大学生や転職を目指す若手会社員にとってのメジャーな就職先としてここ数年で一気に定着した「コンサル」。この職業が、若者に限らず「キャリアアップ」を目指すビジネスパーソンにとっての重要な選択肢となったのはなぜか?その背景にある時代の流れは、誰のどんな動きによって作られてきたのか?『ファスト教養』の著者が、「成長」に憑りつかれた現代社会の実像を明らかにする。
第2回に取り上げるのは、2023年上半期にヒットした高松智史『コンサルが「最初の3年間」で学ぶコト 知らないと一生後悔する99のスキルと5の挑戦』(ソシム)とメン獄『コンサルティング会社サバイバルマニュアル』(文藝春秋)。どちらも「コンサル本」として話題を呼んだ。この2冊が支持される背景にある、ビジネスパーソンの欲望とは?
「仕事ができること」の象徴
「成長」できる場所として多くの東大生が「コンサル」という仕事を選ぶ傾向が年々強まっていること、そしてその「成長」を志向する裏側にあるのは「安定」への希求、つまり終身雇用がなくなりつつある時代で不安なく生き抜くために仕事のスキルを最短距離で身につけたいと思っていること、そんな「成長の環境」を提供する場としてコンサルティング会社が支持されていること。多くのビジネスパーソンが口々に語る「成長」とは、実は非常に保守的な思考のあらわれではないか?といった話を前回まとめた。
成長を得られる場、言い換えれば今のビジネスシーンにおける「安パイ」を獲得できる場としてのコンサル。この空気は、2023年のビジネス書市場において顕在化している。本稿では2023年上半期に話題を呼んだ2冊を取り上げながら、ビジネスパーソンを取り巻く成長の文脈について検討したい。
今回ピックアップするのは、高松智史『コンサルが「最初の3年間」で学ぶコト 知らないと一生後悔する99のスキルと5の挑戦』(以下「タカマツ本」)とメン獄『コンサルティング会社サバイバルマニュアル』(以下「メン獄本」)。前者はAmazonベストセラー1位を獲得して上半期のビジネス書ランキング(オリコン発表)でも8位にランクインし、後者が7月26日時点で6刷2万2000部に到達と、順調に売上を重ねている。
この数字は、これらの本が実際にコンサルティング会社で過ごしている人だけに支持されているわけではないことを示している。
<業界も業種も関係なく圧勝できる武器(注:「武器」のルビに「スキル」)>
<どんな業界でも使える門外不出の秘技!>
この2つのコピーは、今回取り上げる2冊の帯に踊っているものである(前者がタカマツ本、後者がメン獄本)。コンサルとして学ぶ仕事のやり方はあらゆる場所で通用する、というほぼ同じ内容となっている2つのメッセージは、「コンサル」と「仕事ができること」が結びついている現状があるからこそ出力されたものであろう。
様々な課題を的確にかつ効率よく整理し、必要なアウトプットへの最短距離を示したうえで、きれいな資料と魅力的なプレゼンテーションにまとめる。上記のコピーと合わせて帯に並ぶ<ビジネススキルの新常識(タカマツ本)><最速仕事術(メン獄本)>といった言葉からは、漠然と、かつうっすらと共有されていそうな「できるビジネスパーソン像」ともリンクする。
では、この2冊に書かれているのは、そんなエレガントな仕事の進め方なのか?そうではない、というのがこれらの本のポイントである。
切れ味ではなく泥臭さ
「世の中は「構造化」「MECE」を過大評価しすぎている。ほんとにまったく」
(タカマツ本より)
思考力に関するビジネス書を読んだことがある方であれば、「構造化」「MECE」という言葉はどこかで聞いたことがあるだろう。「構造化」は問題の全体像を定義したうえでそれを構成する要素に正しく分解すること(人によって微妙に定義が違いそうだがこのくらいの理解でとりあえずは大丈夫である)、「MECE」は漏れおよびダブりのない形での整理のこと(ちなみに「Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive」の略)である。
たとえば「売上減少の原因」を考えるとしたときに、「買ってくれる人が減っているのか」「一人あたりの単価が減っているのか」という分解をしたうえで、それぞれ「買ってくれる人」「単価」に影響する要因を洗い出し、それらの論理的なつながりが示されている……という状況になっていれば初期段階では「MECEに整理されている」「構造化されている」と言える。
一見するとつかみどころのない課題を検証可能な単位まで分解し、それに答えを出すことで解決策のめどを立てる。こういった思考プロセスは「コンサルのスキル」として定番化しつつあるものであり、複雑な問題をきれいに整理する手さばきに関するハウツーを多くのビジネスパーソンが求めている(『構造化思考トレーニング コンサルタントが必ず身につける定番スキル』<中島将貴、日経BP、2022年>という書籍も刊行されている)。このあたりの空気は、あらゆる問題を「論破」するひろゆきの人気を後押しする要因になっているのかもしれない。
タカマツ本、メン獄本はこういった「鮮やかな問題解決を進めるスーパーマンとしてのコンサル」といった偶像を丹念に破壊している。ロジカルに物事を整理することこそ頭の良さ、それができるのがコンサル、そしてそれをできるようになるのが成長(=持ち運べるスキル)、というステレオタイプに対して、全く違う角度からコンサルの実像を描き出しているのがこの2冊である。
では、著者の2人は、彼らの実体験を通じて何を伝えようとしているのか。もちろんこれらの本には「論点をどう立てるか」「それをどうやって検証するか」といったテーマについても語られている。ただ、実はそれ以上に強調されているのが「インプット」と「コミュニケーション」の重要性だろう。
この節の冒頭に引用した通り、タカマツ本では「構造化」「MECE」への過剰な信仰をけん制した後に、「「構造化」よりも大事なこと。それは思考を深化させるための「材料」だ!」「何かを生み出すには材料が命。アウトプットに重心かけすぎたらひっくり返されますよ」と続く。そしてその「材料」を集めるためのアクションとして、グーグルを10ページ目まで調べているかといった投げかけや、インターネットからは得られない現場情報をいかに取得するかの心得(ワイン業界について知りたいなら、独立系のイタリアンに行ってワインを一本空けた後に店長を捕まえて話を聞くなど)が述べられる。
また、メン獄本でも、何かを考えるにあたっては常にインプットがセットであることがたびたび語られる(「ひとつの課題に対して20分以上、頭と手が止まっている場合はすぐにインプットできるやり方に舵を切る必要がある。作業が進まないのはまだ考えるに値する材料がないことを意味しているからだ」)。クライアントの業界・仕事への理解を深めるための方策として、業界に関連する資格を取ったりその業界を描いた映画や小説に触れたりすることを勧めるくだりからは、「コンサル=何となく頭が良さそうな人」といったイメージを覆すには十分な地道さが滲み出ている。
そして、そんな努力を経てわかった情報をどのように関係者へ伝達していくか。タカマツ本では大きな作業ステップの中で都度上司の思考を想像しながらタイミングよく相談することの重要性が強調される。とかく「コンサル」を特別なものとして扱いがちなビジネス書の世界において、この仕事に必要なものとして常識的な報連相のあり方を説いているのは新鮮である。また、メン獄本はクライアントと向き合うにあたって「「イエスかノーかの二択で答えて」「結論から話して」といったスピードに重きをおいたコミュニケーションは社内では当たり前でも、一歩業界の外に出れば周りの人の心証を害するだろう」とくぎを刺す。多くのビジネス書を通じて一般化した「優秀なビジネスパーソンらしいコミュニケーションとされているもの(そしてそれはコンサル業界が起点となっている側面も強い)」が必ずしも万能ではない、と「コンサル」の冠のついた本で指摘されているのは重要な意味を持つのではないか。
タカマツ本とメン獄本に書かれているのは、帯のコピーから想起される何かをあっという間に解決する魔法ではない。時間と手間をかけて情報を集め、粘り強く考え、一緒に仕事をする人たちと着実に合意形成をする、そんな泥臭い行動原理である。ぼんやりとした「成長したい」という気持ちでこれらの本を手に取った人々は、こういった内容をどう受け止めるのだろうか。成長の道筋がクリアになったとポジティブに捉えるのか、それとももっと手っ取り早く「成長」するための何かを知りたいと本を閉じるのだろうか。
山口周の憂鬱
「一読した感想は「さもありなん」。20年にわたって外資コンサルティングの業界で働いた評者から見ても内容はよくまとまっていると思う。抽象的なノウハウ論と具体的な根性論とが臨場感のあるコンサル現場のエピソードを織り交ぜながら語られるので読んでいて飽きることがない」
こんなふうにメン獄本を評したのは、『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』(光文社新書、2017年)などで知られる山口周である。
山口はボストンコンサルティンググループ(BCG)やATカーニーといった外資系のコンサルティング会社での勤務経験を持つ。そんな自身の現場での実感を踏まえて、山口はこの本を好意的に評価している。そのうえで、山口は同書評において「エリート」と「コンサル」の関係性を「カルト教団」になぞらえつつ掘り下げる。かつて多くのエリートがオウム真理教にはまったことについて、山口は「わたしはむしろ、エリートだからこそカルト教団にハマったのだろうと感じた。なぜか? そこに「わかりやすいマニュアル」が存在するからだ」と指摘する。そして、オウム真理教に存在したシンプルな階層構造はコンサルティング会社とも共通点があり、そのわかりやすさこそがエリートのコンサル人気とつながっていることを示唆している。
「エリート」「コンサル」とオウム真理教を対置する山口の論法は実は一貫している。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』においても、第5章「受験エリートと美意識」においてオウム真理教を「本書の主題をなす「エリート」と「美意識」について考察する際、どうしても避けて通ることのできない題材」として取り上げている。そこではオウム真理教とコンサルティング会社の組織のあり方に関する共通項が指摘されており、前述の書評でも触れられている教団の階層構造についても詳細な記述がある。
コンサルの仕事術についてまとめた本をポジティブに評する一方で、コンサルを取り巻く環境にオウム真理教というネガティブな意味合いが色濃く反映されたワードを使う。このアンビバレントな態度は、ビジネス書産業に身を置く山口の引き裂かれた状況を表しているようでもある。
着目したいのは、山口が『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』の1年前、2016年に刊行した『外資系コンサルが教えるプロジェクトマネジメント』(大和書房)である(2023年に新装版が発売)。もともと山口はそれまでにも『外資系コンサルのスライド作成術 図解表現23のテクニック』(東洋経済新報社、2013年)や『外資系コンサルの知的生産術 プロだけが知る「99の心得」』(光文社新書、2015年)といった「コンサル」であることを売りにした本を複数出版しているが、この『外資系コンサルが教えるプロジェクトマネジメント』も仕事をスムーズに進めるために必要となる心構えやアクションを具体的に解説した本である。「マニュアル」という言葉でコンサルを取り巻く環境を批判的に論じているものの、実はそういったマニュアル化の一翼を担っていたのが山口であるともいえる。
一方で、同書には後に山口がアートや美意識といったテーマへの注力度合を高めていくことを予感させる記述が多数見られる。
「プロジェクトマネジャーの仕事はとても楽しい仕事です。なぜ楽しいのかというと、そのプロジェクトのオーナーシップを持てるからです。ゴールを描いて、そこに至るルートを設計し、チームの体制をデザインする。実はこれは建築家や映画監督がやっていることと同じで、つまりプロジェクトというのは、一種の「作品」だということです。筆者は、すべてのビジネスマンにはアーティストの感性が求められると考えている人間ですが、プロジェクトマネジメントは、一種のアートプロジェクトです。」
ビジネスとアートのつながりを明言し、様々なハウツーを説明しつつ随所にサン・テグジュペリ『星の王子さま』やアラン『幸福論』などからの引用が差し込まれる。そんなややいびつな構成ともいえる『外資系コンサルが教えるプロジェクトマネジメント』は、ビジネス書ど真ん中の体裁をとりながらも、”単なる”ビジネス書ばかり読んでいてもだめだというメタメッセージを感じられる内容となっている。その姿勢は『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』以降ますます顕著になっていくわけだが、そんな山口からすると「コンサル」と「マニュアル」が結びついたタイトルの本が支持されている事実には忸怩たる思いがあるのかもしれない。
読み物か、説明書か
「あまりにも寝ていないため、作業の品質は上がらず、ある日ヌタさんから「脳入ってる?」と確認されることもあった。こちらも寝ないで働いている怒りと、一方で「たしかに自分の脳が入っているか確認したことはなかったので、確認は必要だ」というファクトで思考回路がショートし、「確認します」とだけ答えて更に怒られる一幕もあった。」
(メン獄本より)
もっとも、メン獄本が文字通りのマニュアルにとどまったものかというと、決してそんなことはない。むしろこの本の読みどころは、そういったマニュアル的な記述以上に、1人の若者が七転八倒しながら歩を進めていくストーリーや、悲惨な状況にもかかわらずどこか笑えてしまう雰囲気を醸し出す筆致そのものにあるのではないか。
山口がある種の古典からの引用をふんだんに行う一方で、メン獄本の目次には「No Surprisesを徹底しよう」「美しく燃えるジョブ」といったフレーズが並ぶ。指摘するのも野暮だが、前者はRadiohead『OK Computer』の収録曲「No Surprises」から、後者は東京スカパラダイスオーケストラが奥田民生をボーカルに迎えた楽曲「美しく燃える森」から拝借したものだろう。自説の箔づけとしての引用ではなく、わかる人にはわかる形でのポップカルチャーからの引用は、本のトーンをより軽やかにしている。
また、ともに働く上司や先輩たちとの交流がドラマチックに描かれる様子は、さながら青春小説を読んでいるような感覚にもなる。東京が主戦場となるコンサルティング業界でもがく著者の様子がリアルに語られるこの本は、東京での成功を手にできなかった若者たちを描く掌編集『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(麻布競馬場)とも並べられるような悲哀に満ちている。
対照的に、ビジネスハウツー本以外の読み方が徹底的に排除されているのがタカマツ本である。「99のスキルと5の挑戦」(表紙より)がそれぞれ独立して説明されていくこの本は、言ってみればビジネスシーンにおけるマニュアルの束である。気になるキーワードや自身の悩みにすぐあてはめられる点でビジネス書としての機能性は非常に高いが、そこにドラマとしてのカタルシスや何らかの文化的な匂いはほぼ存在しない(ビジネス書としての機能性を高めていけば、ドラマとしてのカタルシスや何らかの文化的な匂いは不要なものとして消滅するのが自然である、と言った方が正しいだろうか)。
読み物として楽しめる要素のあるメン獄本と、仕事術に関する説明書となっているタカマツ本。この方向性の違いに優劣はなく、読者の好みおよび置かれている状況によって受け入れられ方は変わる。そして、全く異なるタイプの2冊が「コンサルの仕事のやり方に関する本」としてともに支持を集めていること自体に、コンサルというものの多様性、言葉を変えれば捉えどころのなさが現われているとも言えそうである。
コンサルに関連する本の多様性は、今回取り上げた2冊に限らず各所で確認できる。タカマツ本の類書としてすでにロングセラーとなっている『コンサルが一年目に学ぶこと』(大石哲之、ディスカバー・トゥウェンティワン、2014年)のようなまさにマニュアルを地でいく本も、マッキンゼーに所属していた瀧本哲史による「武器」シリーズ(『僕は君たちに武器を配りたい』『武器としての交渉思考』など)のような思想書の色合いすら帯びている本も、大きくは「コンサルに関連する本」である。ビジネス書およびその周辺におけるコンサルにまつわる書籍の文脈が長年絡み合ったところに、タカマツ本とメン獄本の同じタイミングでのヒットがある。
「成長」と「ブラック/ホワイト」
「この読書界で筆者が感じたのは、ビジネスパーソンにとってビジネス書は「マニュアル」であるということだ。」
「ビジネス書に助けられただけでなくビジネス書に振り回される危険性についても言及した女性の経験談からは、ビジネス書をはじめとしたコンテンツを文字どおりに受け取ってしまうがゆえに悩みを深めている可能性が示唆される。」
(『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』より)
成長を目指してビジネスパーソンがビジネス書を手にとる。その際に期待されるのは「マニュアル」としての機能である。タカマツ本は書籍の形態からそんな要望に特化し、メン獄本はそれだけの本になることを回避しつつもタイトルにはマニュアルという言葉を使っている。
では、今回取り上げた2冊がストレートにマニュアルとして使われた場合、何が起こるだろうか?この観点で考えたときに浮かび上がるのが、昨今の働き方をめぐる議論とビジネスパーソンとしての成長のあり方に関する危うい関係である。
タカマツ本とメン獄本には、形は違えど長時間労働に関する描写がある。そして、実はこの2冊の最も大きな違いは、この点に対する葛藤や配慮のあり方である。メン獄本が前述したように過重労働に放り込まれた自身の姿をユーモラスに描きながらも、それによって生活が壊れていく異常な状況にも紙幅を割いている一方で、タカマツ本では「だから僕は、こう思っているんです。「1人徹夜」ができてこそ1人前だと」「(注:月曜日からの仕事が割り振られたタイミングで)僕は当然、金土日の予定を全てキャンセルし、「DAY0」の為に時間を空けた」など、仕事に没入することの意義がほぼ注釈なく語られている。本当にこの通りに働いた場合、心身の不調や身近な人間関係への悪影響がすぐに迫ってきそうな雰囲気がある。
「世の中で「過保護(≒ホワイト化)」が進めば、多かれ少なかれ「成長する機会」も奪われるということ。」
(タカマツ本より)
この考え方はおそらく100%否定できるものではない。地道にできることを積み上げていく先にしか成長という結果が存在しない以上、仕事やそれに付随する勉強の量は当然重要になる。特定のタイミングで時間を集中投下することが必要なのは、スポーツのトレーニングなどとも同じだろう。一方で、このような考え方を隠れ蓑として長時間労働が常態化していった状況を是正するべく、社会全体で働き方改革の号令がかかっている側面もある。そういった背景への目配せを意図的に排除し(もしくは最初から考えるそぶりも見せず)、「ホワイト化」を「成長する機会も奪われる」と無邪気に言い換える、そんな論法の書籍が大きな支持を集めていることにはいくばくかの恐ろしさも覚える。
もちろんこういった考え方とは用法・容量を守って付き合えばいいだけの話ではある。「無茶言ってるなあ」と思いながら受け流して、自分の肌に合うメソッドのみを取り出して使えば特に問題は起こらない。ただ、そういった距離感を保てない人というのは少なからず存在する。この先のキャリアに不安を覚える若い層であればなおさらだろう。そんな読者層を想定した際に、「成長」を語るうえで今の時代に求められる労働観についてはもう少し丁寧に考える必要があるのではないか。
2023年の上半期における2冊のコンサル本のヒットは、成長を志す多くのビジネスパーソンの欲望の帰結であると同時に、成長につながるとされる働き方が旧来的な価値観に立脚したものにならざるを得ない現状についても明らかにしている。仮にビジネスパーソンとしての成長が達成できたとしても、人間としての健やかさが失われては元も子もない。そもそも、人間としての健やかさが盤石なものとしてあってこそ、ビジネスパーソンとしての成長というものが達成されるはずである。この2つを簡単にトレードオフにせずに両方の実現を目指しつつ、とはいえそれが簡単に両立させられないことに葛藤を感じながら理想と現実の狭間を見つけようとする。そんなスタンスこそ、成長と向き合ううえで必要になるのではないだろうか。
(次回に続く)
大学生や転職を目指す若手会社員、メジャーな就職先としてここ数年で一気に定着した「コンサル」。この職業が、若者に限らず「キャリアアップ」を目指すビジネスパーソンにとっての重要な選択肢となったのはなぜか?その背景にある時代の流れは、誰のどんな動きによって作られてきたのか?『ファスト教養』の著者が、「成長」に憑りつかれた現代社会の実像を明らかにする。
プロフィール
ライター・ブロガー。1981年生まれ。一般企業で事業戦略・マーケティング戦略に関わる仕事に従事する傍ら、日本のポップカルチャーに関する論考を各種媒体で発信。著書に『増補版 夏フェス革命 -音楽が変わる、社会が変わる-』(blueprint)、『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア、宇野維正との共著)、『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』(集英社新書)。Twitter : @regista13。