「成長」の社会史 第1回

東大生はなぜコンサルを目指すのか

レジー

大学生や転職を目指す若手会社員、メジャーな就職先としてここ数年で一気に定着した「コンサル」。この職業が、若者に限らず「キャリアアップ」を目指すビジネスパーソンにとっての重要な選択肢となったのはなぜか?その背景にある時代の流れは、誰のどんな動きによって作られてきたのか?『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』の著者が、「成長」に憑りつかれた現代社会の実像を明らかにする。


「成長に囚われた時代」論としての『ファスト教養』

この原稿(および本稿を起点におそらく何回かに分けて書かれる原稿)は、昨年9月に刊行された拙著『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』から連なる問題意識をベースに進んでいくものである。

「ファスト」「教養」という一見すると矛盾しそうな単語を並べた「ファスト教養」は、「ファストにわかる」「ファストに役に立つ」という2つの側面を持つ言葉である。その領域の概観を端的に伝えるために「深掘り」ではなく「ざっくり」をコンセプトに整理されたコンテンツ。および、「○○がわかれば上司と話を合わせられる」といったビジネスの場で活用することに主眼が置かれた訴求方法。これらの要素によって構成されるファスト教養は、わかりやすくすぐ役に立つという高揚感を受け手に届ける一方で、「さらに知りたい」という深掘りの欲求をくすぐる仕掛けは必ずしも備えていない。

『ファスト教養』刊行後、本書に対する反論として「ファスト教養だって入口になるんだからいいじゃないか」というタイプのコメントを複数目にした。もちろん、あらゆるジャンルにおいて優れた入門コンテンツは必要であり、筆者もそういったものに数多くお世話になってきた。そのうえで、『ファスト教養』で指摘していたのは、「ビジネス教養としての○○」が提供しているのは「文化の深み(今どきの表現を使うと「沼」)への入口」ではなく、あくまでも「スタンプラリーにおけるスタンプの1つ」でしかないということである。

一例を挙げると、『ビジネスエリートがなぜか身につけている 教養としての落語』(サンマーク出版、2020年)の帯に書かれていたキャッチコピーは「2時間でざっと学べてすぐに語れる!」。この所要時間は200ページ強の単行本を読むための時間と考えるのが自然であり、落語そのものを聞かなくても「ざっと学べてすぐに語れる」のがセールスポイントとなっている(「知る」や「楽しみを理解する」ではなく「語れる」ことを目指しているのが重要だ)。「ファストに役に立つ」をゴールとするなら、これで十分なのだろう。これは果たして何かの「入口」なのだろうか?仮にそうだとして、その扉を開いた場所には早々に「もうこのジャンルについては学ばなくてOK」というゴールが設定されているのではないだろうか?

昨今氾濫する「教養としての○○」の多くは、沼にはまっている余裕が時間的にも精神的にもないビジネスパーソンに向けて書かれている。そしてその背景には、「変化の激しい時代に差別化された人材にならなければならない」という焦燥感がある。

このあたりの詳細は拙著に譲る(未読の方はぜひご確認を!)として、ここからは、この焦燥感ともつながるキーワードについて論じていきたい。

彼らの行動の裏側にあるのは、個人として培った上昇志向だけではないように思える。底に潜んでいるのは、ビジネスパーソンの中に「新自由主義」が内面化され、絶えずSNSなどで周囲との比較を強いられて、なおかつ社会の中で生き残るために「うまくやる」ことが求められた結果として、終わりなき成長に駆り立てられる……という時代精神ではないだろうか。

(『ファスト教養』P139 第四章「「成長」を信仰するビジネスパーソン」より)

『ファスト教養』執筆時に出会った2人のビジネスパーソンとのインタビュー、および参加した読書会での体験をまとめた章を筆者はこう締めくくった。

また、ファスト教養のムーブメントを論じるうえでのキーマンの1人として取り上げた本田圭佑は、かつてこんなメッセージを発している。

他人のせいにするな!政治のせいにするな!!生きてることに感謝し、両親に感謝しないといけない。今やってることが嫌ならやめればいいから。成功に囚われるな!成長に囚われろ!!

(2017年5月30日のツイート)

ファスト教養が支持される社会において、ビジネスパーソンが強いられるもの。それは「成長」である。わけもわからず成長しなければならないと思うからこそ、本心では興味もない落語に関する本を思わず手に取ってしまう。なぜ成長したいのか、どうなったら成長なのか、正直よくわからない。それでも「成長する」のが悪いこととは誰も思わないので、特に前提も問い直さない。その結果、「成長したい、なぜならば成長しなければならないからだ」とでも言うべき状況が完成してしまう。

『ファスト教養』は現代社会のタイパ・コスパ論的に受け取られることも多かった。それは一つの捉え方として正しいが、一方でこの本で描きたかったのは「ビジネスパーソンを巡る”成長”に関する物語」でもある(随所に個人的な回想を挿入しているのは、結局自分もその物語を生きてきたという複雑な気持ちがあるからである)。

前置きが長くなった。本稿のテーマは「成長」である。それを論じるために、ある1つの職業を取り巻く環境にスポットライトを当てる。

『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』(集英社新書)

成長の受け皿としての「コンサル」

『ファスト教養』に向けての懐疑的な意見として、6章で「解毒」のために示した方策が限られた人にしか届かないのでは、というものがあった。万人に有効な処方箋などもともとありえないが、確かに『イシューからはじめよ』(「読みやすいが意義深いビジネス書」として例示した本)を読み通せる人はそれだけで「特権階級」なのかもしれない。

であれば、ここではあえて議論の射程を初めからぐっと狭めてみようと思う。世間の大多数ではないが、社会のあり様を何らかの形で象徴している、そんな集団の動向に目を向ける。

近年、東大生が新卒で入社する企業に大きな変化が表れていることをご存じだろうか。

約15年前、東大生の就職先の上位5社はみずほフィナンシャルグループ、日立製作所、大和証券グループ、NTTデータ、東芝。メガバンクを筆頭に、文字通りの「大企業」が並ぶ。王道を歩いてきた人たちならではの進路と言えるだろう。一方で、2022年時点での就職先ランキングは以下の通りである。

アクセンチュア、ソニーグループ、楽天グループ、マッキンゼー・アンド・カンパニー、日立製作所。

2007年と同じなのは日立製作所のみ。エンターテインメント領域を筆頭に元気のあるソニー、いまや日本を代表する企業グループに成長した楽天と並ぶ横文字の企業。アクセンチュアとマッキンゼーは、いずれもコンサルティングファームと呼ばれる業態で知られる外資系企業である。

クライアントの経営課題や事業課題を解決すべくコンサルタントをチームで派遣し、その対価として決して安くはない報酬を企業から得るコンサルティングファーム。商品を作って売るわけでもなければお金を貸すわけでもない、「知恵」を売る仕事が東大生の就職先の最大派閥となっている。転職・就職に関する情報プラットフォーム「OpenWork」が利用者の検索データから割り出した2024年卒の東大生における注目企業ランキングでも、上位20社のうち半分近くがコンサルティング業界の企業である(「東大生・京大生が選ぶ、就職注目企業ランキング2023【ベスト20・完全版】」ダイヤモンドオンライン)

この人気の背景には、これまでの大企業と比べて給与の上昇スピードが速いことが大きく影響している。『会社四季報 業界地図 2023年度版』によれば、国内上場企業の40歳平均年収を業界別に並べたランキングでコンサルティング業界は総合商社に次ぐ2位の1,146万円(日本で非上場のマッキンゼーとアクセンチュアはこの統計の対象外)。ただ、もちろんこの状況は入社した全ての社員に保証されるわけではない。「アップ・オア・アウト」(昇進できなければ退職する文化)という言葉もあるが、実績を残して超高所得者への道を歩める人は限られている。

ある意味で厳しい環境を求める東大生が増えたのはなぜか。これを考えるうえで、「成長」という言葉が重要な役割を果たす。結論を端的に述べると、「コンサルティングファームに行けば成長できる」という言説が昨今のコンサル人気を支えている。たとえば、東大新聞とNewsPicksが東大生約300人を対象に行った調査によると、コンサル志望の東大生はそうでない層に比べて「自分の成長が期待できること」を企業選びのポイントとして挙げる人の割合が30ポイント近く高い(「【イマドキ東大生のキャリア観】② 東大生はなぜコンサルへ?」東大新聞オンライン)。

そしてこの人気は、新卒採用にとどまらない。リクルートの集計によると、この10年程度でコンサルティング業界への転職者は約5倍に膨れ上がったという(2009年~2013年の年別転職者数の平均を1とした場合、2021年で5を越える)。多くの会社員が、「成長できる環境」であることを理由に転職先としてコンサルを視野に入れる。そして、その受け入れ側もそれを自覚している。

「コンサルは人材がすべてなので普通の会社よりは人材育成に投資していて、成長の機会を提供してもらえます」

(東大の大学院を卒業し、「コンサル業界」に就職した30代の男性、「日本で唯一の成長産業?知られざる“コンサル業界”に迫った」NHKより)

「(社内でメンバーと上司がそれぞれフィードバックをしあうマッキンゼーの文化について)フィードバックって、要はダメ出し。常にフィードバックし合うのが当たり前。なんでやるかというと、それをやった方が成長するからですね。成長しないと生き残れないから。(コンサルファームには)人と知見しかない、つまりは人が商品。その商品の製造プロセスとして、一番大事な材料がフィードバックです」

(「5倍働け!世界No.1コンサルの出世できる仕事術【マッキンゼー】」より、マッキンゼーに在籍経験のあるランサーズ株式会社取締役・曽根秀晶の発言を抜粋)

「コンサル」と「成長」は切っても切り離せない関係にある。であれば、多くのビジネスパーソンの間で成長という概念が特に重視されている現状において、コンサルティングファームが人気を集めるのは非常に納得感がある。

安定したい、だから成長したい

アクセンチュアが東大生の新卒就職先トップ5に初めて登場したのが2017年(2017年は2位、翌年2018年には1位に)。ちょうどそのタイミングで、これまで東大生の進路としてメジャーだった国家公務員の人気が急激な停滞フェーズに突入している。

コンサルの人気と国家公務員の落日。この2つの現象にはっきりした因果関係があるかは不明瞭である。ただ、先ほど紹介したコンサル転職者のコメントを抜粋ではなく全文で読むと、見えてくるものがある。

「官公庁は法律や制度を作り政策を実行するのが役割ですが政策提案のための調査・研究はコンサルに外注することも多い。官僚は国会に出席し、国レベルの意思決定のダイナミズムを感じることができるが、若手のうちは雑用が多い。50代で局長になれば違う景色が見えるかもしれませんがそこまでが長い。コンサルは人材がすべてなので普通の会社よりは人材育成に投資していて、成長の機会を提供してもらえます」

(「日本で唯一の成長産業?知られざる“コンサル業界”に迫った」NHK)

下積み(「雑用」)を経て、入社から30年近く経った後に高いポジションで采配を振るえる(「違う景色が見える」)。腕に覚えのある若者は、そんな悠長な時間軸に魅力を感じなくなった。早く成長したい、その実現のために彼・彼女らはコンサルを目指す。

ただ、はっきりしないこともある。なぜ皆そこまで「成長」にこだわるのだろうか。かつてコンサルファームは起業を志す人たちの登竜門という側面もあった。東大からコンサルに入る人たちは、ベンチャーを興したいのだろうか。かつてであれば官僚を目指していたであろう人たちはアントレプレナーシップに目覚めており、将来の起業に向けて成長したいと考えているのだろうか。

ここで着目したいのが、ある転職サイトが発表した「34歳の若手の8割以上が「終身雇用を期待していない」と回答」という調査データである(「34歳以下の若手540人に聞いた「終身雇用への期待」調査 8割以上が「終身雇用を期待していない」と回答。」PR TIMES)

今どきの若者(それも若手ハイキャリア向けスカウト転職サービスを利用する層)は終身雇用を期待していないという。だからこそ転職サービスを利用しているといえるわけだが、彼らはこの先も転職を「し続ける」覚悟があるのだろう。今の世の中の動向を見れば、そのような気持ちになるのもわかる。企業は自分のことを守ってくれない。では、誰か他に自分を守ってくれる人はいるのか?

この問いは、エリートと呼んで差し支えないであろう若者が「成長できる環境」としてのコンサルティングファームを志す状況を説明するうえでの重要な補助線となる。自分を守ってくれる人がいない。であれば、自分で身を守るしかない。自分で身を守るには、ビジネスの世界でやっていける、つまりは自分の手と頭でお金を稼げる実力を身につけないといけない。そのためには、「成長」しないといけない。だから、それを実現できる環境に身を置きたい。その環境が、どうやらコンサルティングファームにはある……。

終身雇用が一般的な慣習とは呼べなくなりつつある時代の人たちは、たとえ東大生であっても自分の居場所を自分で見つけなければならない。そして、居場所を見つけるためには成長しなければならない。つまり、「安定」のためには「成長」が必要なのである。肉食に見える人たちの内面は、実は非常に保守的である。2020年代の高学歴層のキャリアについて、「終身雇用でキャリアが安定する」から「成長して持ち運べるスキルを身につけることでキャリアが安定する」へのシフトが起こっている。

「教養本」から「コンサル本」へ

不安定な時代において安定を得るための早道としての「成長」。そして、その「成長」にたどり着くための早道としての「コンサル」。

『ファスト教養』では「教養」という概念に「ファストにわかる」「ファストに役に立つ」といった意味合いがわかりやすく付与されていったこと、およびそれが支持される背景にあるビジネスパーソンの焦燥感についてまとめた。こういった状況が就職(新卒・中途問わず)の場面で成長というキーワードを介して顕在化しているのが、今の「ハイキャリア層のコンサル人気」なのではないか。

この傾向は、ビジネスパーソンにとっての重要なメディアであるビジネス書マーケットにも影響を及ぼしている。『ビジネス教養としての○○』といった書籍が乱立しているのと同様に、「コンサル」を冠した書籍はすでにビジネス書における1つのジャンルを成している。

そんなコンサル本の世界において、2023年に特に目立っていたのが高松智史『コンサルが「最初の3年間」で学ぶコト 知らないと一生後悔する99のスキルと5の挑戦』とメン獄『コンサルティング会社 完全サバイバルマニュアル』である。前者はオリコンが発表した今年のビジネス書売上ランキングで8位にランクインし、後者も5刷2万部を突破し朝日新聞では「売れてる本」として紹介された。

この2冊の話題の集め方、および内容の共通点と相違点、そしてこれらの本が支持される背景などについて考えることは、「成長に囚われた時代」の現在地を探ることにつながるのではないか。そんな視点を持ちながら、次回はそれぞれの本の内容を掘り下げる。

成長を目指すことは悪いことではない。一方で、「成長を”目指すように仕向けられている”」のではないか、という疑念は常に持っておく必要がある。本連載を通して、成長という魅力的だが少しばかり厄介な価値観との正しい向き合い方を読者の皆様と一緒に模索していきたいと思う。

(次回へつづく)

第2回  
「成長」の社会史

大学生や転職を目指す若手会社員、メジャーな就職先としてここ数年で一気に定着した「コンサル」。この職業が、若者に限らず「キャリアアップ」を目指すビジネスパーソンにとっての重要な選択肢となったのはなぜか?その背景にある時代の流れは、誰のどんな動きによって作られてきたのか?『ファスト教養』の著者が、「成長」に憑りつかれた現代社会の実像を明らかにする。

関連書籍

ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち

プロフィール

レジー

ライター・ブロガー。1981年生まれ。一般企業で事業戦略・マーケティング戦略に関わる仕事に従事する傍ら、日本のポップカルチャーに関する論考を各種媒体で発信。著書に『増補版 夏フェス革命 -音楽が変わる、社会が変わる-』(blueprint)、『日本代表とMr.Children』(ソル・メディア、宇野維正との共著)、『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』(集英社新書)。Twitter : @regista13。

集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル
プラスをSNSでも
Twitter, Youtube

東大生はなぜコンサルを目指すのか