安倍元首相銃撃事件から2年。
統一教会問題に対する新たな「空白=無関心」が生まれている。
だが、これまで報じられたのは問題のごく一部にすぎない。
安倍晋三元首相の銃撃事件から2年。事件の発端となった統一教会に関する報道は減っており、事件は忘れ去られようとしている。教団と与党政治家の癒着、被害者救済などの問題は、実はほとんど解決されていない。
教団を40年にわたって取材し続け、名誉毀損訴訟を起こされながらも勝訴、5月に『誰も書かなかった統一教会』を上梓して、教団の驚くべき実態を明らかにした有田芳生氏が、ノンフィクション作家藤井誠二氏を聞き手に刊行記念イベントで語った。新たな「空白=無関心」は禍根を残す! 警鐘のメッセージ。
統一教会に「いやがらせ訴訟」をされたが勝訴
藤井 (2024年)3月12日、統一教会からのスラップ訴訟*1に関して、ようやく教団側の請求が棄却され、有田さんの勝訴で終わりました。損害賠償請求に該当しないという裁判所の判断でした。私はその裁判の事務局のお手伝いをさせていただいていて、この1、2年、よく喫茶店で「どうしようか」と密談しましたね(笑)。それから呼びかけ人を集め、寄附も募り、インターネットでいろいろな呼びかけもし、ほぼ手弁当で超強力な弁護団もついてくれて。それでも経費はかかるので、そのお金を集めるために奔走した日々でした。有田さんは裁判が終わって率直にどう感じていますか。
*1 スラップは英語でSLAPP=Strategic Lawsuit Against Public Participationの略。「人々が意見を言うのを妨害するための戦略的訴訟」という意味で、資金に余裕のある組織などが、名誉毀損などで個人を訴え、相手に裁判費用や時間を浪費させて精神的・肉体的なダメージを負わせることを目的とする。必ずしも勝訴を目的としない。アメリカの一部の州はスラップ訴訟を禁止している。他にこういう例としては吉村大阪府知事が消費者金融の武富士の顧問弁護士をしていたときに、武富士批判記事を出した雑誌編集部や出版社、ライターを訴えた訴訟などがある(武富士側が敗訴)。
有田 まずそのスラップ訴訟、「いやがらせ訴訟」をされるまでの話をしておきたいです。
2年前の7月8日に安倍晋三元首相銃撃事件があり、奈良市の近鉄・大和西大寺駅前で撃たれて亡くなりました。実行犯の山上徹也は、お母さんが1991年に統一教会に入信。おじいさんが建設会社を経営されていて、いわば資産家家庭だったのですが、統一教会にお母さんが1億円を超える献金をしたことで家庭が崩壊し、大学に進学したかった彼も諦めざるを得なかった。彼のお兄さんは生まれたときからリンパ腫で、抗がん剤治療の副作用で片目を失明して、手術してもよくならず、神戸大学医学部附属病院で治療を受けたかったけれど、お金がなく、2015年11月に自殺してしまいました。お父さんも1984年に自殺していて、その後、山上はお兄さんと、4つ下の妹さんと、お母さんと一緒に暮らしていたけれども、お母さんは信仰にのめり込んでしまって……。
それで彼は悩んで、広島県呉市の海上自衛隊で働くようになってから生命保険に入り、受取人を当時まだ生きていたお兄さんにして、山上自身も2005年2月に自殺未遂をしているんです。そういう背景があった。
安倍元総理銃撃事件が2022年7月8日で、3日後の11日に統一教会の田中富広会長が記者会見し、山上のお母さんが信者だったと認めたので、一気にテレビでも新聞でも報道が広がっていった。そして僕がテレビに出るようになって、8月に日本テレビの『スッキリ』という朝番組に2日連続で出たときに発言したことが「名誉毀損である」と同年10月に教団から訴えられました。訴えられた翌日から今日に至るまで、僕はテレビ出演が一切なくなった。だから、教団は訴えることで目的を達成してしまった。その意味で「いやがらせ訴訟」は彼らにとって成功だったのです。
藤井 この手のスラップ訴訟はたくさんあって、たとえば僕の音楽ライターの友人もJASRACの問題点を雑誌でちょっと書いた程度でJASRACから訴えられ、2人なんですけど、莫大な金額を要求された。友人は長い時間の末、勝訴したのですが、裁判経費がものすごくかかり、精神が削られて疲労困憊してました。
今回は、有田さんを筆頭に、八代弁護士、紀藤弁護士、本村弁護士ら4人が統一教会から訴えられました。
有田 その日の日本テレビの『スッキリ』の特集は、東京都八王子市、選挙区で言うと東京24区から立候補している萩生田光一議員、安倍さんと非常に親しい彼が、統一教会とも非常に親しかったという事実が明らかになっていた。でも萩生田さんはそれを曖昧にしていたんです。だから番組で僕は「そんな曖昧にしていていいんですか? 統一教会というのは霊感商法などもやっている反社会的な集団です。関係を断ち切らなきゃいけないんじゃないですか?」というふうに司会の加藤さんの横に立ってしゃべっていました。コメンテーターも4人ぐらいいて、萩生田さんと統一教会がテーマだった。
40分の特集の中で、僕のそのコメントはたった7秒です。裁判所は8秒だって言ってるけど。それについて「名誉毀損だ」と訴えられて、訴えられた翌日からテレビ出演がなくなったんです。
藤井 テレビも腰が引けてますよね。統一教会に訴えられたということ自体をニュースにするべきなのに、ここでも何らかの統一教会とずぶずぶの関係だった「政治の力」への忖度を考えてしまいます。
『モーニングショー』で「統一教会の摘発がなかったのは“政治の力”」と話したら、翌日の出演が消えた
有田 今思い出したんですが、『スッキリ』より前、2022年7月18日にテレビ朝日の『羽鳥慎一 モーニングショー』に呼ばれて、統一教会の反社会性の問題についてしゃべっていて、オウム真理教事件*2のときに警察庁・警視庁の幹部から僕が直接聞いた話をしました。「オウムの次は統一教会を摘発するんだ」という話があったんです。でも結局それは立ち消えになった。10年ほどたって、警視庁の幹部2人と池袋で酒を飲んでいたとき「あれは何で摘発できなかったんですか」と尋ねたら、「政治の力だよ」と言われた。僕は直接聞いた話なので、それを番組でしゃべったんですが、玉川さんも羽鳥さんも「う~ん」と難しい顔になって……。その発言をした翌日も統一教会特集をやるから、僕は出演依頼を受けてたんです。でもそれがなくなった。テレビ朝日の社長さんや役員から圧力がかかったのではないでしょうか。いわば「政治の力」だと思っています。テレビのコメンテーターは14年やっていましたが、以前は、こんなていたらくじゃなかったですよ。
藤井 やはり、そうでしたか。
有田 僕は統一教会の信者にも訴えられたし、オウム真理教の信者にも訴えられた。橋下徹さんにも訴えられたし、いろんな人に訴えられていますが、全部勝訴しています。伊藤詩織さんに対してとんでもない事件を起こした山口敬之さん(元TBSワシントン支局長)にも訴えられて、勝っています。そういういろんなことがあっても、ずっとコメンテーターとしてテレビに出ていた。統一教会についても、40年も取材しているから、お伝えしたいことがいっぱいある。だけど次の日から一切出演がなくなった。こんなことは、昔はなかったです。
*2 麻原彰晃(本名・松本智津夫)教祖が率いるカルト教団「オウム真理教」が1980年代末から1990年代にかけて引き起こした一連の事件。自動小銃やサリン、VXなどの化学兵器を製造し、1995年3月には都内の地下鉄でサリンをまいて14人を殺害、6000人以上を負傷させた地下鉄サリン事件をはじめ、教団と対立していた坂本弁護士一家を殺害するなど、多くの事件を起こした。地下鉄サリン事件後、強制捜査が行われ、幹部や教祖を逮捕。1996年に、最高裁の判決により同教団は宗教法人としての法人格を失った。
藤井 僕も本当に不思議でしたね。安倍さんが撃たれてすぐ山上に対する報道がワーッと始まっていて、当然、メディアも一体になって統一教会の責任を追及する流れになると僕も思っていました。この空白の30年を埋めるような。だから有田さんが連日テレビに出るようになると誰しも思ったはずなのに、こういうふうになったのは一体何なのか? テレビと政治の関係の中でこの期に及んで、まだ統一教会は暗に力を持っているのかと。
有田 思い出して、腹が立ってきた。テレビ朝日で、「政治の力で統一教会の摘発がなくなった」って言ったけど、その証拠も今回の本に書いてあるんです。捜査資料を引用して。
藤井 『誰も書かなかった統一教会』に内部資料がふんだんに引用してある。これを見ると統一教会がいったい何をしていたのかがわかり驚愕しますし、政治家にカネをバラまいて、その政治家がテレビに圧力をかける、あるいはテレビの上層部が忖度する。そんな構図はさも当たり前になっていたと考えるべきだということが、今回の本で再確認できました。
有田 腹が立ってきたというのは、テレビ朝日でそういう発言をして、その後、日本テレビに呼ばれてたんですが、日テレでプロデューサーが僕のところに来て、「有田さん、“政治の力”は言わないでください」と。それで僕が「それは番組プロデューサーの判断なんですか」と聞くと、「違う」と。「上のほうが……」って言うんです。つまり日テレの上層部です。もう、そういう体制になっちゃった。昔はそんなことなかったのに。
プロフィール
(ありた よしふ)
1952年、京都府生まれ。ジャーナリスト、前参議院議員。出版社を経てフリーとなり、主に週刊誌を舞台に統一教会、オウム真理教事件等の報道にたずさわる。日本テレビ系「ザ・ワイド」等にもコメンテーターとして出演。政治家としては北朝鮮拉致問題、差別問題、ヘイトスピーチ問題等に尽力。著書に『北朝鮮 拉致問題 極秘文書から見える真実』(集英社新書)、『改訂新版 統一教会とは何か』(大月書店)他多数。共著に『統一協会問題の闇 国家を蝕んでいたカルトの正体』(小林よしのり氏との共著、扶桑社新書)等がある。
(ふじい せいじ)
1965年愛知県生まれ。ノンフィクションライター。教育問題、少年犯罪などの社会的背景に迫る。著書に『人を殺してみたかった―愛知県豊川市主婦殺人事件』(双葉社)、『少年に奪われた人生―犯罪被害者遺族の闘い』(朝日新聞社)、『コリアンサッカーブルース』(アートン)、『殺された側の論理 犯罪被害者遺族が望む「罰」と「権利」』(講談社)、『沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち』(集英社文庫)他多数、共著に『死刑のある国ニッポン』(森達也氏との対談、金曜日)等がある。7月17日、集英社新書より『贖罪 殺人は償えるのか』が刊行予定。