ICE(米国移民関税執行局)の闇
プロテスターたちは毎週末必ず、ポートランド南部にあるICE(米国移民関税執行局)に抗議活動を行った。このICEはトランプ政権になって強権をふるうようになった組織で、多くの移民に対し違法性の高い逮捕や暴力的な捜査を行っている。子どもだけを残して親を強制送還し、多くの孤児を生み出したり、果ては移民に対する不妊手術の疑惑まで囁かれている。
そして今年、BLMプロテストが始まって以降、州や市の権限で動く警察組織を飛び越えて、このICEとDHS(国土安全保障省)の実力行使部隊を、トランプは大統領権限でポートランドに配備し、プロテスターを突然車で拉致するなど、まるで秘密警察のような執行を行ったのである。この運用に対し、現在、オレゴン州とポートランド市が国土安全保障省と司法省を憲法違反で提訴している。このICEとDHSはトランプ大統領による権力の私物化の象徴のような存在で、プロテスターたちは、それらをナチの親衛隊になぞらえ、トランプ親衛隊と呼んだ。
現場は昨年の香港を思わせる状況だったが、途方もない催涙弾の量や乱射される非致死性弾(といっても当れば重傷を負う)は香港警察以上の暴力性が感じられた。今日のアメリカ政府の人権を軽んじる本性が露わになる場所だった。撮影中、非致死性弾が私の体をかすめて行った。現在、ポートランド全域で防弾ベストの生産が間に合わず売り切れており、私は不安を抱えていた。今のアメリカは防弾ベストが売り切れになるほどの異常な状況なのだ。
市警なのかDHSなのか?
いずれにせよ非致死性弾を撃ちすぎだ。
乱射している。
おれの横もかすめた。#PDXprotests #PortlandProtests #ポートランド pic.twitter.com/3uqdaQa2t9— 大袈裟太郎/猪股東吾ᵒᵒᵍᵉˢᵃᵗᵃʳᵒ (@oogesatarou) October 18, 2020
ポートランドでプロテストが続く理由
ポートランドではなぜ、ほぼ連日、継続的にプロテストが続くのだろうか? これは世界的に見ても、私が住む沖縄の辺野古や高江の他に例がないのではないだろうか。それはもちろんトランプが言うように、ここが極左過激派やアナーキストに占拠された土地だからではない。それにはこの街の歴史が大きく関係している。
転機は1979年だった。ポートランド市は都市部と農地や森林などの土地利用を区分する「都市成長境界線」を導入した。これにより無秩序な都市の拡大を防ぎ、コンパクトな中に自然と人間が共存できる街づくりが始まる。さらに、当時の高速道路拡張計画を市民たちが反対運動により中止させることに成功したのだ。
その予定地の自然は保護され、多くの公園となった。その後、ヒッピーカルチャーなどを背景にする、自然環境との調和を大事にする人々が多く移り住み、車社会からの脱却、路面電車と自転車で暮らせるまちづくりにも成功していく。今でこそ言われるようになったサスティナブル、循環型社会をすでに40年前からポートランドは目指してきたのだ。
芸術や文化、表現の自由を尊重し、農産物の地産地消の構造もいち早く取り入れるなど、現在ではポートランドは全米で最も住みたい街、年間2万人が移住してくる都市となったのだった。人権を守り、自然と共存する、これからの社会が目指すべき、お手本のような街なのである。
このバックグラウンドがわかると、ポートランドでプロテストが続く理由に納得がいく。彼らは自分の権利を自分で勝ち取ってきた人々の息子や娘たちなのだ。その成功体験と誇りを背負っている。
彼らはアナーキストというわけではなく、米国憲法の修正第1条にある信教・言論・出版・集会の自由、請願権に基づいた行動をしている自負があるのだった。ちなみにオレゴン州は1988年以降30年以上も大統領選で民主党が勝ち続けている、深く青い州だ。
13歳の黒人少女の叫び
ある日の夕暮れ、ポートランド郊外、この連載の3回目でも触れた、いわゆるZ世代である10代の少年少女たちが行うブリオナ・テイラーについてのプロテストマーチを追いかけた。彼女は今年3月に無実で警察に射殺された医療従事者の女性だ。日本人には大坂なおみ選手が名前の書かれたマスクをしたことで知られただろうか。
彼女たちは爆音でケンドリック・ラマーをかけながら、小躍りしながら、しかし時にマンションの窓から覗く冷笑系の人々に中指を立てながら3時間歩き続けた。中指を立てるなんて日本人から見たら行儀が悪く見えるかもしれない。しかし、彼女たちはこの社会に対して中指を立てているのではなかった。この社会を構成しながら、無責任に問題を放置し、冷笑している大人たちに中指を立てていたのである。
それは反社会的な行為ではなかった。むしろ、社会のために中指を立てているように見えた。まさに「Get in good trouble(良きトラブルに飛び込め)」である。今年亡くなった公民権運動の闘士、ジョン・ルイスが遺した言葉はまだ生きているのだ。
13歳の黒人の少女が、街頭のレストランからへらへらと見ている白人男性に「あなたもブレオナ・テイラーって言って! 一緒に言って!」と迫る。気圧された男性が小さく名前を言う。勇敢だった。すでにプロテスターへの銃撃事件が全米で起こっているこの状況下で先頭に立つのだ。
「私が殺されるかもしれないんだよ? 無実でも、黒人っていうだけで、この怖さがわかる?」
13歳の彼女のスピーチには鬼気迫るものがあった。話しかけると、「沖縄はパイナップルが美味しいよねー! 私、友達が住んでる!」と、まだあどけない13歳だった。3時間、彼女たちと歩いた後、おれは涙が出た。13歳。今、38歳の自分が25歳の時に子どもをもうけたとしたら、おれの子どもでもなんらおかしくない年齢なのだ。
日本にいるとどうしても政治の現場、市民運動の現場には60歳以上の人が多く、38歳の自分はたいてい若者として扱われるが、ここにいるともう自分もとっくに大人で、この社会を構成してきた責任を問われる立場なのだと自覚させられた。もう、このあどけない13歳の少女たちがこれから警官に射殺されるようなことが起こってはいけない、この構造を変えなければいけない。親心のようなすごくシンプルな感情が湧き上がり、涙を流した。この子どもらに真っ当な未来を残したいのだ。
Z世代、10代の少年少女たち、Kendrick Lamar のAlrightがかかった瞬間ぶち上がりまくってました。アンセムです。
動画全体はこちら。
Breonna Taylor protest in portland (2020.10.09) https://t.co/2Bl0EBjQ7x #BreonnaTaylor#Portland #BlackLivesMatter pic.twitter.com/52RQL8daJg— 大袈裟太郎/猪股東吾ᵒᵒᵍᵉˢᵃᵗᵃʳᵒ (@oogesatarou) October 9, 2020
プロフィール