対談

日本の組織は何をどう変えればいいのか

『日本の電機産業はなぜ凋落したのか 体験的考察から見えた五つの大罪』特別対…
桂幹×太田肇

2月17日に集英社新書から発売された『日本の電機産業はなぜ凋落したのか 体験的考察から見えた五つの大罪』(桂 幹・著)は、著者自身のサラリーマン時代の体験と、シャープの副社長を務めた桂氏の父の視点・証言を絡めながら、かつて世界を席巻する強さを誇っていた日本の電機産業が衰退していった原因を探ったものである。
電機産業のみならず、バブル崩壊後、低迷から抜け出せない日本企業の問題点はどこにあるのか? その問題を考えるため、『なぜ日本企業は勝てなくなったのか 個を活かす「分化」の組織論』(新潮選書)『何もしないほうが得な日本 社会に広がる「消極的利己主義」の構造』(PHP新書)などの著作がある、同志社大学教授の太田肇先生をお招きし、日本の組織の弱点と改善法について語り合ってもらった。

※書籍タイトルの「凋」は旧文字となります。

太田 今回の著書、内容が素晴らしいのはもちろんですが、まず文章が大変に達者で、これは本当に感服いたしました。プロの方が書くような文体で、それゆえ内容の説得力も増す。わたしもこんな風に書けたらいいなと、拝読しながら本気でそう思いました。

太田肇…同志社大学政策学部・同大学院総合政策科学研究科教授。日本における組織研究の第一人者として知られる。他の著書に『同調圧力の正体』(PHP新書)『日本人の承認欲求』『「承認欲求」の呪縛』(ともに新潮新書)『個人尊重の組織論』(中公新書)など多数。

 いえいえ、とんでもないです。(笑)。ありがとうございます。

太田 今回、桂さんは、日本の電機産業が凋落した原因を「五つの罪」によるものだとしてまとめておられます。それを章ごとに、1章が「誤認の罪」、2章「慢心の罪」、3章「困窮の罪」、4章「半端の罪」、5章「欠落の罪」として整理し、こうした一連の罪が相互に関係しあって電気産業の凋落を招いたと。

 そうですね。五つの中でも特に4章の「半端の罪」が今でも改善の動きが鈍く、一番深刻な問題だと思っています。
バブル崩壊後に日本企業は従来からの雇用制度を見直す必要に迫られたわけですが、これが非常に中途半端な形で終わった。本質と向き合わずに形だけのテコ入れをしたわけです。でも、それでは社員のエンゲージメントは高まらないし、そんな空気ではイノベーションも起こらない。その負のスパイラルの根源が何かというと、雇用制度の見直し方が実に中途半端だったと、そういう問題意識を持ったわけなんです。

太田 それまで日本企業の雇用形態は「メンバーシップ型」がほとんどだったわけですが、バブル後は世界標準に対応する必要があるということで「ジョブ型」が注目された。いわゆる成果主義です。これが今もひとつの趨勢となっている。
従来の「メンバーシップ型」とバブル後の「ジョブ型」、言ってみれば水と油のようなものですけど、日本の企業は思い切った決断をするのが苦手ですから、制度の見直しといってもどちらか選べない。で、この2つのいいとこを拾い出して、変な形で混ぜて「日本式ジョブ型」だとか「ハイブリッド型」とか言って…。

 ええ。それが今申し上げた、中途半端という「罪」になっていった。

太田 結局、ロジックがまったく違う2つのものを一緒にしてしまうと、無意味なものができてしまう。「換骨奪胎」という言葉もあるように、日本人は本来、よその文化や発想をうまく利用しながら、そこに創意を加えて日本流に作り替えるのが得意だったのですが、それがうまくいかなかった。
たとえば「能力主義職能資格制度」なども、成果主義を建前にしながら日本式と混ぜて制度化してみたり。よく言えば折衷主義ですが、要はいいとこどりの結果として半端な制度を作ってしまい、今もそれを引き継いでいる。それが4章で書かれた「半端な罪」ということですよね。

 いま先生がおっしゃったように、本気で「いいとこどり」をしているのなら、まだ救われたと思うんです。「いいとこ」を本気で分析し、突き詰めて、そのうえで「いいとこ」を効果的に取り入れた制度であれば、ですね。雇用制度に手をつけたいのならば、日本流雇用とアメリカ流雇用の「いいとこ」をもっと精緻に分析して、「いいとこどり」を徹底すべきだったんです。

太田 いいとこどりも徹底できずに、どっちつかずに終わったと。

 そうなんです。結局は組織の都合が優先され、公平性の確保や社員のエンゲージメントの向上などの肝心なことができていない。それが、2000年代ぐらいからの日本の雇用形態だったことに強い危機感を持っているんです。失敗の本質と一向に向き合ってこなかったんですよね。

太田 わたしはいつも、日本の組織は「共同体型」だと言っているんですが、桂さんが著書の中で書かれている五つの「罪」、これもその「共同体」という概念と大きく通じると感じました。共同体とは、まず「外と内」との間に厚い壁を作り、その壁の内部の「和」や「秩序」を何よりも尊重します。それが組織防衛にも繋がるわけです。
そしてもうひとつ、共同体の中には序列が存在します。ただ、その序列は「権限の序列」というより、もっとあやふやな「人格的な序列」、露骨な言い方をすると「偉さの序列」みたいなことで、ものごとのすべてが決められていくんですよね。

 よくわかります。決定に合理性が欠けていても、「あの人が決めたんだし」「今までもそうだったし」で皆も納得し、それでコトが進んでしまう。

桂 幹…1961年、大阪府生まれ。86年、同志社大学卒業後、TDK入社。98年、TDKの記録メディア事業部門の米国子会社に出向し、2002年、同社副社長に就任。08年、事業撤退により出向解除。TDKに帰任後退職。同年イメーション社に転職、11年、日本法人の常務取締役に就任も、16年、事業撤退により退職。今回が初の書籍執筆となる。

太田 そうなると、たとえば組織に危機が迫っているときでも、防衛するための適応が遅れてしまうことがある。それなどは、1章の「誤認の罪」に関係してくるし、また、過去の成功体験にとらわれて、それへ向けて全員がまっしぐらに突き進んでしまうということもあります。おかしいと気づいていても誰もストップがかけられない。成功体験ばかりが吹聴されて、それを皆がなんとなく信じていくことになる。

 そうですね。それでは解決策が出てくるはずがない。

太田 そうなんです。それともうひとつ、たしか4章で書かれていたと思うのですが、「無謬主義」、つまり間違いを絶対に認めようとしないこと、これも共同体の特徴だと思うんですね。

 共同体というのは、いわゆる「ムラ」ですよね、原型としては。

太田 そう思います。ムラの中では対立を起こしてはいけない、という考え方が大きな前提になっているので、そこではあえて議論を深めない、もしくは議論をしない。「あ・うん」の呼吸でわかったことにしてしまう。
こう考えていくと、やはり共同体型の組織風土が、この国にはいたるところに表れていて、それが著書に書かれている五つの「罪」に関係していると感じましたね。

 わたしも会社員を30年やっていましたので、その共同体組織についての考察は胸に刺さるというか……本当にそのとおりだと思います。ただ、わたしの場合は、それでもわりと自由な気風の会社(TDK)だったので、まだマシだったかもしれません。これがもし財閥系とか金融系とか、長い歴史と伝統のある会社だったら、私にはとても務まらなかっただろうと思いますね。
あるとき、わたしが仕事の合間にランチを済ませて、レジで会計しようと並んでたとき、わたしの前に2人組の男性が2組、計4人並んでいたんです。そしたら、前の2人組が後ろの2人組に「お先にどうぞ」と順番を譲ったんですよ。どうやらその4人は同じ会社だったみたいで。

太田 後ろの2人組のほうが上役だったんでしょうね(笑)。

 そうなんです。後でも先でも、1分も違わないじゃないですか。なのに「どうぞお先に」「ああ、すまんね」って。チラっとネームカードを見たら某財閥系の企業でした。なるほど、この会社はヒエラルキーが相当に厳格というか、こんな風に会計ひとつとっても先に譲らなければいけない社内文化なんだなと。ちなみにその企業、大きな品質問題を起こして世間を賑わせたことがありまして、不祥事の根源の一端のようなものを、わたしはそこで垣間見たような気がしましたね。

太田 象徴的な話ですよね。同じような話でいうと銀行も、たとえば、複数の方がわたしの応接室を訪ねて来たら、部屋を退室するとき、出ていく順番が厳格に決まっていますから。役職が偉い順に出ていくので、下は待っていないといけない。なので、ちょっと出口渋滞したりするわけです。

 まさに共同体の中の「偉さの序列」ですね。

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関連書籍

日本の電機産業はなぜ凋落したのか 体験的考察から見えた五つの大罪

プロフィール

桂幹×太田肇

桂 幹(かつら みき)

1961年、大阪府生まれ。86年、同志社大学卒業後、TDK入社。98年、TDKの記録メディア事業部門の米国子会社に出向し、2002年、同社副社長に就任。
08年、事業撤退により出向解除。TDKに帰任後退職。同年イメーション社に転職、11年、日本法人の常務取締役に就任も、16年、事業撤退により退職。今回が初の書籍執筆となる。

太田 肇(おおた はじめ)

同志社大学政策学部・同大学院総合政策科学研究科教授。日本における組織研究の第一人者として知られる。他の著書に『同調圧力の正体』(PHP新書)『日本人の承認欲求』『「承認欲求」の呪縛』(ともに新潮新書)『個人尊重の組織論』(中公新書)など多数。

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日本の組織は何をどう変えればいいのか