラーム世界をまとめる構想を抱いていたらしい。そういう話を聴くと、私たちの世界がまさに地殻変動的な激動期に入っていることが実感される。そして、日本の政治家とメディアがこの巨大な変化にほとんど関心を示さないことに愕然とするのである。

うちだ・たつる ● 思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授

青春と読書「本を読む」
2016年「青春と読書」4月号より

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