「両学長 リベラルアーツ大学」「中田敦彦のYouTube大学」「日経テレ東大学」……ここ数年、YouTube上で学問の知識や教養、お金のやりくりについて教授するYouTubeがブームになっている。そうしたコンテンツはなぜ「大学」という名前を冠しているのか。視聴者たちは、なぜそうした動画に熱狂しているのか。フリーランスのライターとして、ポップカルチャーやネットカルチャーについて取材・執筆を続けてきた藤谷千明が迫る。
■圧倒的成長でも、秒速で1億稼ぐでもない、「リベ大フェス」へようこそ!
今までのあらすじ:ムキムキのライオンキャラ・両学長が資本主義社会を生き抜くマネーリテラシーを説く「リベラルアーツ大学」(「リベ大」)。YouTubeチャンネル登録者数は200万人、書籍は120万部を記録し、「社会現象」といえるでしょう。なぜこの謎大学の謎リベラルアーツに人は惹かれているのか? 疑問は深まるばかり。そんな折、幕張メッセで「大人の文化祭」を掲げる「リベ大フェス」が開催されると知り、足を運んでみることにしました。そこで筆者が目にしたものは?
最寄り駅に到着し、改札に向かうエスカレーターに乗ったところで「あのライオン」ぬいぐるみをぶら下げた男性が目の前に。続いて会場に向かうまでの道のりでも「あのライオン」のキーホルダーをつけた男女がチラホラ。「フェス」はもう始まっている! 会場付近に近づくにつれ徐々に人口密度の上昇を感じ、ふと入口付近に目をやると長蛇の列が会場の外まで伸びています。マジかよ。いそいそと最後尾に並びました。なお、リベ大のオンラインサロン「リベシティ」に月額1万円を課金しているトラ会員は優先レーンがあるそうです。そう、この世は資本主義社会と「あのライオン」……リベラルアーツ大学・両学長も言ってますしね。
ゆっくりと進む列の整理はボランティアスタッフの方々によるもの。ややぎこちなさを感じるものの、来場者たちはマナーよく和やかに待機していました。そしてそれを眺める私。ここに並んでいる人たちの服装にこれといってズレたところ、派手なところ、尖ったところもなく、「ふつう」といった印象です。強いて言うなら男性はTHE NORTH FACEのリュックやTシャツが多い。うん、それを「ふつう」って呼ぶんですよ。アイドルのコンサートやロックフェスのように一目で「ここの客」とわかるような出で立ちでもない。「宗教的」というほどの熱意も狂気も感じない。 本当に「ふつう」の善良そうな人たち。多分こうやって人様のことをネチネチとウォッチしてる私が、今この幕張メッセで1番性格が悪いと思います。
そんな、マッチョな肉食動物というよりは、善良な草食動物のような人たちが集まるイベント、それが「リベ大フェス」。小さなトラブルはあるのかもしれないけど、会場内をうろついているくらいでは、それは察知できません。チケットは2万枚以上の売れ数(5000円の3日通し券のみ)とのことで、盛況しているブースは人だかりができていたけれど、会場内は身の危険を感じるほどの混雑もなく至って平和な空気です。
「リベ大」が展開するビジネスである「リベ大不動産」や「リベ大デンタルクリニック」「旅するキッチンカー」のブースや、WEBライター交流、ブロク初心者相談、税金相談のような副業指南、あるいは飲食店や、似顔絵、ハンドメイド、マッサージ、占い、はたまた空手までずらりと並んでおり、たしかに文化祭の模擬店のような雰囲気を感じます。ただ、ひとつ違うのはだいたいのブースは共通して「お金稼ぎ」に興味があることを隠さないこと。「経済的自由を求める人たち、〈稼ぎたい〉人たちの文化祭」です。
とはいえ「秒速で1億稼ぎたい」的なガメつさがあるわけでもなく、ただ普段はおおっぴらにできないお金の話を、堂々と気兼ねなくやりたい人たちのように見えます。お金について勉強したい。誰かとお金の不安を共有したい。楽しくできる副業の手段を増やしたい。……そんな想いを抱いた人たちが集まるフェス。思い返せば、こんなイベントはこれまでなかったような気もします。
なお、「リベ大」公式グッズ販売ブース以外にも両学長のキャラを使ったグッズが販売されていました。調べてみると、この3日間だけは特別に両学長のキャラクターを使用したグッズを販売することができるのだそうです。なるほど「ワンダーフェスティバル」に代表されるガレージキット即売会の「当日版権システム」に近いけれど、版権料はとってないようです。ずいぶんと良心的ですこと。そして会場の一角には学長のイラストや、学長へのプレゼントボックスコーナーもありました。つまり、このフェスは「学長推し」のイベントと見ることもできますね。
もちろん、「このイベントに5000円をかけるなんてマネーリテラシーが低い」、「サロン会員はボランティアスタッフでタダ働きだ。労働力を搾取されている、彼らは〈養分〉だ」という声もSNS上で散見されました。それもそうかもしれない。ただ、それは「コミックマーケット」や「フジロックフェスティバル」もボランティアスタッフで成り立っている部分もあるので、「同好の士が集まる大規模イベント」というのは得てしてそういうものと考えることもできます。そして、3日間で大きなトラブルを目にすることもなく、強いていうなら「具の少ないカレーが950円(豪華なまかないと比べて質素すぎる)」というツイートがバズっていたくらいです。関東圏で初めて開催された2万人の来場者が足を運んだイベントで、これくらいしかSNSでの目立った「炎上」が見当たらないのです。しかもこれは来場者が怒っていたわけでもないのですから。来場者にとっては「炎上する」ほどのイベントではなかったのであれば、問題ないのでは。チケット代の元がとれているかは、外野からは具体的な数字で見ることはできないので、何も言えませんが。
■安全な偶像崇拝? 「推し活」としての「リベ活」
ふと思ったんです。これは、オタクが市民権を得た時代、そして推し活ブームの流れもあるのでは、と。今や猫も杓子も「推し活」の時代です。しかしながら、オタク同士は仕事も立場もバラバラなので、「相手の本当の経済状態」は見えにくい。「お金がない」といっても、あるオタクは「今月は少し予算オーバーしちゃったな」程度かもしれないし、あるオタクは「リボ払いでカツカツ」かもしれません。そこがわからないのに、お金の不安の話をすることは難しい。
また、SNS上のオタクの一部には「お金を儲けること」自体に嫌悪感を示す人も少なくありません(課金=お金を使うことは賛美されがちなのに!)。さすがに今はあまり見なくなりましたが、自分のブログにグーグルアドセンスやアフィリエイトリンクを貼っただけで「お金儲けだ」と批判の声があがる時代もありました。同人誌即売会もマンガやアニメなど人気コンテンツの二次創作が主流ということもあって、建前上「販売」ではなく「頒布」という形をとっていますし、オリジナルの創作同人誌の現場でも「創作で稼ぎたい!」と口にするのははばかられる空気があります。現に私も前回「ハンドメイドで稼ごうなんて甘い」と言ってますしね。(※同人誌やハンドメイドの世界は広大なので、これはあくまで筆者の個人的な観測範囲による認識です)
一方で「リベ大フェス」にいる人たちは占いや空手でもなんでも、ポジティブな形で「稼げる!」と掲げています。そう、ここは「好きなこと」で「稼げる」「稼ぎたい」ことを表明することが批判されない空間なのです。この人たちはのびのびと「経済的自由への道」を推している。ちなみに「リベ大」に関する活動のことを「リベ活」と言うそうですよ。
場内を散策していると、参加者は皆楽しそうです。そりゃ、全員私よりは楽しかろうよって話ですけども。そして、中央に元気よく鎮座する両学長の像が目に入りました。しかもひとつじゃなくて何体も。これは北は北海道、南は福岡まで全国の「リベシティオフィス」(「リベシティ」の会員が利用できるコワーキングスペース)に飾られている像が集結しているのだそうです。
「わー、学長だ! かわいい! 写真撮りたい!」
マナーよく写真を撮る家族連れ、カップル、女性グループ、男性グループ……30~40代の人たちが目立ちますが、若い人、年配の人もそれなりにいらっしゃいました。
なお、この場所には両学長本人は登場しません。「像」だけです。そう、彼自身の実体の動員力を使わずにここまで万単位の人間を集めている。両学長は会いに行ける「推し」ではないのです。もはや完成された偶像崇拝じゃないですか。そういう意味で「リベ大」は両学長というキャラクターをアイコンとし、お金の知識を布教する、新時代の「宗教的」だけど平和な団体と呼べるのかもしれません。
しかし水を差すようで悪いのですが、私は前世紀のオウム直撃世代ということもありまして、あんな「像」を目の前にすると、どうしても過去の報道で見た「発泡スチロールのシヴァ神」が脳裏によぎります。サリン生成工場を隠蔽するものだったとされる、あの偶像。ポップでキャッチーな学長像の裏には、なにかもっと不穏なものが隠されているのかもしれない。楽しそうに「リベ活」されている「リベ大生」の皆さんの笑顔を横目に、どんどん顔が険しくなる私。いや、この不安の理由も根拠も無いのだけれど。だから今幕張メッセで1番性格が悪いのは、間違いなく私なんですよ。
■計算されつくした持続可能な街、「リベシティ」へようこそ!
まったくもって謎は解けないまま、幕張メッセを後にしました。なにかヒントはないかしらと、電車の中で入会したばかりのオンラインサロン「リベシティ」を回遊することに。Twitterのような「つぶやき」機能欄をチェックすると、フェスの効果もあってか随分と盛況です。会員数は公開されていませんが、おそらく数千人は下回ることはないのでは。
リベシティ内のサービスは様々なものが用意されていました。前述したコワーキングスペース「リベシティオフィス」、会員専用の仕事マッチングサービス「リベシティワークス」、クラウドや対面でスキルを売買できる「リベシティスキルマーケットOnline/Meets」、ハンドメイドや不用品を売買できる「リベシティフリーマーケット」、野菜や果物、魚介類などが売買できる「リベシティファーマーズマーケット」などなど……。どこかで見たようなサービスですが、「同じお金を払うのであれば〈価値観の近い人〉に」という意図を感じます。どのサービスにも「累計流通総額XXXX万円突破!」という文字が踊っているのは、「らしいなあ」と感じますが。ここにいる人たちは、むしろこれを良く思うのでしょうね。共通した価値観の持ち主と集って人脈を作る、これは既存のオンラインサロンでもよく語られたことです。とはいえ、主宰がユーザーにビジネスを発注するのではなく、ユーザー同士がこんなに活発にビジネスをしているケースはあまり例がないのではないでしょうか。
そう、「ユーザー同士」。ここが重要です。リベシティ内で両学長自身はさほどコンテンツ発信を行っていないことにも気が付きました。オンラインサロンというものは、基本的に主宰する「カリスマ」に人が集まってくるので、本人がコンテンツ発信を続けないと飽きられてしまうリスクを孕んでいます。「リベシティ」は会員同士が交流や情報交換をする目的で集まっているので、「カリスマ」本人がそこまでサロンを駆動させる燃料をくべる必要がない。……よくできている。
そして、「リベシティ」は「オフ会」を推奨しています。入会した初日に知らない人から「リベシティへようこそ! 何もしないのはもったいないですよ? まずはオフ会に参加してみては?」とDMが届きました。初心者向け案内ページにも「何をしていいかわからない初心者は、まずリベ大オフィスのオフ会へ」とありました。両学長は動画の中で、「人に会いや〜」と陽気に呼びかけています。自分はどこにも姿を現していないのに。
「リベシティ」のイベントカレンダーはオフ会の予定でぎっしりです。大阪では「リベ大クリニック胃カメラオフ会」なんて催しも行われているそうですが、ちょっとそれはパワーワードが過ぎないか? さすがに最初から胃カメラオフ会はハードルが高すぎるので、全国各地のリベ大オフィスで開催されているオフ会「スナック両子」に参加することにしました。こちらはスナックといっても、飲み会でウェイウェイ盛り上がるわけではなく、好きな食べ物や飲み物を持ち寄ってワイワイ交流するオフ会とのこと。ハードルが低くて助かった。「リベ大オフィス」は東京と埼玉にありますし。オフィスの予約方法も日付と時間を指定するのみ、受付も無人で行われるそうです。……よくできている。
また、オフィスに来訪する際は専用チャットに挨拶することが推奨されていました。しかも「自己紹介用テキストテンプレート」がボタン一発で出る仕様になっていました。これなら文章を書くこと、自己紹介が苦手な人も参入しやすくなる。間違いなく「人に会いや〜」思想のもとに設計されている。なお、様々な事情で外出が難しい人に向けて、オンラインでの「バーチャルオフィス」も設けられていました。……よくできている。すべてが。
リベ大信者の道の一里塚が見えてきた感がありますが、本当に「よくできている」んです。オフ会のマナーに関しても一貫した思想を感じました。予想できるトラブル回避に細心の注意を払っている。オフ会のルールには、ネットワークビジネスへの勧誘、セクハラ、パワハラの禁止はもちろんですが、「やらなくていいこと:場を盛り上げようと企画すること/司会のように場を取り仕切ること」という一文に正直痺れました。この運営は「人間関係」がわかっている。誰かひとりが仕切ると「権力」が生まれ、それを中心に引力が発生します。これが予測不可能なトラブルの元になる。カリスマの知名度で集客するタイプのオンラインサロン内で起きた人間関係のトラブルや「炎上」は一昔前のSNSをよく騒がせていたように記憶しています。
あるいは、性加害報道のあったオンラインサロンの主宰者が、サロン会員に向けてこともあろうに被害者に対しての暴言を含んだ弁明配信を行い、のちに態度を一転させ謝罪するというケースもありました。オンラインサロンだけでなく、「〈ちゃんとした〉大学」内で起きたハラスメント報道も残念ながら少なくありません。先生と教え子、いい大学とそうでない大学、様々な「立場の差」が暴力を生みます。さらに痛ましいことに、SNS上での被害者への二次加害が発生することだって、少なくない。権力の引力は怖い。それに傷つけられることも怖いし、それに振り回されてしまうことも怖い。だからこそ、カリスマ性を持つのは実体のない「あのライオン」だけでいいのでしょう。もう一回言いますね、……よくできている。
もちろん、この施策は「リベシティ」会員のためでもあるでしょう。しかし、「リベ大」コミュニティが安全に拡大するためのものだと考えられます。「リベ大」はブログ、Twitter、Instagram、はてはTikTokまで、幅広く展開していますが、淡々と情報を発信するのみです。むやみに「バズって」SNSで話題になるよりも、YouTubeや書籍、SNSで淡々とした情報発信をしていくことのほうが安定したユーザーを獲得できる。Twitterを中心としたSNSの言論空間は「炎上」しないと注目が集まりません。しかしながら「炎上商法」という言葉も死語になってしまったのか、「バズった」ところで実売に繋がらなかったという話も、近年コンテンツ業界ではよく聞くようになりました。
かつて、前時代的なインフルエンサーの主宰するオンラインサロンは、過激な発言や行動で注目を集める「炎上商法」を多用していました。そういった方々のサロンは活動を終えている、あるいは芸風を変えているものも少なくないのでは。「炎上しない」ということは、「SNS上の言論空間」で注目されないということです。そして、悪評もバズらせないのが昨今のトレンドです。例えば、一時期、話題になっていた悪徳マルチ商法団体が、検索から悪評が立つことを避けるために「事業者集団」や「環境」を名乗っていたことも記憶に新しいですし。
なお、「リベ大」公式サイトのQ&Aによると、両学長は一切の取材や講演依頼を断っているそうです。本当に残念です。「お金のことなどセンシティブな情報が多いから」と切り抜き動画も禁止されているし、Wikipediaすら存在しない。一貫して外部の目を必要としていないのです。
だからこそ、私の周囲のメディア関係者は「リベ大」のことを知っている人は少数派で、下手したら名前すら知らないという人もいました。この連載が公開されてからのSNS上の反響をみても同様でした。120万部売れている書籍、200万人いるYouTube登録者を抱えるコンテンツだというのに。それは「SNS上の言論空間」ばかりを見ていたからではないでしょうか。そうしている間に、「リベラルアーツ大学」は社会現象と呼べる規模にまで拡大していった。「炎上」していないのであれば、問題がないのであれば、とりあげなくていいのでしょうか?
私はそうは思いません。理由は次回に持ち越しますけれど、これは「失われた30年」の受け皿と呼べるものです。学問、政治、保守、リベラル、社会運動、思想、教養、文学……呼び方はなんでもいいけれど、「既存の何か」が受け止めることができなかった、支えることができなかった人たちの居場所。本当に、「よくできている」受け皿なんですよ。
(次回へ続く)
「両学長 リベラルアーツ大学」「中田敦彦のYouTube大学」「日経テレ東大学」…… ここ数年、YouTube上で学問の知識や教養、お金のやりくりについて教授するYouTubeがブームになっている。そうしたコンテンツはなぜ「大学」という名前を冠しているのか。視聴者たちは、なぜそうした動画に熱狂しているのか。フリーランスのライターとして、ポップカルチャーやネットカルチャーについて取材・執筆を続けてきた藤谷千明が迫る。
プロフィール
ふじたに ちあき
1981年、山口県生まれ。工業高校を卒業後、自衛隊に入隊。その後職を転々とし、フリーランスのライターに。主に趣味と実益を兼ねたサブカルチャー分野で執筆を行なう。著書に『オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』(幻冬舎)、共著に『すべての道はV系へ通ず。』(シンコーミュージック)、『水玉自伝 アーバンギャルド・クロニクル』(ロフトブックス)など。