「両学長 リベラルアーツ大学」「中田敦彦のYouTube大学」「日経テレ東大学」……
ここ数年、YouTube上で学問の知識や教養、お金のやりくりについて教授するYouTubeがブームになっている。そうしたコンテンツはなぜ「大学」という名前を冠しているのか。視聴者たちは、なぜそうした動画に熱狂しているのか。フリーランスのライターとして、ポップカルチャーやネットカルチャーについて取材・執筆を続けてきた藤谷千明が迫る。今回からは、3回にわたってYouTubeチャンネル「両学長リベラルアーツ大学」をフィーチャー。動画のみならず、書籍、コミュニティ、イベント、さらにコンテンツにとどまらず、シェアオフィスや病院、はたまた工務店まで? 規模を拡大し続ける背景とは?
■謎ライオンの偽リベラルアーツを追え
「こんにちは、両で〜す! 今日も皆さんと一緒に元気にお金の勉強をしていきましょう!」
リベラルアーツ大学とは、IT企業経営者・投資家である両学長が運営する、Webコンテンツの総称です(公式WEBサイトより)。
ミスタードーナツのポンデライオンを彷彿とさせる顔、でも首から下は筋肉ムキムキ。可愛らしいキャラクター(※そう思うのは人による)、陽気な関西弁、「お金の教養」と称して初心者向けのマネーリテラシーを説く……、それが「リベラルアーツ大学」、そして学長の両氏です。以下、両学長とします。
2020年に発売された書籍『本当の自由を手に入れるお金の大学』(朝日新聞出版)は今や120万部のベストセラー、YouTubeチャンネル登録者数は230万人を超え、動画チャンネルとしてのピークは過ぎた感はありますが、現在でも1動画につき10〜50万の再生数はあるようです。なお、リベラルアーツ大学は中田敦彦You Tube大学とは姉妹校の関係にあるとのことです。あらあら、架空の大学同士、仲の良いことで……。動画を1、2本見たことがある、あるいは書店で平積みされた書籍を見かけた、そんなふうにして「リベ大」の名前くらいは聞いたことはあるのではないでしょうか。 なお「リベラルアーツ大学」で学んでいる人のことを「リベ大生」と呼びます。正気か?
はたして、両学長とは何者なのでしょう。公式サイトのプロフィールにはこうあります。
「今から約20年前の高校在学時に起業。当時高価だった為パソコンが買えずに自分で組み立て、独学でパソコンの本を読み漁り、知識を学ぶ。10代で年間1億以上を稼いだが、数々の失敗も経験し、学校では教えてくれない本当の社会の仕組みを知ることになる。現在はリベラルアーツ大学・リベシティなどを通じて『自分の力で今よりも自由になる』人を増やそうと奮闘中。」
……あやしい。
私も25年前に必死でアルバイトをして高校時代にパソコンを買いました(起業はしていない)。そのインターネット経験値からいわせてもらいますけど、「高校在学時に起業」「10代で年間1億以上」「学校では教えてくれない」「本当の」「社会の仕組み」……警戒心がはねあがるフレーズしかないじゃないですか。さらには、「リベシティ」というオンラインサロンもある。やっぱり、なんだかあやしいじゃん。そう思って、かれこれ2年以上遠巻きに動向を伺っているのですが(ありていにいうと「アラ探し」ですわよ)、オンラインサロンの規模や事業展開が広がっていくなかで、細かな「グレー」はみられるものの、明らかな「アウト」は見つからないんです。コミュニティが大炎上したり、ハラスメント発生などのニュースもなかったはず。
動画や書籍内でレクチャーされる「お金の教養」は、賛否はあれど至って「ふつう」の範疇だと認識してします。
「貯める力」「稼ぐ力」「増やす力」「守る力」「使う力」の5つの力をバランスよく身につけることができれば、自由で豊かな人生を手に入れることができると説きます。
「貯める力」といっても、「携帯は大手キャリアじゃなくて格安SIMを」だとか「不安だからと余計な保険に入りすぎるのはよくない」だとか、あるいは「増やす力」に関しても投資に関しても「NISAやiDeCoを活用してインデックス投資を」、「守る力」だって、「ポンジスキームやワンルーム投資に気をつけよう」、「マネーリテラシーをつけるためにFP検定や簿記はおすすめ」だとか。……本当に「ふつう」です。反対に、リベ大じゃないと得られない情報でもない。
みるからにユーザーを不当に搾取したり、自分のビジネスに誘導したり、騙してお金を稼ぐような箇所も見当たらないのです。強いていえば、副業として「せどり」をオススメしているのは、私は感心しないし、同じくオススメしているハンドメイドも、「ハンドメイドはそんなにコスパよく儲かるものではないでしょ」と思ってしまいます。ただ、これはあくまで私の個人的な意見。「それってあなたの感想ですよね」レベルの疑問です。あとは「これはどう考えても〈リベラルアーツ〉じゃないだろ!」くらいですよ。ちなみにこの疑問に対しては、両学長も動画内でセルフツッコミしているのを何度か聞いたことがあります。わかってやってんじゃねえか。そう、そういうキャラクターも氏の強みです。あのライオン、予防線のはり方がとても上手いのよ。アラ探しの好きなネットユーザーがどういう部分を「アラ」だと見るのか、それを知っているように感じるのです。
なお、なぜか「リベ大」以外にも2010年代後半から、ゾウやキリン、ブタのキャラクターが投資情報を解説するブログやYou Tubeチャンネルが人気を博し書籍化もされています。動物さんたち大集合だ わいわい!
その中でも、「リベ大」本は120万部というずば抜けたヒットを記録しているのですよね。リベ大のYou Tubeチャンネルができたのは2018年、書籍は2020年。もうこの時点でネット上では投資ブームがおきていました。株式投資以外にビットコインに代表される暗号資産投資など様々な形の投資に注目が集まってていた頃で、派手なハイリスク・ハイリターンの投資をすすめるインフルエンサーも多かったけれど、「リベ大」は穏健派だったと記憶しています。他のインフルエンサーの書籍のように「インデックス投資」や「米国株投資」など、投資の手法そのものをアピールするのではなく、投資以外の節約や副業・転職ノウハウなど、暮らし全体をカバーし「お金の教養」を学ぶ大学であるとラベリングすることで、本来であれば「投資」にすら抵抗があるような層を獲得していった感があります。ただ「大学」ってそういう場所だっけ。もっと積極的に学びを得ようとする人のための場所じゃない?
■お金が教養とされてしまうこんな世の中じゃ(ポイズン)
両学長の経歴は謎に包まれており(まあ積極的に出すわけがない)、本人の口からは学生時代に起業し大成功したものの、社長なのにクビにされたり、100人を超える社員全員に辞められたりして、そのストレスからキャバクラで遊び歩いてすっからかんに……的な、「しくじり先生」のように語られています。だからこそ陽気に、優しく、ときに冗談を交えながら、視聴者にこう呼びかけます。一語一句合っているわけではありませんが(そもそも学長は関西弁だし)、要約するとだいたいこんな感じです。
「この世は資本主義社会、お金なくして自由なし! ですが、〈大金持ち〉になれる人は限られています。ただ、正しい知識を身につけ、自分の努力次第で誰でも〈小金持ち〉にはなれます。たとえば副業や転職で年収を増やして、支出を無理せず節約して、浮いたお金を年3~7%程度の堅実な資産運用に回す。これを数十年コツコツ続けたら、立派な〈小金持ち〉になって〈経済的自由)を手に入れることができるはず。そのためのスキルを学びましょう。今からでも遅くありません、今日が一番若い日です、一緒に頑張りましょう!」
これなら「出来そう」と思う人も少なくないのでは。まあ実際「少なくない」どころか書籍やYou Tube登録者数を考えたら100万単位の人が動いているわけですけど。リベ大で発信されている情報は「こうすれば儲かる!」という派手な一発逆転思想でもない。繰り返すけれど、「ふつう」で、「無難」といっていいくらい。じゃあ、なぜ100万以上の人間を動かしているのかという話ですよ。リベ大について考察している記事を探してみたものの、ビュー数稼ぎ目的の情報サイト以上のものはみつかりませんでした。こんなにも多くの人間を動かしている、いわば「社会現象」なのに?
ちなみに昨年発売された雑誌「現代思想」の「〈投資〉の時代」特集号には「リベ大」に言及した論考は確認した限り見つかりませんでした。マジモンのリベラルアーツ雑誌では、まがいもののリベラルアーツの出番はなかったようです。ただ、私はこの謎ライオンの偽リベラルアーツの「思想」に興味がある、いってしまえば、偽リベラルアーツこそが「時代」をとらえている気すらしています。正気か? ええ、たぶん。
レジーさんの著書『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』には、「リベラルアーツ大学」に対してこんな言及がありました。
教養という言葉を掲げながらひたすらお金について話す両学長のスタンスは、ファスト教養時代のスタンスをわかりやすく体現している。そして、それが広く受容されている事実にも、今の社会が反映されているといえる。
まあ、つまり「お金が教養とされてしまうこんな世の中じゃ(ポイズン)」ってことですよね。現代社会を反映する「リベ大」とその思想。そこに異論はありません。しかしですね。これは私が昨年執筆した『ファスト教養』の書評にも書きましたけれど、リベ大生は「ファスト教養」以前というか、10分で答えが欲しいわけでもなさそうなのですわ。
じゃあ、「何か欲しい」の? その答えを求めて、アマゾンの奥地ではなく「リベラルアーツ大学」のオンラインサロン「リベシティ」に……。
「リベシティ」公式サイトによると、「〈マネーリテラシーを高めて、今よりも一歩自由な生活を手に入れる〉お金の教養×実践型コミュニティ」だそうです。なんかキラッキラな街のイラストが迎えてくれるのが逆に怖い。気になるお値段ですが2000円のペンギン会員から。なお、3000円のイルカ会員、10000円のトラ会員まで複数の金額プランがありますが、「応援会員」と呼ばれています。つまり、ここで支払うお金はサービス料ではなく、あくまでコミュニティを「応援」する気持ちの表れということらしいです。(補足ですがiOSアプリ経由だと月額料金が高くなりますが、これはリベ大が悪いのではなくてAppleを経由するためですね)
いうて月額2000円は結構なお値段じゃないですか。 他のオンラインサロンに比べたらそこまで高くはないですが、人によっては携帯電話を大手キャリアから格安SIMに変えた差額くらいは相殺されてしまいませんこと? ここにいるのは「副業で月数万円稼ぐことを目標」にしてる人たちじゃないんですか? じゃあ2000円は結構大きくないですか? いらない心配をしてしまいます。……などと、SNS上でみる「リベ大」のアンチのような思考をしてしまいました。
そう、どこにでも多かれ少なかれアンチはいるもので、当然「リベ大」や「リベ大生」にも疑問を持っている人がいます。「マネーリテラシーを学んでるはずなのに、あんなオンラインサロンに数千円使ってたら意味ないじゃない。搾取されているのでは」と指摘する人々が。それはそう。まったくの正論です。というか、入り口は「リベ大」だったとしても、ある程度You Tubeで動画を見ていれば「リベ大」で提供されている知識は必要なくなるはずです。時勢に合わせたお金のニュース動画もありますが、それだってお金を払う必要はないもの。
では何故、この人たちはお金を払ってこの場所にとどまり続けているのでしょうか。謎は深まるばかりです。正直この段階では、入会を迷っていました。初月1ヶ月は無料なのですが、実は私、2年ほど前に好奇心から試しに入会してしまったもので(当時は会員も少なく、すぐ飽きて辞めた)、もう無料では入れないんですよね。2000円をケチるな。いや、これ取材の経費として計上してよかったのか?(※よいそうです。自腹を切らずに「リベ大」のコンテンツを得たことで、私が「経済的自由」に近づいてしまったわね……)
そんなジャーナリズム精神に欠けたフリーライターのもとに、7月の三連休に「リベ大」のユーザーが集まる「リベ大フェス」が幕張メッセで開催されるとの報が。しかも3日間ぜんぶ!? ガイドラインが緩和されたため、アイドルもバンドも皆ライブをやりたい。だからどこもかしこもライブ会場がないという声が聞こえる、このライブ会場難の時代に? ますます謎が深まってきた。サロン会員じゃなくても入場可能? 行くしかないのか。アマゾンの奥地ではなく(2回目)幕張メッセの「リベ大フェス」に。チケット、3日分のチケットしかない上に、5000円するけど(3日で割ればそんなに高くもありませんが……)。さすがにここは行くしかない。意を決してチケットを購入しました。さようなら、私の5000円。「幕張メッセで待っとるで〜」と購入後の画面に両学長が元気よく表示されました。おい、アンタさ、副業で目指すべき金額の1割ほどのモン、本当に見せてくれるんやろな?
そんな私を見て同業者の友人がポツリとこういいました。
「藤谷さんさあ、大丈夫だと思うけど、ハマって帰ってこないようにね……」
わかってますよ。なんせ私は1981年生まれ、多感な時期にオウム真理教の報道をジャブジャブ浴びた世代ですよ。ああいえば上祐(流行語)。オウムに限らず、カルトや新興宗教を見くびって意気揚々と接触したものの、反対にハマってしまった、ミイラ取りがミイラになってしまった物書き……なんて、なにかの雑誌で読んだ記憶があります。マルチやネットワークビジネスでも似たような話がありますよね。「リベ大」はカルトやマルチではないものの、「わかってますよ」って言ってるヤツが一番危ないのも、わかってますよ。
そんなこんなで、7月15日の朝がやってきました。SNSではジブリの新作映画の感想戦が行われている中、ひとりで幕張に向かう電車に乗る私。君たちはどう生きるか? 私は「リベラルアーツ大学」のフェスを、この目で見てくるよ!
(次回へ続く)
「両学長 リベラルアーツ大学」「中田敦彦のYouTube大学」「日経テレ東大学」…… ここ数年、YouTube上で学問の知識や教養、お金のやりくりについて教授するYouTubeがブームになっている。そうしたコンテンツはなぜ「大学」という名前を冠しているのか。視聴者たちは、なぜそうした動画に熱狂しているのか。フリーランスのライターとして、ポップカルチャーやネットカルチャーについて取材・執筆を続けてきた藤谷千明が迫る。
プロフィール
ふじたに ちあき
1981年、山口県生まれ。工業高校を卒業後、自衛隊に入隊。その後職を転々とし、フリーランスのライターに。主に趣味と実益を兼ねたサブカルチャー分野で執筆を行なう。著書に『オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』(幻冬舎)、共著に『すべての道はV系へ通ず。』(シンコーミュージック)、『水玉自伝 アーバンギャルド・クロニクル』(ロフトブックス)など。