『伊勢神宮 式年遷宮と祈り』 石川 梵  監修/河合真如著

神域の真実を映し出す 吉田敏浩

 本書は、著者が一九八四年、二四歳のときから三〇年にわたり、伊勢神宮の神域と神事を撮り続けてきた仕事の集大成である。毎朝夕の神饌(神前に供える飲食物)、神に捧げる米を作る神田の御田植式、実った御稲を収穫する抜穂祭、その新穀を神に供えて感謝する神嘗祭などの年中行事が、千古のたたずまいを宿す光と影とともに写しとられている。
 二〇年に一度、社を建て替え、神が遷るための一連の儀式で、その過程すべてが神事となる厳粛な式年遷宮を、著者は一九九三年と二〇一三年の二度、撮影した。「大いなる存在」を肌で感じ、おそれとやすらぎを覚えながら。
 一般公開されず、著者のように取材の許可を得ても、取材不可の領域が神事の核心にはある。秘儀である。また、正宮の正殿は幾重にも垣根で隔てられ、その全貌は見えない。伊勢神宮は多くの参拝者に開かれているが、御神体と心御柱を中心とする核心は閉ざされている。
 しかし、その閉ざされた核心は、実は神宮の外の自然や人との開かれたつながりに支えられている。それが本書の写真と文から伝わってくる。たとえば神饌や祓い・浄めに用いる塩は、伊勢の海の水を入浜式塩田による製塩法でつくる。神饌のアワビや鯛も海の幸だ。神田の稲は土と日の光と雨と風に育まれる。新宮の社を建てる御用材の木は木曾の山から伐り出され、伊勢に運ばれ、市民の手で陸と川の中を神宮まで曳かれてゆく。新宮の敷地の白石も市民が川原で集めて運び、敷きつめる。深い森が神宮を囲み、鳥居や社の上には天空が広がる。このように神宮のいとなみは自然の恵みと多くの奉仕者に支えられている。
 つまり、閉ざされていると見えた神宮の核心も、実は自然と人の大きなつながりの輪の中にあり、包まれている。そして神は、秘儀や垣根といった枠組みをこえて、祈る一人ひとりの心の内に開かれてゆく。伊勢の神域で時を積み重ねてきた著者の心の眼は、こうした真実を映し出し、写真と文に焼き付けてくれた。
 読み終えて評者が願うのは、本来このように万人に開かれているこの国の神の道が、二度と国家神道という人為の政治的な閉鎖系に閉ざされてゆかぬことである。

よしだ・としひろ ●ジャーナリスト

青春と読書「本を読む」
2014年「青春と読書」5月号より

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