『戦争はどうすれば終わるか? ウクライナ、ガザと非戦の安全保障論』 柳澤 協二 伊勢﨑 賢治 加藤 朗 林 吉永 著 自衛隊を活かす会 編著

戦争を知ることが最大の非戦に繋がるという事実を、本書は余すところなく突きつけている

古谷経衡

〝ウクライナ戦争をやめさせるといっても、その「非戦・避戦・停戦」の重要性を分かってもらうには、日本人に戦争とはこんなものだと不完全ではあっても自覚させることが不可欠なのです。そういうことをしっかりと教えていかないと、恐ろしいことに、戦争に関してまっさらな状態で戦争と出遭うことになってしまうのです。〟(林吉永,P.148)

 これほどの名言はない。ウクライナ戦争開戦から約二年(クリミア戦争から数えると約十年)、ロシアによる核使用の脅威が残るまま、ウ東部戦線は膠着し、ウ露両国の戦傷者は増加の一途をたどる。スウェーデンがNATOに正式加入し、トランプ二選の可能性もくすぶる中、国際社会はこの戦争の終結方法を模索し始めたが、展望はなお暗い。このような中、四名の有識者がウ戦争のみならず「ガザ紛争」にまで視座を広げて熱論している本書は、現在最も必要な新書と言えるのではないか。

 日本人の多くがウ戦争の早期終結を望むが、一方でこの二年間、防衛費倍増や、ウ戦争に中国が触発(?)される、などの想像をもとにした台湾有事のシュミュレーションなどが盛んだ。なるほど我が国の防衛をめぐる論議は、その方向性が必ずしも精緻なものでないにせよ熱を帯びる。だがそこに、「一度始まった戦争は、どのようにして終わるか?」という視座は希薄である。好戦論がネットや一部保守系メディアで取り沙汰されることの是非はともかく、「戦争終結への具体的な展望」がなければそれは意味をなさない。

 本書では本稿冒頭引用の通り、戦争終結や停戦への努力を裏付けるものは、そもそも戦争とは何かを知らなければならない、として言説空間での事象も取り上げている。言説空間とはメディアやカルチャー(映画、アニメ、漫画)で展開される「戦争の疑似体験」を含む。

 私の祖父は戦時中、南満州鉄道の警備兵(軍属)であった。終戦までに祖母とともに内地に引き上げた。当然激甚な空襲を経験していないし、例えば水木しげる氏がニューブリテン島で片腕を吹き飛ばされた、という凄惨な戦闘経験もない。先の大戦を生きた人々であっても、「戦争とは何か」を自覚する経験の濃淡はさまざまであるのに、まして戦後の日本人にあっては何をかいわんやである。そのために言説空間がある。それはある種の想像力である。戦争がいかに残酷で愚かなのか。戦後八十年近くが過ぎ、体験者への聞き取りは困難になりつつある。だから私たちは「疑似体験」を通じて不完全ながら戦争に触れるしかない。

 本書でもあるように戦後の一時期、いわゆる「軍記漫画」は子供たちの娯楽としてあった。松本零士の『戦場まんがシリーズ』、ちばてつやの『紫電改のタカ』など挙げるときりがない。少年期に戦争を経験した芸術家たちの作品は確実に「疑似体験」として継承された。しかし現在、このような作品群はカルチャーシーンでは後景に退き、アイドルや恋愛やグルメを扱ったものの方が配信産業の中で隆盛している。国家間の戦争の残忍さをSFに仮託した富野由悠季の『機動戦士ガンダム(1st)』は、私の世代(四十代初頭)でさえ観ていないものが多い。『宇宙戦艦ヤマト』が2010年に実写映画化されたとき、もはや国家対国家という図式すら存在しなかった。毎夏地上波で放送されるのが恒例だった『火垂るの墓』に代わって、登場人物が敵に殺されたり死んだりしない『サマーウォーズ』が夏アニメの主役になって久しい。戦争で無辜の市民が殺される作品よりも、異世界に転生し何の努力もせず魔法でモンスターを倒して女の子にモテる作品の方が、ブルーレイの売り上げが良いからだ。

 私はアイドルや恋愛が悪いと言っているのではない。戦争をほぼ「疑似体験」しかできなくなった今、切なる非戦のための、戦争の輪郭を想像させる言説空間の力が極めて弱くなっている、と言いたいだけだ。俗にいう「ミリオタ」の宮﨑駿が徹底して反戦平和を描くように、戦争を知ることが最大の非戦に繋がるという事実を、本書は余すところなく突きつけている。

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プロフィール

古谷経衡

(ふるや つねひら)

1982年札幌市生まれ。文筆家。立命館大学文学部史学科(日本史)卒業。一般社団法人日本ペンクラブ正会員。NPO法人江東映像文化振興事業団理事長。時事問題、政治、ネット右翼、アニメなど多岐にわたり評論活動を行う。著書に『毒親と絶縁する』(集英社新書)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『左翼も右翼もウソばかり』『日本を蝕む「極論」の正体』(ともに新潮新書)、『「意識高い系」の研究』(文春新書)、『女政治家の通信簿』(小学館新書)、『シニア右翼 日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中公新書ラクレ)、長編小説『愛国商売』(小学館文庫)などがある。

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戦争を知ることが最大の非戦に繋がるという事実を、本書は余すところなく突きつけている