著者には『藤田嗣治 手しごとの家』『藤田嗣治 本のしごと』がすでに集英社新書にある。「手紙の森」もそれらと同様に、美術史家としての林さんが絵画以外の材料から炙り出す藤田像で、三つの著書が三点で立体を結んだ趣がある。
「手しごと」は、実生活である。藤田は家の模型(マケット)、人形など小さな「もの」「事物」を愛でた。ミシンもかけたりしていたから、身体感覚としては実はオタッキーだったかもしれない。生活用具には自分で細かな装飾を施していた。「本のしごと」は文字通り本の表紙絵や挿絵である。画家が本の装丁などに関わるのはよくあることで、藤田の描く線は美しかったから、求められることも多かったに違いない。ここに「森」と表されるほどの夥しい手紙が加わった。
手紙には絵手紙が少なくない。今でいうイラスト入りである。イラストは語られる目的や中身が先ず言葉としてあって、それらが分かりやすく伝わることを旨とする。藤田の絵手紙は言葉が先だったのか、絵が先だったのか。自ずと手が動いてしまったのがじっさいなのだろうが、そこが藤田嗣治の才能がなせる陥穽、周辺を騒がしくした理由だった、かもしれない。
藤田は東京に残してきた最初の結婚相手、鴇田とみに三年間で一八〇通近い手紙を送っている。筆まめ、ですむ話ではなさそうだ。藤田は誰を相手にしても、物語を語りたがる人、だったのだろう。絵と言葉とが重なれば、語り口は当然ながら饒舌になる。
その饒舌さの一方で、藤田の絵画そのものは、独特な静謐さをたたえている。どんな孤独がそこに呑み込まれていたのか。
画商や世話になった人たちに宛てた手紙の絵には、戯画化された当人がよく登場している。本書は図版も多く見た目にも楽しいが、本当のところは藤田の画業の、隠された振幅の大きさを探っているようにも読める。
おぐり・こうへい ●映画監督
青春と読書「本を読む」
2018年「青春と読書」2月号より