「イスラームを通して現代の世界を見ると、 別の姿が立ち現れる」ことが実感できる本 釈 徹宗
欧米が提示してきた近現代の物語が限界に直面している。そのことを具体的な事例に基づいて論考し、さらにこれからの世界の有り様にも言及する書である。EUの限界・啓蒙主義の限界・国民国家の限界・国連の限界・リベラルデモクラシーの限界・自由/平等/人権といった理念の限界、そして今の日本の政治や官僚システムが限界であることを浮き彫りにしている。もはや従来のパラダイムでは、もつれにもつれた糸はほどけない。考察のカギとなるのは難民問題だ。各国で強くなっているリベンジの構造を、複数のパラダイムを受け入れる構造へと移行することが必要となる。
なぜシリアがこんなことになってしまったのか。なぜ“アラブの春”は短期間で終わってしまったのか。なぜ中東諸国はパレスチナに対して日和見(ひよりみ)的となってしまったのか。著者は、歴史を縦軸に、地理を横軸に、世界を俯瞰していく。「複雑な事情を的確に他者へと伝える」ことに関して並外れた能力を持つ著者の特性が、本書でも生かされている。なによりも、「イスラームを通して現代の世界を見ると、別の姿が立ち現れる」ことが実感できる本となっている。読者は、読み進めるにつれて、自分自身のパラダイムの再考を迫られるに違いない。
「いずれ中国とイスラーム勢力の衝突は避けられない状況」「グローバリズムは(…)名もなき人びとが領域国民国家という枠組みを超えて動くことを当然とする、という意味」など、平易だが切れ味鋭い知見が展開されている。また、ハンチントンの『文明の衝突』批評や、「保守論」は必読である。
それにしても、外交というものは本当に二枚腰三枚腰で実行しなければならないのだなあと思う。ぜひ本書に述べられている“ロシアとトルコ”や“中国とトルコ”に見られる敵対的共存の提案を精読してもらいたい。
これから“日本がどの方向へと歩むべきなのか”を考えるためには、本書の語りに耳を傾けねばならない。
しゃく・てっしゅう ●宗教学者、僧侶、浄土真宗本願寺派如来寺住職、相愛大学人文学部教授
★青春と読書11月号「本を読む」より転載