『新・日米安保論』 柳澤協二 伊勢崎賢治 加藤 朗 著

居心地のよい蛸壺から一歩出て、大海の混沌に向き合う勇気 想田和弘

「自衛隊を活かす会」の呼びかけ人を務める三人が、日本の安全保障のあり方について意見を交わす鼎談である。
 いわゆる「護憲派」には、会の名前を聞いただけでアレルギーを起こし、本書を読むことを拒絶する人がいるであろう。逆に「想田が推薦するような本はどうせ左寄りだろう」と決め込み、読もうとしない「改憲派」もいるのではないだろうか。
 しかし本書の目的は、まさにそういう既存のイデオロギーや立場を脇に置いて、とにかく日本の置かれた状況を虚心坦懐に分析し、進むべき道をみんなで考えようというものである。実際読み進めていくと、冷戦後の現実はあまりに混沌としていて、「改憲か護憲か」という単純な二分法が全く役に立たないことがわかる。条文解釈などを巡る日本の蛸壺的な議論が、いかに現実から遊離した、ピント外れのものかが痛感される。
 いや、単純すぎるのは「改憲か護憲か」の二分法だけではない。例えば日本では、冷戦期の発想のまま「米国との同盟強化=日本を守ること」と信じている人が多いが、在日米軍があるからこそ日本が北朝鮮のミサイル攻撃の標的になっている面も否定できない。「あっちを立てればこっちが立たない」のが複雑怪奇な国際政治の現実である。その当たり前の事実に、本書は光を当てている。
 したがって本書は、解決策をズバリと明快に説いたりはしない。というより、時に堂々巡りでわかりにくい。三人の意見が食い違うことも多いし(僕の意見とも違うことが多い)、決定的なソリューションも示されない。悪く言えばグダグダな議論が延々と続く。
 しかし本書の議論の混沌は、現在の政治状況のグチャグチャぶりや予測不能性を、むしろ正確に反映しているのだと僕は思う。イデオロギーに頼らず「(なま)の現実」をよく見ようとすれば、きれいにスパッとはいかないのである
 私たちに今最も必要なのは、居心地のよい蛸壺から一歩出て、大海の混沌に向き合う勇気なのだと思う。

そうだ・かずひろ●映画作家

青春と読書「本を読む」
2017年「青春と読書」6月号より

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居心地のよい蛸壺から一歩出て、大海の混沌に向き合う勇気 想田和弘