『宇宙は無数にあるのか』 佐藤勝彦著

まさに、勝さんにしか書けない本 益川敏英

 中学生時代、「星の生涯」について書かれた入門書を読んで、胸を躍らせたことがある。宇宙で生まれた第一世代の星は、水素やヘリウムといった軽い元素だけで作られた。しかし星の内部で核融合によって炭素や鉄のような重い元素が作られ、星が死を迎えて爆発すると、それが宇宙にバラ撒かれる。太陽のような第二世代の星は、それが再び重力で集まることによって生まれた。もちろん、地球上にある元素もその一部だ。

「ならば僕の身体も、燃え尽きた星でできているのか」――感動した私は、卒業文集にもその話を書いた。みんなが将来の目標や先生方への感謝の言葉を書き綴る中で、それはかなり場違いで奇妙な作文だったに違いない。しかし、授業中にほとんど先生の話を聞いていなかった私の頭の中は、宇宙の不思議で一杯になっていたのだ。

 本書は、そんな少年時代の記憶を蘇らせてくれた。勝さん――佐藤勝彦さん――は、宇宙論の分野における世界的な中心人物だ。ノーベル物理学賞が与えられても、誰も怒らないだろう。宇宙の指数関数的膨張(いわゆるインフレーション)に関する理論は、現代の宇宙論にとってそれぐらい重要な仕事だった。ちなみに本書には私も登場し、素粒子物理学の立場から彼の研究に重要なヒントを与えたことになっているが、私がそれを教えなくても、彼ほどの才覚があれば必ず自力でそこに到達しただろう。

 そんな第一人者が、最新の観測データを踏まえつつ、宇宙の深遠な謎について書いたのが本書だ。観測技術の飛躍的な進歩によって、私たちの宇宙観はこの二〇年で激変した。それを誰にでも読みやすい文章でわかりやすく解説しただけでなく、宇宙論の専門家さえ頭を悩ませる「人間原理」という奥深いテーマにまで踏み込んでいる。まさに、勝さんにしか書けない本だ。多くの人に、ワクワクしながら読んでいただきたい。

ますかわ・としひで●物理学者

青春と読書「本を読む」
2013年「青春と読書」7月号より

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