シンガーソングライターが「ジャズメン」になるまで
こんにちは。2012年9月6日、ジャズピアニストとして初めてのアルバム『Boys Mature Slow』(男子、成熟するには時間を要す)で2度目のデビューをした大江千里です。
最初のデビューは40年前、1983年5月21日にシングル「ワラビーぬぎすてて」、アルバム『WAKU WAKU』でした。この時のキャッチフレーズ「私の玉子様、スーバースターがコトン」を書いてくださったのは、当時コピーライターだった林真理子さん。そんな彼女も今や直木賞の審査員です。
僕はポップスのシンガーソングライターとして「青春期の甘酸っぱい世界観」を作り続けました。それは同世代もしくは弟や妹の世代の人たちへ伝わっていきます。大雑把な言い方をすれば、ポップスはわかりやすくラブソングを伝えられるギフトボックスです。リボンの結び目は解けやすく、プレゼントの中身がわかるまでスピードがあります。
しかしジャズは一見解けにくい紐をなんとかして解いて、中身を開けようとする「このプロセス」に面白みがあったりします。なかなか解けないまま終わったりする。でもそのプロセスに面白みがある、それがジャズです。両方とも僕を青春期に虜にした音楽に変わりないのですが、僕にはアプローチが似て非なりという印象です。
皆さんもご存知のように、ポップスは商業音楽でありオリコンなどに成績が出ます。そこで上位に居続けることが世の中に求められている数字であり、音楽を長くやり続ける原動力になります。ただポップスという箱の中に入れるギフトは、予想を遥かに超えた過激なアプローチを好みません。いい意味での「予定調和」なオチ、それがポップスの基本フォルムであり、だからこそ多くの人に愛される理由なのです。
初めてキスをする感触、ポケットの中で手を握り合うドキドキ、そんな青春期の「旬」がポップスには詰まっています。竹を割ったようなストレートな表現は、さまざまな音楽の素晴らしさを知らないと醸し出せない「深さ」の賜物です。だから含蓄のある音楽といえるでしょう。
じゃ、ジャズはどうか?ジャズは複雑な知識や公式を咀嚼せずにそのままの形で楽しむ傾向があります。そこが一般的に「ジャズは難しい」としばしば敬遠される理由ではないでしょうか。喜びと悲しみを同時にスケールの中で表現したり、リズムを伸ばして縮めて楽しんだりもします。耳に馴染む和音にわざと不協和音を加えて、緊張感を高めたりします。でもそんな「差し色」的な楽しみ方に一旦はまると、底なし沼的楽しみを発見できる、それもジャズという音楽の魅力です。
プロフィール
(おおえ せんり)
1960年生まれ。ミュージシャン。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー。「十人十色」「格好悪いふられ方」「Rain」などヒット曲が数々。2008年ジャズピアニストを目指し渡米、2012年にアルバム『Boys Mature Slow』でジャズピアニストとしてデビュー。現在、NYブルックリン在住。2016年からブルックリンでの生活を note 「ブルックリンでジャズを耕す」にて発信している。著書に『9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学』『ブルックリンでソロめし! 美味しい! カンタン! 驚きの大江屋レシピから46皿のラブ&ピース』(ともにKADOKAWA)ほか多数。