『戦争はどうすれば終わるか? ウクライナ、ガザと非戦の安全保障論』 柳澤 協二 伊勢﨑 賢治 加藤 朗 林 吉永 著 自衛隊を活かす会 編著

モヤモヤするからこそ、思考と議論を止めてはならない―― その姿勢の大切さを思い起こさせてくれる1冊

布施祐仁

 「ウクライナの戦争って、まだやっているの?」――最近、小学5年生の息子から受けた質問だ。昨年(2023年)10月にイスラエルがガザに侵攻して以降、ウクライナ戦争に関する報道が激減した。それで「もう終わったのかな」と思ったらしい。

 開戦から丸2年を迎え、日本ではウクライナ戦争への関心が総じて低下しているのは間違いない。戦場から離れた場所に生きる第三者が、長期に渡り関心を持続させるのは容易ではない。戦況が膠着し、先行きが見通せない場合はなおさらだ。

 とはいえ、戦争が長引けば長引くほど多くの人命が失われる。国連ウクライナ人権監視団は昨年11月、ウクライナでの民間人死者数が少なくとも1万人に達したと発表した。ウクライナとロシアの戦闘員の死者数は両軍合わせて20万近くに達しているとの情報もある。このおびただしい戦死者の数を考えれば、一刻も早い戦闘終結を願わない人はいないだろう。

 そして、この戦争による被害は世界中に及んでいる。特にアフリカでは穀物価格の高騰により食糧危機が深刻化している。昨年6月、アフリカ7カ国の首脳らがウクライナとロシアを訪れ、双方に停戦に向けた交渉を求めたのもそのためだ。食糧危機で命の危機に瀕している人々のことを考えても、この戦争がこのまま長期化することを黙って見過ごすことはできない。

 では、どうしたらこの戦争を終わらせることができるのか。そのために、私たちには何ができるのか――「自衛隊を活かす会」などで活動を共にする安全保障の専門家4氏が、この問いに対する各々の考えを述べ、議論しているのが本書である。

 戦争には実際に戦闘が行われている「現実空間」の他に世界の人々がその戦争をどう解釈するかという「言説空間」があり、後者が前者に大きな影響を与えているとの加藤朗氏の指摘は重要だ。日本に生きる私たちもこの「言説空間」の一員であり、その意味ではウクライナ戦争の「当事者」なのだ。

 実際、この戦争はロシアの侵略戦争/ウクライナの自衛戦争ではあるが、ウクライナを支援する米国は「民主主義と専制主義の戦い」というナラティブ(物語)を描いた。米国が世界戦略上重視する「専制主義の中国・ロシアとの大国間競争」という別の地政学的文脈が持ち込まれたのだ。

 そして、この言説空間の状況はウクライナ戦争だけでなく、日本を含む東アジアの安全保障にも大きな影響を及ぼしている。その意味でも私たちは「当事者」としてこの戦争を放置できない、という本書の問題意識は私も共有する。

 また、国連憲章は主権国家の「領土保全」だけでなく、主権国家内で抑圧されている少数民族の「自決権」も重視していることに留意すべきとの主張も重要だ。

 ただし、「ウクライナ東部地域のロシア系住民の自決権」で今回の軍事侵攻を正当化するロシアの主張には同意できない。これは口実に過ぎず、本当の目的はウクライナ東南部地域をロシアに併合し、黒海に面した戦略的要衝であるクリミア(2014年に併合)とロシア本土をつなぐことにあったと私は見ているからだ。

 ロシアが今回の侵攻を正当化するために「前例」として用いる1999年のNATOによるコソボ紛争への軍事介入と2008年のコソボのセルビアからの一方的独立のケースもそうだが、国家の「領土保全」と抑圧された少数民族の「自決権」の兼ね合いをどう考えるのかは、もっと議論を深めていく必要があるだろう。帝国主義的な野心を抱く国家指導者たち(プーチンに限らない)に「自決権」や「人権」を都合よく侵略正当化の口実に使わせないためにも、市民社会が確かな論理を構築していかなければならない。

 本書には、ウクライナ戦争がどうすれば終わるかという問いに対する明確な「答え」は書かれていない。執筆者の一人、「自衛隊を活かす会」代表の柳澤協二氏(元内閣官房副長官補、防衛庁運用局長)も「戦争の終わり方を論理的に考えれば、現在進行中のこの戦争が終わる論理が見えてこないという悩ましいところがあります」と率直に述べている。その意味では、読んで目の前の霧が晴れてスッキリするどころか、モヤモヤが増す本だと言ってもいい。

 個人的には同意できない主張もあった。しかし、それも含めて考える材料を多く与えてくれた。モヤモヤしても、いやモヤモヤするからこそ、思考と議論を止めてはならない――その姿勢の大切さを思い起こさせてくれる1冊である。

 なお、本書では、パレスチナ・ガザ地区での「戦争」についても1章設けて4氏が論じている。

 この本が喚起する議論が、ウクライナとガザでの戦火を鎮めるのに少しでも寄与することを願ってやまない。

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プロフィール

布施祐仁

(ふせ ゆうじん)

1976年東京都生まれ。ジャーナリスト。2012年、『ルポ イチエフ 福島第一原発レベル7の現場』(岩波書店)で平和・協同ジャーナリスト基金賞、および日本ジャーナリスト会議によるJCJ賞を受賞。2018年、三浦英之氏との共著『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(集英社)により石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。その他の著書に『自衛隊海外派遣 隠された「戦地」の現実』『経済的徴兵制』(集英社新書)、『日米同盟・最後のリスク: なぜ米軍のミサイルが日本に配備されるのか (「戦後再発見」双書10) 』(創元社)などがある。

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モヤモヤするからこそ、思考と議論を止めてはならない―― その姿勢の大切さを思い起こさせてくれる1冊