『トランスジェンダー入門』刊行記念イベントレポートvol.3~いつまで“洗濯機”の話をしているんだ!?~

高井ゆと里×吉田豪×武田砂鉄
周司あきら

高井ゆと里さんの共著『トランスジェンダー入門』(集英社新書)刊行を記念したトーク企画。プロインタビュアーの吉田豪さん、ライターの武田砂鉄さんと共に、異色の三人で開催しました。
事前の打ち合わせ一切なし。どこへ行くのかわからない、三人のトークの一端をご覧あれ。
※2023年9月1日、東京・LOFT HEAVENで行われたイベントを採録したものです。

(左から) 武田砂鉄さん、高井ゆと里さん、吉田豪さん

トランスジェンダーと聞いて思考が跳ねる謎

吉田 ロフトヘブンには相当出てるんですけど、今日が一番僕が何をしていいのか分からない回です。

武田 われわれ、(席の配置的に)検察みたいな感じですよね。

吉田 取り調べは何も、こっちは全然そんな立場じゃないですよ! 今日は砂鉄さんがいるから大丈夫だろうという感じですけどね。

武田 いやいや、こちらこそ。

高井 私も2人がいるから何とかなるって言われて来たんですけど。

吉田 えっ!

高井 刊行記念イベントはいくつかやっているんですけど、ロフトでやると決まった時に、できたら男性っぽい人と喋りたいなと。単に男性と喋るというより、「男性として」喋ってる人と喋りたいなと思っていたので、今回はわたしとしては結構望んだ座組になっています。ただ、お二人が何を喋るかはあまりちゃんと読めてないという感じです。

吉田 ネットで「吉田豪がどんなトランスジェンダー論を語るのか気になる」とか書いてる人もいましたけど、そんな偉そうなものはあるわけないし、配信コメントにも「勉強しに来ました」みたいなのがありましたよ。だから、こっちもそういう感じなんですよね。

高井 ありがたいです。じゃあ私から自己紹介しますね。『トランスジェンダー入門』という本を出しました。最近トランスジェンダーっていう言葉を、SNSとかで目にする機会が増えている人も多いと思いますし、私からするとそういう機会が増えてしまっている感じなんですが……。

吉田 非常にネガティブな使われ方をする機会が多くて。

高井 そうですね。トランスの人たちが望んでいない文脈や、望んでいない問題設定を一方的にガッと敷かれてしまっています。

吉田 ほとんどが誤解ベースみたいな。

高井 そういう感じです。でもちょっといい加減、誰かがトランスジェンダーについての基礎的な情報をまとめておかないといけないなと思ったので、周司あきらさんと2人で書きました。今日はよろしくお願いします。

武田 よろしくお願いします。(拍手)

吉田 砂鉄さんはこの分野は詳しくはあるんですか?

武田 集英社の『青春と読書』っていう冊子でこの本の書評を書きました。この数年、ジェンダーの問題について原稿を書いたりラジオで話したりする機会が増えていますが、より乱暴な声が飛びやすくなっている印象があります。

吉田 ほんとに今SNSでそのフレーズを出しただけで荒れるのが、フェミニズムとトランスジェンダーだと思っていて。その理由を自分なりに考えて解釈すると、多分得体の知れないものが権力を持とうとすることに対する漠然とした不安感みたいなものがあるのかなと思って。何かこの男社会が崩される恐怖感とでもいうか。だから、得体の知れないもの扱いせずに、まずは知ることが必要なんだろうなって。

武田 「これまで権力を持ってなかった人たちが、もしかしたら、権力を持ち始めるんじゃないか」みたいな見方があります。現時点では、その話し手のほうこそ、権力を持っているわけですよね。ところが、その自身の権威性に自覚がないように見えます。

高井 そうですね。みんなやっぱり変化が苦手なのかなというのはありますかね。例えばSNSで「議会にこういう法案が出ました」って話題になるときも……。

武田 恐怖をあおる感じで伝えてくる。

高井 そう。LGBT理解増進法なんてあんなのはただの理念法で、差別を認めることからすら逃げている法律なんですけど、でも性に関することって、みんな冷静に話すのが苦手で。生きていく上でどうしてもみんなが向き合わざるを得ない、センシティブなテーマでもあったりしますから。そうすると、何か性に関することで社会が変わるとなった時に、どんな方向に変わるんだろうって、みんな思考がびょんびょん跳ねてしまうところがあります。杉田水脈の『新潮45』の原稿でも、「同性婚なんか認めたら、いつかはペットや機械と結婚させろっていうやつが出てくるかもしれない」みたいなことが書かれてあって。洗濯機と結婚させろと主張する人が本気で出てくると思っていたんですかね。

武田 ああ、書いてありましたね。

吉田 すごい話の跳び方をしてる。

高井 「どういうこと?」ってなると思うんですけど。杉田水脈の原稿を読んで、「これはさすがに議論としてめちゃくちゃだろ」ってみんなわかる。なのにトランスジェンダーの場合だと、なぜかこの距離感というのがみんなつかめていなくて、「トランスジェンダーの人たちへのいろんな排除をなくしましょう」となった時に、「男が女湯に入ってくるぞ」っていう距離感に対しては、何となく説得されちゃう人が多くて。

吉田 ずっとまだ洗濯機の議論されているぐらいの感覚なんですね。

高井 そうそう。ずっと洗濯機の話をされてる。どうしてもトイレとか風呂とか、性に関するトピックでみんなが思考が跳ねちゃうテーマに関心も行きがちで、すごい面白くなくて。変わらないんですよ、ずっと。20年前も男女共同参画社会基本法ができるとか、男女共同参画社会基本条例とかに基づく政策を進めようとして、「条例として進めたら、男が女湯に入ってくるようになるぞ」みたいに言われていたことがあって。20年前と変わらない話をしてるっていうのもあるんですよ。それもほんとにつらい。

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プロフィール

周司あきら

(しゅうじ・あきら)
主夫、作家。著書に『トランス男性による トランスジェンダー男性学』(大月書店)、共著に『埋没した世界 トランスジェンダーふたりの往復書簡』(明石書店)、『トランスジェンダー入門』(集英社新書)。

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