今年6月、ジョージ・フロイド殺害事件直後、ミネアポリス、ワシントンDC、シアトルを巡った筆者。あれから数ヶ月が経ち、米国ではコロナ感染により21万人が死亡していた。BLMムーブメントとコロナショックの前代未聞の混沌のなか、大統領選挙を迎えるアメリカから再び現代記録作家、大袈裟太郎がレポートする。
全米で21万人の死者。これはベトナム戦争の死者数の3倍に迫る数だ。それでもトランプ大統領はマスクをせず、その支持者たちもそれに従っていたが、私が渡米する前日(10月2日)、トランプのコロナ感染のニュースが飛び込んできた。大きな波乱の予感だった。そのうえ、BLMプロテストも、それに対抗する白人至上主義者やトランプ支持者からの銃撃で多くの死者を出していた。防弾ベストの装備が必須とされる状況の中、前回の渡米で体験した、人が殺されたときの銃声の耳鳴りも治らぬまま、引き返したい気分を誤魔化しながら日本を後にした。
最初の目的地をポートランド(オレゴン州)に選んだのは、ひとつの疑念があったからだ。ジョージ・フロイド殺害以降、ほぼ連日、激しくプロテストが続いているのはこの街だけのように見える。しかし、それは本当に黒人コミュニティが主体なのだろうか? 反グローバリズム運動がイニシアチブを握っているのではないか? もしそうだとしたらこのプロテストをBLMと呼んでいいのだろうか? そんな疑念を抱えて、ポートランドの地に独り降り立った。
取材初日、散歩がてらに街を歩いているといきなり、トランプ派とプロテスターの小競り合いに遭遇した。トランプ派が街路樹に掲げた星条旗の柄の十字架を、あるプロテスターが地面に叩きつけ、放尿し火をつけた。そりゃあ、怒るだろうと思ったが、案の定、怒り心頭のトランプ派がプロテスターを追い回した。トランプ派は見えるように自動小銃を携行している。突如として緊張感の走る場面だ。僕もカメラを持って追いかけたが、そこでトランプ派が放った催涙スプレーを間接的に食らうハメになった。顔面の激痛と共にホテルに引き返す。Welcome to Portland! これはなんとも、手荒な歓迎だった。
I was indirectly damaged by the tear gas spray.#PortlandProtestshttps://t.co/29b7W8YA0X
— 大袈裟太郎/猪股東吾ᵒᵒᵍᵉˢᵃᵗᵃʳᵒ (@oogesatarou) October 5, 2020
しかしこの様子を地元のジャーナリストが撮影してくれていて、これにより、日本から来た謎の男として急激に認知されていく。おかげで地元のジャーナリストやプロテスターと交流が生まれ、情報交換などを助けてくれることになった。ラッキーといえばラッキーだったのかもしれない。
プロテストの実相
ポートランド地方裁判所、通称ジャスティスセンター前は、この5月から100日以上のプロテストが続いていた。香港を思わせる黒ずくめの若者たちが連日連夜、集う。まず印象に残ったのは音楽だった。スピーカーとアンプをカートに積み、それを転がしながらBluetoothでiPhoneから音楽を飛ばし、路上でずっとDJをし続ける人物がいた。
黒ずくめの群衆の中でRage Against the Machineの「Killing In The Name」が流れた瞬間、滝に打たれたような感覚が体に走る。ああ、本場に来たんだ。あのSNSで見たポートランドのプロテストの真っ只中におれは来たのだ。という痺れるような感慨が押し寄せた。
プロテスターたちは市庁舎前で2Pacのchangesのトラックにキング牧師の演説を乗せて流していた。
公園や私有地に入って警察に逮捕の根拠を与えないように配慮していることがわかった。もちろん破壊も略奪もない。合法的な抗議だ。暴徒ではない。#portlndprotests#PDXProtest #BlackLivesMatter pic.twitter.com/qhszHnqVRT— 大袈裟太郎/猪股東吾ᵒᵒᵍᵉˢᵃᵗᵃʳᵒ (@oogesatarou) October 5, 2020
常にプロテスターの存在とともに、時に鼓舞するように、時に寄り添うように音楽が鳴り響き続けていた。警官隊が来ればダースベイダーのテーマをかけ、強制排除が始まればコミカルな音楽で権力を小馬鹿にした。その洒脱なセンスに僕は心を掴まれた。
このグルーヴがわかるなら、このノリがわかるなら、このバイヴスを知ってるなら、大丈夫だ。大丈夫な奴らだ。一見、黒づくめで強面に見える彼らだが、トランプ派が言うような極左でも暴力的なアナーキスト集団でもない。根底に遊び心のある奴らだ。
非論理的かもしれないが、僕はまず音楽によって彼らを信頼したのだ。実際、プロテスターと行動を共にするなかで、彼らが冷静に、できるだけ合法の範囲内で活動することを心がけていることがわかった。それは警察に逮捕の根拠を与えないための合理的な闘争だった。しかしそれでもよくわからない根拠で警察はプロテスターを逮捕していくのだが……。
警官隊と対峙しながら、ラッパー@Noshu4me がフリースタイルを始める。
こんなの見たことない。これがラッパーだ。おれは涙ぐんだ。そしてまたひとり逮捕された。プロテスターたちが逮捕者にwhat you name?と叫ぶ。逮捕者を支援するためだ。香港でも見た光景。#PDXProtest #blacklivesmatter pic.twitter.com/ud7sWpsg4S
— 大袈裟太郎/猪股東吾ᵒᵒᵍᵉˢᵃᵗᵃʳᵒ (@oogesatarou) October 5, 2020
警察隊と対峙しながらのフリースタイルラップ。まさに2020年に、この社会の中でラッパーがあるべき本寸法の姿のように感じ、おれは涙ぐんだ。それは日本には伝わって来ない、現場でしか知り得ない感覚だった。この動画は坂本龍一氏の目に留まり、リツイートされた。
新たな事件
日本ではほとんど知られていないかもしれないが、私が米国入りした日にも、また警官による黒人男性の殺害があった。テキサス州北東部ウルフシティー、市の職員だったジョナサン・プライスさんは(31歳)ガソリンスタンドでDVの現場を目撃し、仲裁に入った。しかし、なぜか到着した警官に彼が射殺されたのだ。これに呼応し、ポートランドでも追悼のマーチが起こった。10代の黒人女性が先導し、声を上げる。歌うような踊るようなマーチが街を進む、その辻々で人々が合流していった。
悲しみを吹き飛ばしているのだ。まるでミュージカルのようなその姿は、やり場のない途方もない怒りや悲しみ、その重たい鎖を叫びで、躍動で振り解いているように見えた。
群衆の美しき躍動。まるでミュージカルを観てる気分で3時間、一緒に歩いた。
The beautiful dynamics of the crowd. I felt like I was watching a musical.#JonathanPrice memorial march.#BlackLivesMatter
#PDXProtest #PortlandProtests pic.twitter.com/CAqXwErG4n— 大袈裟太郎/猪股東吾ᵒᵒᵍᵉˢᵃᵗᵃʳᵒ (@oogesatarou) October 6, 2020
ドラムのリズムに合わせて多様なコールを繰り出しながら、3時間、飛び跳ねるように、こちらが疲れ果てるまでマーチは続く。いちいちコールにFワードが入るのがポートランド流だと知った。
I don’t wanna say another mother fuckin’ name!!!!
というコールが悲しい。
「私たちはもう新しい人の名前を言いたくない!!」
それでもまた新しい名前を呼ばなければならない、この繰り返しなのだ。年長の黒人女性の「Keep woke(目覚め続けよ)」という詩的な演説を多様な人種が囲み、熱心に耳を澄まし、拳を掲げた。
ポートランドに入ってまだ3日足らずだが、僕はポートランドのプロテストが黒人コミュニティ主体なのか?と疑っていたことを謝罪したい気持ちになった。それは大いなる誤解だとわかった。トランプ派の喧伝が私自身の中にも入り込んでいることが恥ずかしくなった。黒人比率が6.6%と全米平均の11.12%を下回るからといって、まったく関係はなかった。プロテストの中心にはいつもブラックコミュニティの存在があり続けたし、それは公民権運動から地続きの、まごうことなきBLMだったのだ。
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